横恋慕ちゃん3~曇り、のち和解~
正直、ピアス男と映画を観に行くのは気が乗らなかった。
だけど仕方ない。これが巡り巡って私のためになるはずなのだから。
私はそう思って支度を済ませた。
“デート”っぽく見えるように精一杯のお洒落をして、待ち合わせ場所へ向かう。滅多に着ないスカートの感覚が少し気まずい。
これが本当の彼氏のためならもっとわくわくできたのだろうが、仕方ない。すべて私が選択したことだ。
待ち合わせ時間にぴったりに着いて、辺りをきょろきょろと見回す。ピアス男はすぐに見つけることができた。
茶色い髪にピアスの男なんてありふれているけど、そいつは目立った。容姿が整っているのもあるけれど、なんというか、存在感があるのだ。それに、わかりやすい場所に立っている。ヤツなりに気を遣ってくれたのだろう。
ちゃんと時間前に来て気遣ってくれるなんて、良いとこあるじゃない、と思いながら私はヤツに近づく。
ヤツの目の前に立ち呼びかけてみる。だがヤツの視線はスマホの画面に釘付け。
少しイラっとしたが、めげずに何回も呼びかける。何度目かにヤツはやっと顔をあげた。
そしてまずい、と顔をする。私が文句を言うと自分が悪いとわかっているのだろう、「わりぃ」と謝った。そしてまじまじと私を見つめてきた。
それがなんだか気恥ずかしくて、言い訳がましく理由を言ってヤツを置いて歩き出す。
ヤツは私に追いつくとぶっきらぼうに言った。
「おまえもそういう格好していればちゃんと“女の子”に見えるぞ」
私はその台詞に思わず足を止める。そしてピアス男を凝視した。
(こいつ、本当にピアス男なの?)
顔に熱が集まって、熱い。きっと私、顔が真っ赤になっている。
ヤツは急に立ち止まった私を不審そうに振り返り、見つめる。ヤツの表情は普段通りで、変に意識してしまった自分がバカみたいだと思った。
「……バカ」
私はピアス男の背中を殴ってすたすたと歩く。
胸の鼓動がやけに速い。きっとこれも、あいつが変なことを言ったせい。
私は顔が熱くて堪らないのも、胸がドキドキとするのも、全部ピアス男のせいだと思うことにした。
……あいつが、らしくないことを言うのが悪い。
映画館につき、私たちは定番のポップコーンとジュースを買った。
カップルセットなるものがあって、ドリンク二つとポップコーンのLサイズが付いたお得なセットとなっていますよ、と店員さんに笑顔で勧められた。私と奴はちらりと顔を見合わせた。どうする、という風に奴が見てきたので、お得という言葉に弱い私は恥ずかしいけどそのセットを購入することにした。もちろん、奴と割り勘で。
ピアス男はポップコーンの味にこだわりがないようだったので、私の気分でキャラメルにした。甘い物が食べたい気分だった。
(…私とピアス男って、ちゃんとカップルに見えるんだなあ…)
私はジュースとポップコーンを待ちながらそんなことをしみじみと思った。
ジュースとポップコーンが届いて、一つのトレイに乗せて席へ向かう。トレイを持っているのはピアス男で、私は奴の前を歩いて席の番号を確認していく。私たちの席は一番後ろの真ん中らへんだ。同じ番号の席を発見し、私たちは腰を掛けて上映されるのを待った。
しばらくして、映画が上映された。
その映画は学園もので、学校の怪談をテーマにしたものだった。
周りでキャー!と叫ぶ声が聞こえる中で、私とピアス男は。
「…………」
「…………」
ひたすら無言でポップコーンを食べていた。
気づいたらポップコーンは空になっていた。
「ちょうこわかった~」
「ガチで叫んじゃったわ…アレはこわい」
「私なんか涙出たからね」
そんな会話がアチコチから聞こえる中、私と奴は真顔だった。
映画館から少し離れると、私たちは自然に足を止めて向かい合った。
「…アレ、そんなに怖かったか?」
「さあ…?私はそんなでもなかったけど」
「怖いって言うよりも驚いたっていうところが多くなかったか?」
「ああ、わかる、それ。突然お化けが現れるのはビックリしたけど、そのお化けはそれほど怖くなかったよね~。明らかなCGって感じ」
「そうそう。ちょっと期待はずれだったな」
私たちは同じ顔をしてお互いを意外そうな顔をして見る。
「…リョウくんって、意外と現実主義者?」
「意外っていうほどでもないだろ。そっちこそ、もっと怖がるかと思ってた」
互いの口から出た言葉に、私たちはどちらからともなく笑い出す。
別段面白かったわけじゃない。だけど、なんだかとても可笑しくて、笑ってしまう。
目にうっすらと涙が滲むくらい笑ったあと、私のヤツに対する気持ちが変わっていた。
「嫌な奴」から「ちょっと気の合う奴」に。
「…あー、笑った。久しぶりにこんなに笑った」
「私も…あ。もうこんな時間…。そろそろお姉ちゃんたちと待ち合わせの時間だ」
「もうそんな時間か。待ち合わせはどこなんだ?」
「えーっと…駅前」
「じゃあ、駅前まで行くか」
私は涼くんの言葉に頷き、涼くんと並んで歩き出す。
そして割とどうでもいいことを話す。例えば、散歩している犬が可愛いとか、学校の話とか。
あとはずっと前から気になっていたこともこの際聞いてみた。
「ねえ、涼くん」
「なんだ?」
「涼くんの学校って、吉岡学園でしょ?頭良いって有名な」
「…まあな」
「進学校なのに茶髪とピアスしてて大丈夫なの?」
「大丈夫なわけねえだろ。頻繁に生徒指導されてる」
「…じゃあなんで黒髪に戻さないの?」
「あー…そうだな。意地みたいなもんだ」
「意地?」
私が不思議そうに首を傾げると、涼くんは「おまえにはわかんねえかもしれないけど」と苦笑しながら話してくれた。
「兄貴にさ、対抗したいんだよ」
「…たくみさんに?」
「そう。兄貴ってさ、割となんでもできるだろ?吉岡学園に入学したのも兄貴の勧めがあったからだし、兄貴のあとをずっと歩いているような気がしてな。ちょっと反抗してみたくなったというか…なんて言ったらいいんだろうな」
「ああ、それ私もわかるかも…なんか、悔しいんだよね。お姉ちゃんのこと尊敬しているし大好きだけど、お姉ちゃんとまったく同じなのは嫌っていうか」
「そうなんだよなぁ。兄貴と違う風になりたくてさ、それで思いついたのがこの髪とピアスっていうわけ。兄貴は髪を染めてないしピアスもしてないだろ?」
我ながらガキみたいな理由だけどな、と涼くんは笑う。
そんな涼くんを私は複雑な気持ちで見つめて、そして今なら答えてくれるかもしれない、と思って、初めて会った日にした質問と同じ質問をしてみた。
「ねえ、涼くん。涼くんは……お姉ちゃんが好きなの?」
涼くんは急に立ち止まって、私をまじまじと見つめた。
私も立ち止まって涼くんの視線を受け止める。
「それを聞いてどうすんの?」
「どうするって…」
「聞いてもどうにもならないだろ。口にするのもバカバカしい」
そう吐き捨てた涼くんの顔は切なくて、その表情が答えだと思った。
「…ごめんね」
私が謝ると涼くんは情けない顔をして私の頭をポンポンと叩く。
「なんでおまえが謝るんだよ。俺も、言い方が悪かったな」
私がふるふると首を横に振ると、涼くんは「情けねえなあ」と苦笑する。
「年下の女の子に気を遣われるなんてな」
「別に気を遣ったわけじゃ…」
「夏鈴」
名前を呼ばれて、私はきょとんと涼くんを見つめる。
初めて涼くんに名前を呼ばれた気がする。いつもおまえとかおいとかでしか私のことを呼ばなかったのに。
「終わらせような、俺たちの恋を」
そう言ってくしゃっと涼くんは笑う。
その笑顔をに私は思わず見惚れてしまった。
ドキドキと早まる鼓動に、私は思わず胸を押さえながら、私も涼くんに負けないような笑顔で「うん」と頷いて見せた。
だけど胸の高鳴りは一向に治まらなくて。
どうしちゃったのだろう、と私は首を傾げた。