横恋慕ちゃん2~晴れ、所により一時口論~
たくみさんの弟――涼という名前らしいけどあんな奴ピアス男で十分だ――が来たところで注文を取ることにした。
私はオムライスを頼むことにした。デミグラスソースとマッシュルームのオムライス。
サラダは4人でシェアすることにして、定番のシーザーサラダを頼んだ。あとフライドポテト。
やがて料理が運ばれ、私たちは和やかな雰囲気で食事をした。ピアス野郎は無視だ、無視。
ご飯を食べ終わり、ちょっと一息ついたところで、たくみさんが今度は隣に座るピアス男に話を切り出した。
「涼」
「ん?」
「俺、陽奈子と結婚しようと思うんだ」
ピアス男は目を見開いてたくみさんを見る。そして一瞬だけ下を向き、顔を上げた時には穏やかな笑みを浮かべて、たくみさんと姉を交互に見つめた。
「―――いいんじゃねえの?おめでとう、兄さん、陽奈子さん」
「ありがとう、涼くん。でもね、すぐに結婚するわけじゃないのよ」
「…なんで?」
「色々理由はあるけれど、妹が…夏鈴ちゃんがね、今年受験なの。だから高校に進学して少し落ち着いてからにしたいの。それに、夏鈴ちゃんが彼氏できる前にもっと遊びたいし、ね」
「お姉ちゃん…彼氏できたとしても、お姉ちゃんとちゃんと遊ぶから。私のこと気にしないでいいんだよ?」
「私がいやなの。私の我が儘なの。だから、夏鈴ちゃんが気にすることはないのよ」
「そうだよ、夏鈴ちゃん。すぐに結婚しなくちゃいけないっていうわけじゃないんだ。それに、ちゃんと話し合って決めたことだし、俺も陽奈子も納得してる。ただ、近い将来結婚するってことを夏鈴ちゃんと涼に知っておいて欲しかったんだ」
「たくみさん…」
私は涙で滲みそうになるのを必死に堪えた。
私に彼氏が出来れば、そうすれば、お姉ちゃんたちは私が高校進学したらすぐに結婚するのだろうか。
なら、早く彼氏作らなきゃ。それがお姉ちゃんたちのためになるのなら。
受験勉強とかもしなくちゃいなけないから、中々難しいかもしれないけど…。
「まあ、結婚の報告と、あと、夏鈴ちゃんに涼を紹介したかったんだよ」
「え?」
「涼くんね、頭がいいの。夏鈴ちゃん、今、受験勉強で困っているんでしょう?私が教えてあげれたら良かったんだけど、私も拓海も数学は苦手で…だからね、涼くんに勉強教えて貰ったらどうかなって」
涼くんは数学得意なんですって、と姉が微笑みながら言う。
私は思わずまじまじとピアス男を見つめると、ガン飛ばされた。ガン飛ばさなくてもいいじゃないか。
「なんで俺が…」
「こんな奴に教えて…」
教えてもらう必要はない、と言い切ろうとして、私はふと思いつく。
―――そうだ。
「…リョウくん」
「あ?」
ピアス男は不機嫌さを隠そうともせず私を見つめる。
そんな顔しなくてもいいじゃん、という言葉を飲み込んで、私はにっこりと微笑んだ。
「良かったら、数学教えて欲しいなぁ。私本当に数学苦手で…」
「自分で頑張れば?」
「そんなこと言わないで、お願い」
上目遣いにピアス男を見つめておねだりをする。ピアス男は気持ち悪そうな顔をして私を見つめた。
むっ。失礼な。
「お前のお願いなんかきっ……!?」
私のお願いを聞いてくれないピアス男は、ちょうど私の真向かいの席に座っていたので、ヤツの脛があると思われる場所に向かって私は思いっきり蹴りをいれた。
ピアス男は痛みに呻く。いい気味だ。
「ね、いいよね?」
にっこり微笑んでピアス男を見つめれば、若干涙目になっているピアス男が私を思いっきり睨む。私は笑顔のまま、「また蹴るぞゴラァ」という無言の圧力を出し、それに負けたのか、渋々だがピアス男は頷いた。
「……わかった」
「やったぁ!ありがとう、リョウくん」
そう言って私は自分が出来る一番の笑顔をピアス男に向けてやった。サービスだ。
しかしその私の笑顔を、ヤツは胡散臭そうに見つめる。本当に失礼なやつだ。
「…話はまとまったみたいだね。良かった」
「涼くん、妹をよろしくね」
「……ん、わかった」
そう答えたピアス男の瞳が、一瞬だけ切なそうに揺れた。
その瞳の奥に、私と同じ種類の色を見つけて、私は息を飲む。
そしてわかってしまった。
―――ああ、このひとも、私と同じなんだ。
車で送ってくれる、という拓海さんの誘いを私は断った。今は、拓海さんと姉の仲の良い姿を見るのがつらかったから。
ここから家まではそう遠くないし、歩いて帰れる距離だ。だけど、暗い夜道を私一人で帰らせることを心配した姉が、私も歩いて帰ると言い張った時は困ってしまった。
見るに見かねたのか、ピアス男がため息をついて、「俺がコイツを送っていく。だから兄さんたちは車で帰れば」と言ってくれた。
なんだ、いいとこあるじゃん、と思ってヤツを見れば、ヤツの顔に『不本意です』という文字がでかでかと書いてあった。別に私は頼んでませんけどね。
たくみさんの車を見送り、私は「それじゃあ」と家に一人で帰ろうとしたのだけど、以外にもピアス男は律儀なやつなようで「送ってくよ」と言った。
断るのも面倒くさかったし、何よりもヤツに聞きたいこともあったので、私は素直に送られることにした。
無言のまま歩く帰り道。すっかり日が暮れて、空には星が輝いている。綺麗な星空。明日はきっと晴れだ。
私が唯一わかる星座オリオン座を見つけ、オリオン座みっけ、なんて考えながら歩いていると、不意にピアス男が立ち止まった。
「お前さあ」
「なに?」
「なんで突然俺に数学教わりたいって言い出したんだ?」
「そうだなぁ…数学が壊滅的なのは本当。あとね、頼みたいことがあったから」
「頼みたいこと?」
「うん。―――ねえ、今、彼女いる?いないなら、私と付き合ってよ」
「は?」
ぽかん、としたピアス男の表情が傑作で、私はニヤニヤと笑ってしまう。
するとすぐにピアス男は私を睨みつけてきた。ああこわいこわい。
「お姉ちゃんがね、私が彼氏できるまで結婚しないっていうの。それは私が困るから、だから私の偽装彼氏になってよ」
「なんで困るんだよ」
「困るものは困るの」
「ふーん。もしかして、おまえ、兄さんのこと好きなの?」
ピアス男のその言葉に、私は思わず息を飲む。そして失敗した、と思った。
もっとうまく誤魔化すべきだった。こんなの、認めたのと同じだ。
だけどそのまま認めるのもなんとなく癪で、私は負けじと奴に質問を返す。
「だったら、何?そういうあんたこそ、お姉ちゃんが好きなんでしょ?」
睨むようにピアス男を見つめれば、奴は余裕な笑みを浮かべて私を見つめ返した。
「―――さあ?お前の想像に任せる」
か、可愛くないっ!
少しは動揺してみせればいいものを。年の差だろうか。うっかり動揺を表に出してしまった私が酷く幼く感じる。2歳の差はこれほど大きいものなのか。
それとも、私が食事の時に感じたあの切ない色は気のせいだったのだろうか。
私がヤツを睨みながら考えて込んでいると、ヤツが不意に言った。
「まあ、いいぜ。お前の提案に乗ってやるよ」
「いいの?」
「俺も兄さんたちには幸せになって貰いたいからな…」
そう言って空を見上げたピアス男の表情はとても切なそうで。私が感じたあの色は見間違えじゃなかったんだ、と確信した。
このひとも私と同じ、とても大切な人の好きな人に片想いをしている。自分ではどうしようもない想いを持て余して、必死に隠して取り繕ってる。
忘れられれば、楽なのに。
もしくは諦められたら。
だけどそれが出来ないから苦しい。
「じゃあ、これからよろしく」
おずおずと私がヤツに手を差し出すと、ヤツは訝しそうに私を見たあと、ふっと笑った。
「しょうがない、よろしくしてやるよ」
そう言って私の手を握った彼の手は温かかった。
認めない。その笑顔に一瞬でも見惚れたとか。絶対に認めない。
私は自分の気持ちを誤魔化すようにしかめっ面を作り、軽口を叩く。
「なに、その上から目線」
「当たり前だろ。俺の方が立場が上なのは。頼まれてやってんだから」
「…なんかむかつく」
こうして、私とヤツの偽装のカレカノ生活が幕を開けた。




