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横恋慕ちゃん1~曇り、時々溜め息~

 私の姉は、器用良しで性格の良い美人だって近所でも評判だった。

 私はそんな姉が自分の姉であることが自慢だった。姉に髪の毛をいじって貰うのが好きで、朝の忙しい時間に我が儘を言って可愛い髪形にしてもらうのが楽しみだった。

夏鈴(かりん)ちゃんは本当に可愛い!』そう言ってぎゅっと私を抱きしめる姉が大好きだった。

 こんなはずじゃ、なかったのに。



 私が小5の時、姉が格好いい男の人を家に連れてきた。

 その人はたくみさんと言って、とても優しいお兄さんだった。

 たくみさん小5にしては背丈の小さかった私に目線を合わせて、くしゃっと柔らかな笑みを浮かべて私に挨拶をしてくれた。その時の笑顔が今でも忘れられない。

『初めまして、夏鈴ちゃん。俺はたくみって言うんだ。よろしくね』

 私は一目でたくみさんが大好きになった。


 それから私は、よく姉とたくみさんに連れられて、あちこちへ遊びに行った。

 遊園地、水族館、動物園、大きなショッピングセンター…。

 姉とたくみさんと三人でいる時間は楽しくて、私は姉に「次はいつ遊びに連れてってくれるの?」と尋ねては姉を困らせていた。

 この時、私はまだ“恋”をしていなかった。


 これが“恋”だと気づいたのは、いつだっただろう。

 中学に上がってからかもしれない。そうだ。あれは曇りの日。友達と上手くいかなくて、泣きながら家に帰ったあの日、ちょうどたくみさんが車で通りかかって私に声を掛けてくれた。

「どうしたの?」と言って私の涙を拭って全然まとまりのない私の話を聞いてくれたたくみさん。「そっかぁ。つらいね」と私の頭を優しくポンポンと叩いてくれたたくみさんの手の温かさ。私はその時、たくみさんに恋をした。


 たくみさんは姉の彼氏だって、知っていた。

 これがいけない恋だとも、そして決して叶わない恋だとも。

 だけど一度芽生えたこの想いを消すことはできず、私はみっともなく姉に嫉妬した。時には酷い言葉を投げかけた。

 そのたびに姉は悲しそうな顔をする。姉の悲しそうな顔を見るたびに自分の醜さを思い知って、自分が嫌いになっていく。


 もういやだ、こんなの。

 私は陽奈子(ひなこ)お姉ちゃんが大好きなのに。

 なんで大好きな人の幸せを願えないんだろう―――



 そんな思いを抱え、2年が過ぎた頃には、私はすっかり自分の気持ちを隠すことができるようになっていた。

 このままこの気持ちも消えればいいのに、と思いながら新学期を迎えたある日、姉に「ご飯を食べに行こう」と誘われた。

 私は笑顔で頷き、姉と一緒に向かったのはちょっと小洒落たカフェだった。

 ちょっとレトロで、とても落ち着いた大人な雰囲気のカフェ。

 そこにはたくみさんが待っていて、姉と私を見つけると笑顔で手を振り、ここだよ、と教えてくれた。たくみさんの笑顔を見るたびに痛くなる胸に気付かないふりをして、私は姉と一緒に席に腰を掛けた。


「久しぶりだね、夏鈴ちゃん。また美人さんになったね」

「そうなのよ。夏鈴ちゃんはとっても美人なの!」

「お久しぶりです、拓海(たくみ)さん。お世辞言っても何もでませんからね! お姉ちゃんもやめてよそういうの」

「だって本当のことだもの」


 姉と私のやり取りにたくみさんが笑いを零す。


「本当に仲が良いなあ」

「そうでしょう。私たち、とっても仲良しなの!拓海も弟くんと仲良しでしょう」

「まあ、仲は悪くはない、かな。そういえばあいつも呼んだんだけど、来ないな…」

「涼くんも呼んだの」

「りょう、って?」


 私が会話に割って入ると、たくみさんがちょっと照れくさそうな顔をして説明をしてくれた。


「俺の弟。夏鈴ちゃんより2つ上になるのかな…。ちょっとぶっきらぼうなとこあるけど、良い奴なんだよ」

「へえ~。拓海さんの弟かぁ」

「私も会ったことがあるんだけど、良い子よ。格好いいし」

「格好いいんだぁ。まあ、拓海さんの弟だもんね」


 納得して頷いていると、たくみさんは困ったような顔をした。

 私はにこにこと素知らぬ顔をし、「どんな人だろ~。楽しみだなあ」と呟くとたくみさんは苦笑した。「たぶん、夏鈴ちゃんのイメージとは違うと思うから、あんまり期待しない方がいいかも」と。


 その後、なかなか来ないたくみさんの弟を待っている間、私は学校で起こった事などを話した。

 二人はきちんと私の話を聞いて、相槌を打ってくれる。

 そんな二人の様子に、やっぱり二人とも好きだなあ、と私は改めて思う。

 だけど私は、二人の幸せを心から願えない。なんでだろう。


「……あのね、夏鈴ちゃん」


 たくみさんが不意に真剣な顔をして私に話しかけた。

 私はなんだろう、と首を傾げつつ、たくみさんの話の続きを待った。

 たくみさんはとても言いにくそうにしながらも、やがて決意をした目で私を見つめた。


「俺、陽奈子と結婚しようと思っているんだ」


 結婚―――

 私はその二文字がずん、と私の頭を殴ったかのような錯覚を覚えた。

 いつか、いつかそう言われる日が来るんじゃないかとは思っていた。

 でもそれは、今日じゃなかった。

 私は心の動揺を必死に押さえ、笑顔を作って姉とたくみさんを見つめた。


「…すっごく良いと思う!良かったね、お姉ちゃん!おめでとう」


 私は今、上手く笑えている?不安そうな顔していない?

 自問自答しながらも、私はおめでとう、と繰り返し姉とたくみさんに告げる。

 自分に暗示をかけるかのように。これはおめでたいことなんだと刷り込むように。


 良かったじゃん。これで、やっとこの恋を終わらせることができる。

 そう思ったのに、姉は戸惑った顔をしている。


「……あのね、夏鈴ちゃん。私、今すぐ結婚しようとは思っていないの」


 言いにくそうに、姉は私にそう告げた。

 私の顔から表情が消える。


「え?なんで?」

「そうねえ…色々理由はあるけど、一番の理由は夏鈴ちゃん、かな」


 わたし?


「夏鈴ちゃん、彼氏がまだいないでしょう?だけど夏鈴ちゃんはこんなに可愛いんだから、男の子が放っておくことはないと思うの。きっともうすぐ素敵な彼氏ができるはず。でも彼氏ができたら夏鈴ちゃんは私と遊んでくれなくなっちゃう。だから夏鈴ちゃんが彼氏できるまで、結婚は待ってもらうつもりなの」

「え…た、拓海さんはそれでいいの…!?」

「まあ、色々準備とかもあるし、別にすぐ結婚しなきゃ、って焦っているわけでもないからね。とりあえず婚約って形にしようって陽奈子とも話したんだ」

「こ、こんやく…」


 突然のことに私の頭はパニックになった。

 折角諦められると思ったのに、なにその猶予期間。

 私に彼氏できなかったら、お姉ちゃんずっと結婚しないの?

 そんなの困るよ。だって、そうでもしてくれないと、私はずるずるとこの恋を引きずってしまう。

 私はお姉ちゃんと拓海さんに幸せになってほしいんだ。

 だから、この恋は早く終わらせなきゃ。


 なんとか二人を説得しようと私が顔を上げた時、「ごめん、遅れた」と声が上から振って来た。

 顔を上げればそこには、名門進学校の制服を着崩した、ちょっと悪そうな人が立っていた。

 茶色く染めた髪に、耳にはピアスがキラリと光っている。チャラそう。

 しかし、この人どっかで見たことあるんだよなあ。どこだっけ?


 私がぽかん、と彼を見つめていると、彼が訝しそうに私を見つめた。

 私と彼の視線が絡み合う。そして、二人してお互いを指さし大きな声を上げた。


「「あー!!!」」


 姉とたくみさんが驚いた顔で私たちを見比べている。

 しかしそれが気にならないくらい、私は驚いていた。


「おまえ、朝の…」

「サイテー男!」

「ああん!?助けてやってサイテーとはなんだ?」

「か弱い女の子にブスと言った時点でサイテーなんですぅ」

「か弱い?どこにか弱い女の子がいるんだよ?」

「目の前にいるでしょ!」

「俺の目にはか弱い女の子じゃなくて、ガサツな女しか見えないけどなぁ?」

「あのねぇ…!」

「はいはい、ストップ」


 たくみさんの穏やかな制止の声に、私と彼は一斉にたくみさんを振り向く。

 たくみさんは苦笑していて、姉は唖然として私たちを見ていた。

 店を見渡せば他のお客さんも私たちを見ていたようで、私たちは注目の的になっていたみたい。

 私はカアっと頬が熱くなるのを感じ、騒いですみません、と他のお客さんに謝り、席に座る。

 なんて恥ずかしい。彼もちょっと気まずそうな顔をしていた。


「なに、涼と夏鈴ちゃんは知り合いだったの?」

「知り合いじゃねえよ」

「知り合いじゃないです」


 興味津々な様子でたくみさんは尋ねてきた。

 見事に二人揃って返事をしてしまい、私と彼はお互いを睨み合い、フンとそっぽを向く。

 子どもっぽい?いいじゃないの。だってまだ中3だし!


「…朝通りかかったときに、コイツが変なやつに絡まれていたから助けてやったんだ。それだけ」

「それだけじゃないでしょ!助けて貰ったのはお礼を言いますけど、その後に『変な奴に絡まれてんじゃねえよ、このブス!』と言うのはどうなんでしょう、人として?お礼言う気も失せる」

「てめぇ…。その後ちゃっかり俺に鞄投げつけてきたじゃねえか。それも人としてどうなんだよ」

「あれはうっかり手が滑っちゃったの。仕方ないよねー」

「仕方ないで済むか! それにうっかり俺の背中に向けて鞄投げるとか怖いわ!」


 あーあーきこえなーい、と私は両手を耳に当て彼の台詞をシャットダウンした。

 この…と彼が青筋を立ててそうな顔をして私を睨む。

 私はなあに、とにっこりと笑ってやった。すると彼は余計にきつく私を睨む。


「…なんだか二人とも昔からの知り合いみたいね」


 唖然として私たちのやり取りを見ていた姉がぼそりと言ったのを彼は耳ざとくキャッチして、不愉快そうな顔をした。


「こんな知り合いいらねえよ」

「それはこっちの台詞ですぅ」



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