教会のお話
一人って怖いですよね。全部自分でしなければならないからでしょうか。まあ、人それぞれ、感じる怖さって違います。ちなみに私はボッチ飯してるときの回りの目線が何より怖いです。
すっているだけで頭のおくがくらくらゆれてしまう気になる。そんな温度と湿度の空気。オルガンの鍵盤にはホコリが薄く重なっている。
「ごほっごほ・・・」
部屋がホコリっぽいなあ。でもホコリのにおいってきらいじゃない。
ふぅと小さく息を口から細く吐く。鍵盤の上のホコリがくるくる飛んでいった。きれい。
天井にガラスが何枚か貼ってあるから太陽の光が差し込んでくる。日光が埃に反射してたくさんの光の柱ができた。綺麗。
ここには、綺麗なものがたくさんあるだ。中庭にはね、大きな木と井戸。それから華がたくさん咲いているんだ。あとは、人形の・・・あれ、なんて名前つけたんだっけ。まあいいや。
教会みたいなところ。椅子がたくさんおいてあって、僕はいつも隅っこに座るんだ。なんでだろ。ここが一番落ち着くんだ。
僕はずっとここに住んでいるんだ。いつからだったか忘れちゃったけど。
眠くなっちゃった。
ああ、よく寝た。のかな。わかんない。今日は何をしようかな。壁に落書き?中庭の花を全部つんでしまおうか?うーん、もうやったことばっかだなあ。図書館いこっと。
この建物には図書館があるんだ。どの本もとっても重いんだ。だから僕はめったにここには来ないんだけど、今日は特別さ。
ドアを開けると足元で埃が踊っていた。ふわふわ。埃はふわふわ。足の裏が気持ちいい。
「わあ!」
埃で滑っちゃった。しりもちをついたから埃がたくさん舞った。でもここには太陽の光が入ってこないから、息苦しいだけ。
「ごほっごほ・・・」
『外の世界への冒険』って本が僕のお気に入り。だって不思議なことばかり書いてあるんだ。外の世界じゃ太陽は沈んで月っていうのが太陽の代わりになるんだ。太陽ほど明るくないから、とっても暗くなっちゃうんだ。でも、そんなときは電気を使うんだ。電気を使うと暗くなったところが少しだけ明るくなるんだ。すごいや。
「ん・・・?」
なんだか変なことが書いてあるぞ。
『私の冒険は決して一人では成し遂げられないことばかりであった。しかし、そんなときこそ仲間と手を取り合って乗り越えられた。私は一人ではないのだ。さあ!ともに陽気な歌を歌おう!酒を飲もう!』
僕はなんだかとても変な気持ちだった。心って言うところがぐにゃぐにゃにねじれているみたいな、変な感じだ、苦しいなあ。
図書館を出ていっぱい息をすう。今日は中庭で寝ようかな。そういえば外の世界では空から水が降るらしい。見てみたいなあ。そしたらきっと、雨に降られながら僕は踊るんだ。
「雨!雨!」
僕は空に向かって叫んだ。でも、雲って真っ白になってるガラスのせいで、たぶん空には届かないんだろうなあ。
眠くなっちゃった。
ああ、痛い。むねが痛い。
「ごほっごほ・・・」
「大丈夫?」
「え!?」
僕は驚いて中庭の隅まで逃げた。なに、何だ今のは?声?さっき僕がいたところに白いワンピース(ワンピースって言うのは本で知ったものなんだ。へんな服さ)を着た人間がいた。
「あはは!あなた面白いのね!」
人間は大きな声を出した。あれが笑うっていうことなんだ。
「ねえ!なんかしゃべってよ。つまんないわ」
「え?え?・・・」
悩んでいるとまた人間が笑い出した。
「あはは!あなたって変な音がするのね。ヒューヒューヒューー」
人間は「ヒューヒュー」と歌いながら中庭をくるくる回った。
「あはは・・・ねえ、名前なんての?」
「名前・・・え?」
「なに?」
「なにそれ」
「え?何かしらね!」
「知らないよ!」
「あはは!」
人間は回るのをやめて僕の隣に座った。
「あたしも名前がないの。何で?」
「名前ってなにさ」
「分からないわ。でも・・・うーん、そうね。あんたはあたしに、あんたって呼ばれたい?」
「ああ。そういうことなんだ!名前っていいなあ」
「そうよ。私は――」
僕はそこで彼女としばらく話しをした。ちょっと苦しかったけど。
彼女は女の子らしい。何で、って聞いたら知らないだって。おかしいだろ。
彼女の名前はエバっていうんだ。僕も名前が欲しいって言ったらエバは「アダムなんてどうかしら」って答えたから、それでいいよ!っていったんだ。僕はアダム。
「疲れちゃった。寝るわ」
「ええ、僕はおきたばっかりだよ。遊ぼうよ」
「無理よ。おやすみなさい」
退屈になっちゃった。あれ?退屈って何だろ。
「ごほっごほ・・・」
なんだか変な息がでるなあ
僕は近くに落ちてた小さい石をけって遊んだ。中庭は芝生だからあまり転がらないけど、退屈するよりはマシさ。それ!あれ、強くけりすぎちゃった。大きな音を立てて、中庭のドアについてた少し大きな窓が割れちゃった。
「へえ!ガラスはこうやって壊れるんだ」
面白いからもっと割ろう!僕は中庭が見える窓を全部割った。
「もう!うるさいわ!」
「君もやってみなよ!楽しいんだ!」
僕はたくさんの石を拾って彼女の足元に置いた。
「何が楽しいのよ。」
「いつもと違うからじゃない?」
彼女はそれのひとつを拾って空に投げた。
天井のガラスが割れた。
「痛い!」
目が痛い!痛い!
「大丈夫?上を向いてるからよ!」
上?ガラス?痛い!
「アア・・・・!痛い!痛い!」
僕はそこで寝ちゃったのかな。目が覚めたら椅子の上で寝てた。彼女は僕の頭のほうで座ってる。寝てるのかな。
「痛い・・・」
なんだか変だ。いつもと違う。何が違うのかな。暗い。黒い?隅っこが黒い。
僕は静かに椅子から脚を下ろした。足の裏が痛い。何でだろう。胸が苦しい。
「あ、おきた」
「おはよう。ねえ、なんだか変なんだ。暗いんだ、いつもより。夜が来るのかな」
「ええ、たぶんそうよ。」
「足が痛いんだ。」
「それも夜が来るからよ」
「そうなんだ。夜っていやだなあ」
夜が来ると足の裏が痛くなるんだ。じゃあエバも?だから座ってるんだ。
「ごほっごほ・・・」
「咳ばっかね」
「うん」
考えてみれば、僕は一人だったんだ。そっか、一人だったんだ。
「夜が来ないのは、僕が一人だったからだったんだ。雨も降るかなあ」
「そうね」
暗くなる。どんどん暗くなってく。怖いなあ。怖い。怖い?なにそれ
「怖い?夜。」
「うん、怖いよ。怖い。なんで?」
「うん?」
「何で夜は怖いの?」
「わかんないわ。」
「じゃあ何で僕が怖がってるって分かったの?」
「私も怖いからよ。半分こね」
「半分こかあ。いいなあ」
「眠いの?」
「うん」
「そう。おやすみ」
僕は椅子に寝転がってまた眠った。隅っこの椅子じゃなくて、真ん中の椅子で。
目が覚めたらなんだか変な音がする。ササー・・・ササー・・・・
「あれ?エバ?」
エバがいない。どうしたんだろう。どこだろう。暗すぎる、怖い、やだ。
「エバぁ!どこぉ!」
目から変なものが出てきた。いやだいやだこわい。なにこれ。僕は椅子から動けずに叫んでいた。足が痛い。まだ夜なんだ。怖い。
「エバぁ!エバぁ!怖い!怖いよぅ!」
エバはいなくなってしまったのか。怖い。一人は嫌だ。
「え・・・?あれ。なんで?」
一人は嫌だ?なんで?僕はずっと一人だったじゃないか。エバがいなくたって、大丈夫じゃないか。そうさ、きっとさっきのは夢って奴だ。エバなんかいなかったんだ。僕の名前はアダムじゃないし、僕の足は痛くない。大丈夫さ。
僕はゆっくり椅子から下りた。冷たい床の感触。痛くない。でも、目から変なものが出てきて、体が火照る。熱い。怖い。エバ。エバ。
”エバ 僕のエバ エバ 急にいなくなったエバ 消えちゃったエバ 僕のエバ 一人のエバ ”
へんてこな唄を小声で歌いながら僕は薄暗い部屋をゆらゆらしながらあるいた。ゆらゆら。
中庭が暗くなってた。でも、なんだか綺麗な青っぽい光の柱が一本だけあった。あれは、お話の中の月の光?本当につきがあるんだ。僕は急いで中庭に出た。天井のガラスが一枚割れていた。そこから空が見える。黒い、黒い空だった。黄色い、変な形の、あれは月?それから、なんだこれ。光の柱だと思ってたのに、なにか、水みたいな。
「雨だ!雨だ!雨!」
僕はうれしくなって走り回った。そうさ!エバのおかげさ!エバのおかげで夜が来るし雨が降るんだ。うれしいな!僕は夢中で踊った。くるくる。ゆらゆら。エバも一緒に――
「あれれ・・・」
脚に力が入らないや。動けないよ。僕はその場に座り込んだ。
「エバも・・・エバも一緒に・・・」
エバも一緒に踊ろう。エバも一緒に踊ろう。エバも一緒に踊ろう。
「ぁああ・・・・・・」
これが泣くってことなんだ。じゃあこれが涙なんだ。一人ってさびしいんだなあ。
「ああぁあ・・・ごほっごほっ・・・・げほっ」
僕はたぶんとっても悲しいんだろう。僕は悲しい。悲しんだ。エバがいなくて悲しい。悲しいなあ。寂しい。怖い。よるって嫌だなあ。一人は嫌だなあ。青い。黒い、黒い。
エバはどこに行ったの?僕が嫌いになっちゃったのかな。嫌だなあ。
”アダム!目を覚まして!”
僕は苦しくなって寝転がった。泣くと苦しくなるんだ。疲れた。
”だめよアダム!今眠ってしまったら、起きられなくなるわ!”
いいさ、エバは僕のことが嫌いになったんだ。所で君は誰?神様?じゃあ僕は死んじゃうんだぁ・・・怖いなあ。死ぬって嫌だなあ。
「ごほっごほっ・・・・・けほっ」
苦しい。苦しい。息ができない。
「ごほっ・・・エ・・・バ」
アダムは寝る前に変なことを言ってた。別に暗くないわ。もしかして、アダム。目が・・・。
「アダム。おきて。」
アダムは寝てる。おきそうにないなあ。そうだ、中庭に行こう。ガラスを片付けてしまわないと脚を怪我してしまうわ。アダムを運んでくるときに少し足の裏を切ったから痛い。
中庭へのドア、ガラスがたくさん落ちている。どうやって片付けようかな。そばに箒と塵取りがあったからそれを使った。
「あら?」
中庭が何か変だわ。ああ、日光が差し込んでるんだ。だからいつもより明るいのね。雨、降らないかしら。
中庭の掃除を終えてもアダムは起きなかった。起きなかった。私は少し寂しくなって、怖くなった。アダム、アダム。
「アダム。起きてよ。一人は嫌よ」
こんにちは。
アダムくんとエバちゃんは同じ人間だったのかもしれません。書いていてなんとなくそう思いました。
さて、人は失って初めて、失ったものの大切さに気づく。私はこれを信じています。実際そうですから。では、手に入れる前に失うものの大切さに気づけるでしょうか。今回はそんなことを書きました。書いたつもりです。ではまた、別の機会に。
癖毛の子