朝食カミングアウト
「────はっ!?」
気が付くと、そこはいつもの自室。棚に並べられたプラモ群、本棚に詰め込まれたライトノベル、机の上で開きっぱなしのノート、その他etc……。間違いない。
つまり、先程までの出来事は全て夢。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
そう認識した所で、黒瀬燐悟は深い溜め息をつく。全く、なんだったんださっきの夢は。いきなり草原のど真ん中に居たと思ったら大雨に打たれて金色の龍とにらめっこした挙げ句に雷に打たれて焼死だなんて。不幸な事が起こる予知夢なのだろうか。それにしてはやたらと表現が曖昧過ぎるが。
そんな事を思いながら時計を見ると、時刻は6時半。平日なら起き出してもいい時間帯だが、今日は土曜日。特に見たい番組等も無いので、まだまだゆっくり寝れる。
しかしながら、やたらと喉が渇く。今気付いたが身体中汗でべっとりと濡れていた。まぁ、あんな悪夢を見れば当然と言えば当然だろう。それに人間は寝ている間にコップ一杯分の汗をかくという話を聞いたことがある。寝る前にコップ一杯の水を飲むといい、というのはそういう理屈だ。
そんなわけで喉の渇きを潤しに、燐悟はベッドから出ると一階のダイニングに向かう。あそこなら冷蔵庫の中にミネラルウォーターや麦茶等が入っているから、喉を潤すにはちょうどいい。
そう思って部屋から出ると、
「おはよー、リンくーん」
母親がコップ片手に待機していた。
「おはよ、母さん」
「おー、あいさつきちんと出来て偉い偉い。はい、ごほうび」
そう言われ頭を撫でられると、麦茶入りのコップを手渡された。どうしてこうも自分のやりたい事が母親に筒抜けなのだろうか。
以前にもこんな事は多々あり、唐突にとある漫画が欲しくなったときは必ずそれを夕方には買ってきた。勿論、母親には何も伝えていないにも関わらず、だ。他にも、用を足していて紙が切れた時に抜群のタイミングで予備の紙を手渡しに来たこともあったり、自分は一方的に心を読まれているのでは、と思ったりする。気分はどこかの帝国の総統の後妻だ。あちらが読まれていたのは弟二人にだったが。
しかし今に始まった事ではないので、考えても仕方がない。
ごくごくごく…………。
「ごちそうさま」
手渡された麦茶を飲み干して喉の渇きを潤すと、コップを母親に返却する。
「どういたしまして。朝御飯、今から作るから少し待っててね。出来たら呼ぶから」
「はいはい、期待してるからね母さん」
「わーい、リンくんの声援ゲットだぜー!」
燐悟からの応援が余程嬉しかったのか、母親はピョンピョン跳ねながら階段を降りていった。今年で御年33なんだから少しは身の程をわきまえてほしい。例え外見年齢が実年齢マイナス10歳だとしてもだ。
可愛いは正義、なんて言葉が世にはあるが燐悟の母親には適応されるのだろうか。
しかし何はともあれ喉の渇きを潤す事が出来たので、部屋に戻ってベッドに潜り込む。幾らなんでも朝食が10分やそこらで出来るわけがない。無論、市販のパンやお茶漬け等がメインでなければの話だが、燐悟の声援でテンションMAXの母親だ。そんな簡単な朝食にするわけがない。つまりはそれまで二度寝出来る。
計画通り。
「さて、もういっちょ寝るか……」
改めて布団をかぶり直すと、燐悟は再び夢の中へ落ちて────
「おはよー! リンゴ!」
────いかなかった。
眼を開くと、ベッド脇の窓からこちらを覗く顔が。隣に住んでいる尾丘美香だ。あちらも寝起きなのかパジャマ姿。薄いピンクが何とも言えない。
ちなみに何故隣に住んでいる彼女が窓から侵入出来たのかというと、それは燐悟と美香の家の立地に秘密がある。
この2つの家はほぼ左右対称の作りで燐悟と美香の部屋はそれぞれ対象の位地にあるわけなのだが、どういうわけかその2つの部屋にある窓の内1つが互いに向かい合った位地にあるのだ。しかも家同時が人間一人やっと通れる間隔で建っている為に、窓と窓の間隔が僅か10数センチしかない。故に窓を通じて往き来するのが容易なのだ。
「なんだよミカ……。せっかくもう一眠りしようと思ったのに」
「へー、こんなに可愛い女の子が起こしに来てあげたのに嬉しくないのかなー?」
「自分で可愛い言うかね……」
「もー、ひどいなリンゴはー。それじゃあお目覚めのキスを……」
「いらんいらん」
迫る美香の顔を押し退けると、窓から元の部屋に押し戻してやる。同時に窓の向こうで何かが床に落ちる音。よかった、無事に戻れたみたいだ。
しかし彼女の行為は単なるスキンシップなのか純粋な恋愛感情なのか分からない。この魔性の女め。
心の中で少しだけ悪態を突くと、今度こそ燐悟の意識は夢の中へ落ちていった。
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『いただきまーす』
それから数十分。母親自慢の朝食が出来たので、二人で一緒に合掌。早速口に運んでいく。
ちなみにメニューは、昨日の残りのカレーに母親の手作りパン、プチホットケーキの三品に、これまた母親オリジナルのミックスジュース。今日のはバナナメインのようだ。
カレーは一晩置いたこともあってコクが出ていて非常に美味。特に北海道産のジャガイモが程よい固さで(ry
パンはモチモチとした食感が堪らない。母親曰く赤ん坊の声のような音が出るまで捏ねるのがコツなんだとか。信じるか信じないかは燐悟次第だ。
「レンくん、朝ごはん美味しい?」
「うん。今日のミックスジュースいつもと違う味だけど、バナナの他に何入れた?」
「えっとね、オレンジにバナナにブドウにドリアンにメロンにマンゴーにイチゴにキウイに……とにかくフルーツバスケット」
「うん、最後の方は日本語でおk」
そもそもそんなにフルーツを入れてこの味で纏まったのが不思議でならない。下手すれば某配管工の26歳が即興で作ったミックス汁なんて物になりかねない。ソースや青汁なんかが入っているよりは幾分かマシだろうか。
「そう言えばねー、母さん仕事でアメリカに行かないといけなくなっちゃったのよね」
「え、なんでそりゃまた突然」
実は母親はこんなおっとりした性格とは裏腹に、凄腕のゲームクリエイターの顔を持っているのだ。その手腕と言えば、母親が手掛けたと言うだけで販売本数が10万本増えるとか増えないとか。とにかく凄いのだ。
恐らく今の母親の発言も、それに関連しての事なのだろう。
「実は母さんが入ってる会社から連絡があってね、アメリカの方で有名なご長寿ゲームの最新作を幾つか出すからそっちの方で製作主任務めてくれ、って言われちゃって……。報酬はその分弾むらしいけど」
「そうなんだ……。で、その仕事どれくらいかかるって?」
「それが分からないのよー。なんでも10本くらい出すらしいから、半年は少なくともかかるかも」
「げ、そんなにか」
別に母親が居ないからといって不自由するわけではない。これでも高校2年、家事は一通りこなせる。
しかし長年一緒に住んできた母親が暫く居なくなるのは、心なしか寂しく感じる。
「あ、それでね、レンくんに提案があるのよ」
と、母親が急に話を切り出した。本当に唐突に、だ。
後から思って見れば、ここが燐悟の運命を大きく変えた瞬間なのかもしれない。
「──じゃあ突然だけど黒魔法の修行始めよっか」
「────────は?」