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志郎の記憶の欠片 1-1

 大学入学と共に新東京の大学の寮へ行った従姉が行方不明になったと聞いてすでに九か月経った。

 一つ上の従兄の和郎は4歳になったばかりの妹の美琴を背負って分校に通っていた。母親は美琴を産んですぐ亡くなっていた。

 俺自身も産まれてすぐに母を亡くしたが、親父の兄一家が同じビルに暮らしていたので生活に特に支障はなかった。

 放浪癖のある親父は今はいない。

 行方不明になった従姉が親父みたいな放浪癖があるようなタイプだったら何の問題もなかったのだが、当然そんな癖はなかったはずだ。

 我が家は旧東京新宿区新宿三丁目にある。

 一階は喫茶店『リトル』と貸店舗の動物病院。喫茶店は親父の兄である真澄一郎がマスターをやっている。

 地下一階から地上7階まであり、屋上も完備。

 各階身内のみの居住スペースだ。

 現在の住人は真澄一郎の息子の和郎と娘の美琴。去年一郎さんと俺が拾った伊多波海成。俺、羽柴志郎の5人だ。

 従姉の美伶と俺の親父の一貴は不在。

 海成は俺より一つ下なので、子供ばかりで大人一人の一郎さんに負担が大きくなってしまっている。

 出来る事は各自でやっているが、10歳前後の子供ばかりではたいした事など期待出来ないだろう。

 和郎と美琴と海成の四人と帰宅途中で顔見知りに声を掛けられた。

「お前等丁度良い所で会った」

「……威火《ウェイ・ホウ》」

 和郎が微かに顔を歪めた。

 和郎だけでなく、俺もあんまり関わりたくない男だった。

「そう、だな……海成、お前はマスターに知らせてもらおうかな」

「何を?」

 威火は俺達に近付くと囁くように告げた。

「静かに聞けよ。反応に気を付けろ」

 注意深く辺りを気にしながら、口を動かさずに続ける。

 まるで腹話術のようだ。

「美伶が見つかった。だが追われているらしい。意味はわかるな?」

 目を見開いて何も言えなくなっている和郎に変わって一歩近付いた。

「見張られている可能性があるってことか?」

「わからん。だが最悪を想定して動け」

「店が終わる頃に志郎を迎えに行かせる。マスターにそう伝えろ」

 海成は静かに頷いた。

「お前等は俺について来い」

 頷く視界の端でマンホールの蓋がふらりと浮いた。

 うねうねっと吸盤の付いたタコの足が蠢いている。

 地下下水に生息するマンホールタコ。通称マンタコだ。

 たまにあぁやって餌を求めてマンホールから足だけ出してくる。

 旧東京の危険生物の一つだが、住民にとっては生活に埋もれて日常の光景である。

 あれのエサになるようなのは住人にはいない。

 物珍しくやってくる観光客か脱走した高級住宅の箱入りペットくらいなものだ。

 海成がマンホールの蓋を両足で踏みしめて、先に帰って知らせると無言で振り返って頷くと身軽く駆け出した。

 威火に連れられて来た所は半地下になった小さな部屋だった。

 部屋に入るなり、和郎はソファに横たわる人物に駆け寄った。

「美伶っ」

 ぐったりして意識のない姉の手を両手で握る。

 入口でその様子を見ていた俺は威火を見上げた。

「何があったんだ?」

「まぁ、見た通り、妊娠しているな」

 毛布を掛けられているが、腹辺りが大きいのは勘違いでも見間違いでもなかったらしい。

「薬の調達で新東京へ行った帰り道で拾ったんだ。運が良かったな。本人が追われているって言うから穏便に運び込んだ。ここに着いた早々気を失ったから、あんま詳しい事は聞いてない。随分疲れていたようだな。一応栄養剤の点滴だけやってる」

「威火、ありがとう」

 和郎が姉の手を握ったまま顔だけこちらに向けて、小さく頭を下げた。

 背中におんぶされた美琴は和郎の肩から姉を覗き込んでいた。

「ねぇね、おねんね?」

「あぁ。疲れて寝ているようだよ。だから静かにして起きるのを待とうな」

 背中から下ろして美琴を膝に乗せて言い聞かせる。

「ま、何か飲むか?」

 威火が美味い紅茶を飲ませてやると言って用意した物は一郎さんと同じくらい確かに美味しい紅茶だった。

 日が暮れた頃、やっと美伶の意識が戻った。

 美琴はすっかり眠っていた。

「心配掛けてごめんね……」

 首に腕を回して抱き付いた弟の背中をぽんぽん叩いて美伶は静かに謝罪した。

 だが、俺の位置からは見えていた。

 和郎が酷く不機嫌な表情をしていた。

 俺と威火は視線を合わせるとそっと部屋から出た。

 直前に小さく聞こえた台詞が脳裏にへばりついた。

「相手は誰なの?」

 いつもの優しげな声は酷く冷たく聞こえた。

 うちの一族はちょっとおかしいらしい。

 聞いた時はちょっとなのか?と思ったが。

 親父は一応抗おうとして、婿養子に入ったらしいが、無駄だったとあっけらかんと笑って言った。

 真澄の血には呪いがかかっている。

 身内しか愛せない、らしい。

 一応その血を半分継いでいるが、俺には実感はない。

 だから、血に縛られるってのがよくわからないだが。

 和郎は、美伶が好き。

 美伶は自分のモノだと公然と言い放つほどに。

 美伶もその辺りは承知しているらしく大学を卒業したら戻ってくる予定でいた。

 だが、卒業も待たずに戻ってきた彼女は妊娠していた。

 威火が言うにはもう産み月に入っているかもしれないらしい。

 美伶も美琴も俺にとっては身内だと言う思いしかない。

 特に特別だと思う気持ちはない。

 確かに他人とは違う。

 正確に言うと俺にとって他人はどれも区別がない。

 人と言うモノに興味がないから、そんなもんなんだろう。

 血の繋がりはないが、海成は俺にとってはすでに身内みたいなもんだ。

 背中を預けてもいいと思えるくらいには信用も信頼もしている。

 喧嘩っ早いが、それなりに自分の譲れない部分があるかららしい。

 それに、あいつが負けた所を俺は見た事がない。

「少し早いが、そろそろ俺も一度帰る」

「あぁ。一応気を付けろよ」

 頷いてそのまま出る。

 やっぱ、産むんだよな……。

 俺の母親もそうだが、和郎達の母親も出産の数年後に命を落としている。

 32年前、西暦2023年、連続で5か所大きな地震が世界各地で起きた。

 東京もその一つだった。

 第二次関東大震災と言われている。

 その後10年も余震で大地が不安定だったらしい。

 最近漸く落ち着いてきたが、数か月に一度くらい微かに揺れる。

 今でこそ、観光地区として賑わっているが……暫く東京には人が入れなかった。

 動物園、水族館、植物園諸々の研究所施設に何も出来ないでいた。

 瓦礫は今でも大量に残っている。

 首都は新東京に移転し、現在の旧東京は危険地帯、地区として外の者は申請なくして入れない封鎖された空間となっていた。

 第二次関東大震災が起きた時、空間が捻じれたとも研究者は語る。

 たった数十年でこの地帯の生植物は独特な進化を遂げていた。

 マンタコが良い例だ。

 水族館から脱走か、海からの侵入か不明だ。

 本体は地下下水から出てくる事はほぼなく、足だけをマンホールから出して捕食する。

 判っている事はそれくらいでその生体系は不明。

 他には複数の頭を持つ犬や猫。犬程の大きさの巨大なドブネズミや蜘蛛も巨大は鳥も普通にその辺に生息している。

 そんなのが多くいる過去公園だった所は危険区となり、第一級危険区域は基本的に立ち入り禁止区域となっている。

 そんな旧東京になった頃からか、出産が難しくなった。

 旧東京の中だけの問題なのか、外がどうなのか。

 実際の所、統計的には世界中が同じ状態にあるって事が判明されつつある。

 今から20年程前に人工母体が作られた。

 現在一般市場に出ているのは人工母体三号機『マザー』。

 これで現在の出産率を上げている状況だ。

 女性が自ら産む時代が終わりつつあると言って良い程に。

 美伶は、死ぬ覚悟で産むのだろうか?

 育てる気がないって事なのか?

 俺の母親は何故俺を産んだのだろうか。

 すでにこの世にいない者に何を問うても応えなんてない。

 親父の相手を知って、見せしめたかったのか。

 何故人工母体を使わなかったのか。

 遺伝子操作も容易く、希望する我が子を抱けただろうに。

 震災前の新宿は眠らない街と言われていたようだが、今のこの地もやはり同じだった。

 喫茶『リトル』は19時で閉店だ。

 しかし周りの店は18時くらいから開店なんて所も多い。

 夕飯を食べてから出掛けるのに丁度いい時間かもしれない。

 店をやっているからなのか、一郎の食事はとても美味しい。

 こんな状況なのに腹は減る。

 見上げた空は遠い。

 星もほとんど見えない。

 ビルが高い事と明るいからだ。

 自分が何者かに追跡されていないか、さり気無く気配を探りつつ、家に帰った。

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