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チルチルの部屋

シオン同盟 -マチルダの一日-

作者: けろぽん

ヴィングラー家の朝は早い。

まだ陽が昇らないうちから台所に火が入り、調理が始まる。


陽が昇り始めるとわたしのように通いの使用人たちが出勤してくる。まずは食堂に集まり朝食をいただく。住み込みの人たちはもう食べ終えていてそれぞれの仕事を始めているけれど通いはおしゃべりしながら美味しい朝食をいただいちゃって、これだけでも厳しい試験を突破して屋敷に仕えることになった甲斐があるってものだ。


「おはよーマチルダ」


 ふわふわでほんのり甘く焼き上げたスクランブルエッグを口に詰め込んでいると同期のキキが隣に座る。背中の半ばまである長い髪をいつも高い位置でまとめあげている彼女はうなじがとてもきれいで、自分の見せどころをちゃんと分かっているのだ。


「おはよ。ちょっと聞いてよ。今日さー、ルルさんが珍しく休み取るんだって」

「嘘。まじ?まさかマチルダ、シオン様に会えるチャンスじゃないの?えー。なんでわたしはエミリア様付きなわけー?」


 心底悔しがっているキキにくすぐったいような優越感を覚える。

 わたしたち屋敷の使用人はエミリア様付きとシオン様付きに分かれる。あとは御館様付きの使用人もいるのだが御館様はほとんど屋敷におられないので人数も少ない。その代わり屋敷に滞在するときはエミリア様付き、シオン様付きの使用人たちが助っ人に駆り出されることになるのだけれど。

 ちなみに派閥があって、エミリア派とシオン派はすこぶる仲が悪い。わたしとキキは特別例外で、年が近いしシオン同盟を結んでいるから派閥の垣根を越えて結束している。


 シオン同盟とは何か?

 平たく言うとシオン様のおっかけ。ファン。出来れば玉の輿に乗れたらいいなと夢見る乙女の同盟だ。 この屋敷に仕えることになった時に挨拶に伺った時がわたしとシオン様の邂逅だった。緊張するわたしに向けられたごみを見るかのような冷たい眼差し。そのときにわたしは雷に打たれた。年下なのに胸がキュンキュンした。

 とはいっても実際にシオンと関わりあえる使用人は本当に限られていて、わたしが出来ることと言えばシオン様の洗濯物の匂いをこっそり嗅いだりシオン様の食べ残しをこっそり口に入れたり浴室を掃除するときに抜け毛を拝借したり自分でもちょっとヤバいなーと思うくらいのことしかできない。キキと同盟を結ぶことになったのもキキが偶然シオン様の洗濯物を抱きしめていたところに遭遇したのが発端だった。

 何故それほどまでにシオン様と触れ合う機会が少ないのか?

 なんでもわたしがここに仕える前にシオンと使用人の一人がいけない関係になったとかならないとかまことしやかなうわさが流れているが真実がどうかは誰も知らない。

 ちなみにその話を聞いてキキと「ちょっといったいそのときシオン様いくつよ?」「幼いシオン様の純潔を奪うなんて」「羨ましすぎる」「わたしなら*****を*****してもいい」「わたしは***の***を*****くらい平気」と下ネタで一晩盛り上がった。

 

「ちょっとー、抜け駆け禁止なんだからね」

「分かってるわよぉ」

「あ、でもほら、あの例の女の子も見れるんじゃないの?」

「そうなの。どんな顔してるのか見定めてやるわ」


 半年くらい前にシオン同盟に大激震が走った。御館様がどこからか連れてきた女の子をシオン様が自分の愛人として囲い始めたという。ありえない。愛人にならわたしがなってあげるのに。シオン様にならどんなことをされてもオールオッケーなのに。とまたまたキキと二人で一晩盛り上がった。

 

 ちなみにその女の子が屋敷に来た時わたしもその子を見たはずなのだが遠目でどんな顔をしているのかよく分からなかった。だからとりあえず今日機会があればその女の子が一体どんななりをしているのかしっかりと確認してやろうと決めていた。


「じゃあ今日仕事終わったらサウスローズに集合ね。報告楽しみにしてるわ」


 重要な使命を下す司令官のようにキキはおごそかに言うと食事が済んだトレイを持って立ち上がる。


「分かった」


 シオン同盟は今のところ会員2名の小さなものだが隠れシオンファンは侍女たちの中にもかなりいると思われる。

 何しろ金持ち。

 中性的なきれいな顔立ち。

 使用人にも紳士的なふるまい(わたし的にはこれはそんなに重要じゃない。あの顔で暴言吐かれるシチュエーションにも萌える)。

 これで人気が出ないなんておかしい。

 まあ中年趣味の人は御館様に目がいくだろうけど。わたしはちょっと髭面親父はパス。


 朝食が終わるとシオン様付きの使用人が集められミーティングが始まる。ルルが前に立ち、一日の作業の流れを細かく指示する。と言っても毎日することはほとんど一緒なのでいつもはそんなに時間がかからないのだが今日はさすがにルルが休みを取るということもあっていつもより時間がかかる。


「……では今日はその流れでお願いします」


 やはりというかわたしにはシオン様にかかわる仕事は任されなかった。そうだろうなとは思っていたけれど……はあ、がっかり。

 わたしたち下っ端侍女の仕事と言えば主に掃除。と言っても毎日掃除をしているしこの広大な屋敷の中で使う部屋も限られているから大して汚れてもいない。シオン様が住む階の掃除はやはりベテランの使用人たちがやることと決まっている。

 大して汚れてはいないがわたしは仕事はきっちりやるタイプだ。誰も見ていなくても隅から隅まで美しく保つ。それが出来る使用人のあり方だと思っているし、もしかしたら遠くでシオン様が見てくださっていることがあるかもしれない。


 廊下の照明拭きを終えて雑巾を洗っていると不意にルルが顔を出す。


「マチルダ、今いいかしら」

「は、はい。ちょうど今拭き掃除を終えたところです」


 慌てて手を洗う。


「今シオン様の給仕を終えたところなのですが、もう少ししたらお皿を下げに行ってもらうようにハルルに伝えてもらえるかしら。わたくしはもう行かなければいけないのだけど、ハルルが見つからなくて」


 ハルルというのはベテランの一人である。


「はい!お任せください」

「頼んだわね」

「お疲れさまでした」


 深々と頭を下げて。

 こみ上げる笑いをこらえるのに苦労する。


 千載一遇のチャンスとはこのことじゃない?

 勿論わたしはハルルに伝言なんかしない。

 あとからどんなお叱りを受けるか分からないがそんなこと気にしていたら何も始まらない。チャンスというのは自分で掴みとるものなんだから!


 わたしはこの日のために用意していた制服をより可愛く見せるオプション、自分で作った白いエプロンとホワイトブリムをこっそり私物入れから取り出す。鏡を見てお化粧チェック。こう言っちゃあなんだけど、わたしは自分の顔には自信がある。小さなころから近所でも可愛いマチルダちゃんとして人気者だった。まあこのお屋敷の使用人たちは顔で選んでいるのかと思うくらいに美人度が高いから少し埋もれてしまうのは否めないが。


 にこ。

 大丈夫!今日も可愛い。食べカスオッケー!口臭オッケー!

 笑顔の練習をして少し早いが誰にも見咎められないように急いでシオン様の部屋に向かった。



 シオン様の部屋の位置はもちろん把握している。重厚なドアの前に立ち、手早くエプロンとホワイトブリムをつけて、深呼吸一つ。


「こんこん。失礼しまぁす。わたくし今日一日シオン様のお世話をさせていただきますマチルダでーす」


 とびっきり可愛い声をつくって飛び込んだ。






 まずはじめに。バカでかい人形が目に入った。

 しかしそれは人形ではなくぱちぱちと瞬きをしている。

 

 ええええええええ!

 ウソ、何この子、チョーーーかわいーーー。


 ミルクのようになめらかで白い肌、大きな瞳、ふっくらとした唇、整った顔立ち。まあね、整ってるんだけど、もう、絶世の美女、とか見たら目がつぶれるほどではない。けど、なんといってもその髪の色と眼の色が女の子をどこか人間離れしているような印象を持たせるのだ。

 淡い桃色のお姫様が着るようなレースとフリルをふんだんに使ったドレスが怖いくらいに似合っている。


 えーーー!えーーーー!髪の色染めてる?いやいや、でも目の色は?


 動揺を必死に隠し片付けをしに来たことを告げると人形少女…確かチルリットといったか…も立ち上がり小さな可愛らしい声で手伝いを申し出てくる。


 いやいやいや!ノーサンキュー!シオン様の前でポイント稼ぎ?ダメダメ!この野郎、その可愛い外見でシオン様をたらしこんじゃって…ってまだ十歳くらいなのにどーゆーこと?昼は聖女、夜は娼婦ってやつか、この淫獣め!ベッドの中ではすごいのか?

 そのちょっとおどおどした態度も庇護欲をくすぐる計算でやっているとしたら…!

 チルリット……恐ろしい子!


 満面の笑顔でどうにかその淫獣(想像)を追い出すことに成功し、ようやくわたしはシオン様と二人きりになれた。


「シオン様、よろしければお茶のお代わりはいかがですか?」

「結構だ」


 きゃああ。この冷たい声と眼差し、キュンキュンきちゃいますううう。これぞシオン様。

 はああああ。シオン様と二人っきり。シオン様が吐いた空気をわたしがすってるううう。し、あ、わ、せ(はあと)


 わたしはもんのすごーくゆっくりと後片付けをする。だけど悲しいかな、始まりがあれば終わりがある。いつかは片付けも終わるのだ。


 食器をまとめて廊下にあるワゴンに乗せ、テーブルを綺麗に拭くと終わり。


「シオン様、何かご用はございますか?なんでもお申し付けくださいませ」

「なんでも?」

「はいっ」


 シオン様がその金茶色の瞳をわたしに向ける。それだけでわたしの心は小さく震えた。

 

「ではさっさと片付けて早く一人にさせてくれ」

「……かしこまりました」


 冷たい。

 冷たいけど、その冷たさに萌えるっ。これで終わりなのかしら?ここで引き下がっちゃったらもうシオン様とは口をきく機会がないかもしれないのに。


 わたしは最後に残ったカップを手に部屋を出ようとして。


「あっ!」


 何もないところで躓いたわたしはカップに残っていたお茶をこぼして絨毯に染みをつくってしまう。高そうなカップには傷をつけないように細心の注意を払った上での高等技術。お給金減らされたらやだし。


「ああっ!大変だわ!申し訳ございませんシオン様!」

「どうかしたのか」


 幾分疲れたような投げやりな声。


「お茶をこぼして絨毯に染みをつくってしまいました。申し訳ございません。すぐにシミ抜きをしますぅ」


 上目遣いの瞳にはこぼれない程度の涙。

 小さなころ嘘泣きマチルダの名をほしいままにしてきたわたしにはこんなこと朝飯前だ。男の子は100パーこれでわたしの言うことを聞いてくれるが女の子からは嫌われるオプション付き。


「もういい…」

 

 早く行ってくれというジェスチャーをするシオン様に、


「今、雑巾を持ってまいりますので」


 天然娘を装って気付かないふりをしてぴょこんと頭を下げてぱたぱたと雑巾を取りに行く。おおっとついでに食器を下げとかないと誰かに食器を下げてないのかなんて思われてシオン様の部屋に来られたら大変大変。


 雑巾とシミ抜きセットをもってシオン様の部屋に行くとシオン様は書斎机に座って何やら難しそうな本を広げている。


「失礼しまあす」


 わたしは床にしゃがみ込み絨毯の染みを抜く作業を開始した。

 絨毯に這いつくばり、目を凝らす。やった。シオン様の抜け毛みっけ。今日のシオン同盟第13回会合で自慢しようっと。ん?おっとお。なんだか怪しい綴れ毛が…。こ、これはもしやシオン様の…。鼻血が噴き出そうになるのを深呼吸してそうっとなくさないようにハンカチに包みこんで先程の抜け毛と一緒にポケットにしまいこむ。


「マチルダといったか」

「は、はい!」


 大発見に鼻息が荒くなっていたところにいきなりシオン様から名前を呼ばれ慌てて立ち上がる。


「いや、仕事をしながらで構わない。いくつだ」

「はい、今年で十六になります」


 わたしとしては向い合って目と目を見つめ合い会話をしたいところだったがシオン様からそう言われては仕方がないのでシミ抜き作業を再開する。


「ここへは通いで来ているのだな」

「はい。家は街で店を営んでおります」

「休みの日や仕事が終わった時は何をしている」

「そうですね…。友人と買い物に出かけたり、サウスローズというお店で喋ったりしています」


 勿論話題はシオン様。


「サウスローズ?」

「はい。美味しいおやつと飲み物を出してくれるところで若い女の子にすごく人気があるんです。夜はお酒も飲めるんですよ」

「ふうん。街の暮らしは楽しいか?」

「とても楽しいですよ。あっ、よろしければ今度街をご案内しましょうか?流行りの隠れスポットとかご紹介しますよ」

「いや、結構」


 いやーん。つれないシオン様。


「ところでいつシミ抜きが終わるんだ?」

「申し訳ありません、なかなか頑固なシミで」

「少し部屋を空けるからゆっくり作業を続けてくれ」

「どちらに行かれるのですか?」

「なんだか訳もなく体が火照ってきたからこの火照りを抑えるために風に当たってくる」

「ええっ。そ、それは何かお手伝いしたほうが」

「いや、マチルダにそんなことはさせられないからな」


 しれっと言うとシオン様は部屋を出る。そんなことを言われてわたしの脳裏ではあれやこれやいろんな妄想が爆発しそうな勢いで駆け巡った。

 



 ****



「で?」

「で?ってなに?」

「続きは?」

「ないわよ。シオン様はそれっきり帰ってこなかったのよ。大騒ぎだったでしょー。シオン様がいなくなったって」


 サウスローズはいつもながら繁盛していた。すでに酒場へとシフトしており、勿論わたしたちが飲んでいるのもお酒で、わたしもキキも口当たりのいいお酒を急ピッチで空にしてほろ酔い気分だ。


「いや、全然知らないわよそんなこと。エミリア派にはそんな話伝わってなくて通常業務だったわよ」

「ふーん。いつもながら変わった母子」

「で、どこ行っちゃったのシオン様は?」

「チルリットちゃんとどっか出掛けちゃってたの。夕方になって帰ってきた」

「あー、でもそんなに可愛い子だったなんて予想外だった」


 ちょっとショックを受けたかのようにうなだれるキキ。

   

「わたしも最初はそう思ったけどブスだったほうがショックじゃん?シオン様がブス専だったら幻滅。シオン同盟も解散だわ」

「そりゃそうよね。シオン様なんだからその辺の女程度の女で満足してほしくないわ!」

「まーでもねー。チルリットちゃんも考えたら可哀そうよね」

「なにが?」

「だあってあんな外見してたら普通になんて暮らしていけないもん」


 わたしのつぶやきにチルリットの顔を見ていないキキが分かったような分からないような表情で曖昧に頷く。

 恋する乙女であるわたしたちだって本当はちゃんと分かっている。いつか夢から覚めて適当な人と結婚して普通に暮らしていくんだろうなって。でも彼女はたぶんそういう普通の暮らしが出来ないんだろうなと簡単に予想できてしまうから。


「あ、そーだ。今日ものすごいお宝ゲットしたのよー」

「なに?」


 わたしは大事にポケットからハンカチに包んだ例のものを恭しく取り出し、テーブルに置く。


「なにこれ?」

「まあまあまあまあ。鼻息吹きかけないでよー。飛んじゃう」

「なによこの縮れ毛」

 

 グラス片手に馬鹿にしたように鼻を鳴らすキキ。だから鼻息吹きかけんなっつーの。

 そしてはっと気付いてその毛を凝視する。


「こ、これはまさか……」

「そう、今日シオン様の部屋で手に入れたお宝」

「ちょっと、よく見せて!」

「触っちゃ駄目だからね!」

「分かったから」


 そうっと近づいて毛を凝視する。


「この色は…本物?」

「当たり前でしょー。部屋に落ちてたのよー」

「でもシオン様ってもう生えてンのかしら?」


 えっ?

 そういえば…どうなのかしら?


「いや、生えてるでしょう?シオン様よ?」

「そりゃあシオン様だけど…」


 微妙な空気が流れる。

 と。


「ねえ、きみたち良かったら一緒に飲まない?」

「こっちも二人だしさー。詰めて詰めてー」


 いきなり若い男たちがわたしたちのテーブルに乱入してきた。


「さっきから可愛いコいるなーって見てたんだけど」

「二人ともレベル高いよねー。普段何してる人?」


 年のころは十七、八の若い男。それなりにオシャレでそれなりにカッコいい。

 でもねー。

 全っ然駄目だわ。萌え要素が皆無だもん。


 わたしとキキは無言で頷き合いテーブルの上の宝物を大事に包みなおしポケットにしまう。


「それじゃ、お先に失礼しまーす」


 にっこり笑って立ち上がる。



 とりあえず明日もお仕事。


 シオン同盟13回会合は終了。次回開催日未定。

 現在会員数2名。随時会員募集中。





 





 

 




なんかすいません、勢いで書きました…

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― 新着の感想 ―
[一言] ……アレ?(笑) マチルダさんこんな人だったのか(笑)
[一言] 本編の方を、いつも楽しく読ませて貰ってます。 玉の輿だとか、いつか夢から覚めてだとか、そんな事を考えるのは 自由だと思うけれど、行動が使用人の領分を超えてる時点で、厳重 注意だと思います。…
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