何もない
付き合い始めて三年半、そして同棲生活を始めてから一年半が経過しようとしていた。こんな私達の関係をもはや『恋人』と呼ぶにはいささか疑問が生じる。
確かに私にとって彼は彼氏で間違いないのだが、もっとこう、何か自分の大切な一部として私の中で根付いてしまっている。それは恋人や夫婦とはまた違ったカテゴリー。この進みそうで進まない関係はどう表せば良いものだろうか。
「ねぇ、いつ結婚するの?」
私が彼と同棲している事を明かすと必ず繰り返される質問。知らないよ。逆にこっちが知りたいくらいだわ。私はいつも曖昧に笑って誤魔化す。そう、私達の間には将来に関する約束が何もない。何もないのだ。
ではどうして同棲までに至ったのかと言うと、実は彼に縋りたかったのが正直な気持ちだった。とにかく地元を離れたかったし、二人で住めば家賃も食費も折半。それに彼は大手の企業に内定を貰った御身分。元々地元で一人暮らしをしていた私にとっては、好都合な話だった。就職先も、地元より多いだろう。ほとんど、そんな軽い気持ちで彼についてきた。
「一緒に暮らすけど、必ず結婚する訳じゃない。それだけは理解してくれ」
同棲と結婚は別。そうなのね、わかったわよ。それでも最初は一緒に暮らしていれば、その内彼の気持ちも変わってくるだろうと思っていた。
しかし、それも一年経つと不満へと変わる。今の所何もない。本当に何もないのだ。何もなさすぎて、逆に不安になる。友達が近々結婚するそうだ。私達は、私はこのまま彼と一緒にいてもいのだろうか。どうしても迷いが生じてくる。
最近テレビや雑誌で『結婚』の二文字を見ると、何だか切なくなるのはどうしてだろう。相手がいなくて結婚できないのは分かるが、相手がいるのに結婚話しにまで至らない自分は何なのだろうか。相手がいない人達より分が悪いのではないか。この進まない関係に宛もない不安と物悲しさが襲う。
結婚したからと言って、必ず幸せになれる訳じゃない。それは分かる。実際に相手と結婚しなくても幸せに暮らしている人は大勢いる。でも、自分が女性に生まれたからには、一度は好きな人と結婚してみたいし、子供も育てたい。家族を築いていきたい。それは、大切な人がいるからこそ、思う願望ではないのだろうか。
しかし、彼は違うようだった。結婚はデメリットでしかないと言うし、子供も金がかかるからいらないと言う。何それ。よく私にそんな事言えるわね。悲しかった。私の未来を否定されたようで涙を流した。
確かに、男からすれば結婚なんてデメリットの塊でしかないかもしれない。自分の給料は二人の財産になる訳だし、保険や税金だって男が肩を持つ事になる。嫌がるのも分からない訳でもない。しかしそんなデメリットを背負ってでも、この人と一緒にいたい、今後の人生を歩んでいきたいと思うからこそ、男女は結婚するのではないだろうか。都合の良い解釈かもしれないが、少なくとも女性の私はそう思っている。
出来ちゃった結婚は、したくない。私の両親がそうだったし、何より冷めた家庭を味わってきたので余計に嫌悪を抱いていた。相手との子供が出来てしまったから、仕方なく入籍する。そして同情されたかのようにこの世で生を受ける。子供は親を選べない。その選べない親で、切れない縁で私がどのように苦しんできたのか、恐らく誰にも分からないだろう。
私の父と母は仲が悪い。いや、悪いところか無関心だった。家を離れてみてようやく気が付いたのだが、私は両親が二人でいる所を一度も見た記憶がない。少なくとも、物心がついた頃には互いに踏み入れてはならない壁のような物が存在していた。私を交えての、間接的夫婦。喧嘩もしないほど互いに無関心。この家は一種の共有空間でしかないのか。
父は『働く』と言う義務を果たしてくれていたし、母は『家事』と言う義務をきちんと果たしてくれていた。母はテキパキと何でもこなす、しっかりした人物だった。一方で父は食事と風呂以外自室の部屋に閉じこもる、変わった人だった。ねえ、何で結婚したの? 私が出来ちゃったからなの? 一度母にそう問いただしてみたかったが、恐ろしくて出来そうにもない。
そんなある日、父が母を絞め殺そうとした。私が中学三年生の時だ。きっかけは本当に些細な事だった。その些細な事の積み重ねで事が大きくなり、二人は喧嘩した。私のせいだった。私は泣いた。ただ、その場で泣くことしか出来なかった。うさぎのように真っ赤に染まったあの瞳は、今でも鏡越しに思い出す事が出来る。父が許せなかった。その原因を作ってしまったのは紛れもない私自身だったが、何故あんな事までしでかしたのか訳が分からなかった。
その日を堺に私は父を避けるようになった。食事は無言で行われ、テレビの音がやけに響いてうるさい。なるべく父と顔合わせしないように部屋にいる事が多くなった。その内、父と同じ空間にいるだけでも嫌になってきた。父の気配を感じるだけで気分が悪い、吐き気がする。
そして遂に別居する事になった。私が高校二年生の時だ。父親からは開放されたものの、今度は母親が鬱陶しくなっていた。私は知っていた。母が陰で「○○なんか生まなきゃよかった、失敗だった」と電話でぼやいていたのを、知っていた。それでも、私の母はこの人だった。今まで一番お世話になった人物。この縁だけは切ってはならない。わかっている。しかしここに私の居場所はない。
いつからか母親ともあまり話さなくなった。元々お喋りな方ではなかったが、引っ越してからはそれが更に悪化した。学校もさぼるようになり、私は部屋に引きこもった。三日ほど誰とも喋らないでいたら、自分の声に違和感を覚えた。
このままでは人として腐ってしまう。何とか両足で踏ん張り、高校だけは卒業出来た。別に学校で虐められていたとか、そんなんじゃない。何となく、自分の生活に意味を見い出せなかっただけ。親に反抗したかっただけ。今思い返しても、ろくな事をしていなかったと気付く。私の世界はとても小さな物だったのだ。
高校を卒業してすぐに、一人暮らしをする羽目になった。私の代わりに、軽い精神病を患った祖母を家で預かる事になったのだ。どうしようもないお荷物を、母はまた持ち込む。きっとそれは義務だから。私は母親から愛情よりも義務を強く感じ取っていた。
親元を離れてみて、初めて気がつく事もある。恐らく私と母は、今まで距離が近すぎたのだ。離れて正解だったとつくづく思う。私は我儘なのだろうか。今は好き勝手に人生を楽しんでいる。就職もした。大切な人も出来た。それ以上何を望もうと言うのか。分からない。この不安が解消される日がいつか来るだろうか。
今までの生い立ちが有り、今の私がここにいる。私よりも深い悲しみを背負った人はいくらでもいるだろう。でも、私には分からないし、あなたにも分からない。それは他人だから。大切な人も、また他人。彼の考えは私には分からない。もうこのままでいいと思っているかもしれないし、そうではないかもしれない。この先同じ未来が待ち受けているのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
どうせ私には、振り返ったって何もないのだ。どちらにせよ、後二年。ピリオドはいつかつけなければと思っている。




