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初めての宿。

決行は今日しかない……。全てのものが寝静まりかえった深夜。手持ちの中で一番簡素なドレスを着て、昼間に纏め上げた荷物をしっかりと抱え込んだ。

蝋燭の明かりをそっと消すと、足音を立てないようにゆっくりと部屋から出て行く。

そのまま目的の中庭まで進むと、噴水の影にカルアとリリムが先に待っていた。


「ご、ごめんなさい。遅くなってしまって」

「いえ。わたしたち、早すぎた……のです」

「それより、急いでるんですよね。行かなくてもいいんですか?見つかっても知りませんよ」

「そ、そうね!急ぎましょう!」


カルアに言われて焦った。早く屋敷から外に出ないと、結婚秒読み段階で家出なんて、見つかると結婚まで幽閉されそうな気がする。

急いで中庭から、裏門へと続いている小道を小走りに走っていく。ドレスの裾が邪魔で、手で押さえながら進む。

チラッとカルアとリリムを見ると、二人とも苦もなく歩いている。

いや、確かにカルアは一応の護衛騎士だし、リリムにいたっては機能性のいいメイド服だけど……なんだか理不尽。


「そういえば、どこに行くんですか?」

「ええっと……一応、この服を質屋で売ってから、市民が着る服でも買おうかなって思ってるんだけど……ほら、服装で貴族ってばれちゃうじゃない?」

「まあ、そうですけど……シャルさまにしては、ずいぶんと現実主義ですよね」

「シャルさま。さすが……です」


珍しく感心しているらしいリリムとさりげに失礼なカルアを横目に裏門を抜けると、閑静な住宅街らしく民家が立ち並ぶ通りに抜ける。

時間が時間だけに、どこの家も明かりは点いてない。

月明かりだけが、辺りを照らしているのを見ていると、なんだか誰も居ない町に迷い込んだような気分になる。

カルアが人差し指をそっと立てて、黙ってと指で指図する。


「シャルさま、なるべく静かに。ここの通りに住んでいる人は、アンデルセ家の使用人が多いんです。見つかったりすると、やっかいなことになりますよ」

「そ、そうなの?だったら早く抜けましょう」


たまに風で木々が揺れて、葉っぱが音をたてる。どこか寂しさを含んだ道を、ひたすら突き進んで行くと大通りに抜けた。

大通りはよく馬車で通る道だったからよく覚えている。その記憶を頼りに、宿屋を目指すことにした。

さすがに大通りになると、こんな真夜中でも人通りが、少しだけあった。でも、通る人たちの大半は酔っ払いらしくて私たちのことには全然気づいてない。


「それとシャルさま、その髪色だと目立ちすぎますよ」

「え、そう?青銀色ってそんなに珍しいの?」

「銀色くらいなら極まれに居ますが、青みがかった銀はシャルさま以外に見たことがないです。おそらく、ほとんどの人がシャルさまの瞳を気にしてしまうから、今まで気づかなかっただけかと」


言われてみて、ふと気づいた。見てくる人たちってほとんどが、最初に髪を見て、その後に私の瞳を凝視していた。

そういえば昔に、紫の瞳に金色が混じってまるで夜空に浮かぶ星のようだと言われたことを思い出した。

あれは誰だったっけ……、そういえば出会った頃のカルアだ。今とは全然違って素直ないい子だったのに……どこでこんなに捻くれたんだろう。


「シャルさま?聞いてますか?もしかして失礼なこと考えてます?」

「え、あ……あはは、そんなことないわよ」


誤魔化すように笑っていると、カルアはじっと見つめてきた。

視線に耐えるように誤魔化し笑顔を保っていると、1分もしないうちにカルアが少し呆れたように小さくため息をついく。


「別にもういいですけど……それより、その髪の毛だと絶対にばれます。とりあえず、リリムのケープでも被っていてください」

「シャルさま。どうぞ」

「あ、ありがとう。リリム。ちょっと待ってね」


髪をしっかりと纏め上げると、リリムの持っている使用人達が出かけるときによく使うケープを受け取る。

それを頭の上からなるべく目深になるように被った。これで髪の色はわからないはず。



 なんとか宿屋に辿り着くと、軽く深呼吸をしてドアを開けた。出入り口の一番前にカウンターらしくものがあった。

そこには誰も居なかったが、入ったときのドアに付いていた呼び鈴に反応して、中から4.50歳くらいの恰幅の良いおじさんが出てきた。


「いらっしゃい。お泊りのお客さんかい?」


さすがにこんな夜更けに来るのは怪しいと思ったのか、お店のおじさんは最初に一瞬だけ訝しげな顔を見せたけど、すぐにそんな表情は消えた。


「え、ええ。私たち、この子を頼ってシャンセル村から出てきたんだけど、この子ったらそこの大きなお屋敷で住み込みで仕事をしていたみたいなの。ほら、お屋敷って使用人じゃないと泊まれないでしょ?住み込みで雇ってもらえるか頼もうかと思ったんだけど、もう時間が時間だし明日にしようかと思ったの」

「はあ、そりゃあまあ、大変だったねぇ~。いいよ、今日は客もあまり居ねえ。部屋を貸してやるよ。で、そこのお嬢ちゃんは屋敷に戻るのかい?」

「私は、心配ですので一緒に泊まらせていただきます」

「そうかいそうかい。律儀だねぇ~。じゃあ、そこのお兄ちゃんは誰と同じ部屋にしたらいいんだい?」


宿屋のおじさんの顔が少し楽しそうに歪んでいる。

何が楽しいのかわからなかったけど、それを見たカルアの視線が氷のように冷たかったから、たぶんろくでもない事なのは確かかもしれない。


「三人とも同じ部屋でお願いします。それと、僕たちこれでも兄妹ですから」

「おやおや、これは失礼。じゃあ、三人一部屋ってことで、1フェルでいいよ」


私がお金を出そうともぞもぞしている間に、カルアがお金を出していた。

これには少し申し訳なく思ったけど、後で返せば良いかなって思ってとりあえずその場は何言わなかった。


「はいよ、確かに受け取った。これが鍵で、二階の一番奥の部屋だよ」

「ありがとうございます」


カルアが宿屋の主人から鍵を受け取ると、カウンター横の階段から二階へと上がっていった。奥の突き当たりの部屋に入ってみると、部屋の真ん中あたりにベッドが二つ並んでいて、そのベッドの間にテーブルが挟んでいるような配置になっている。


「ベッドが二つだけ……?」

「家族用の部屋ですね。そのサイズのベッドは、市民の間ではダブルベッドって言われているんですよ。主に二人で寝るのに使用します。ちなみにシャルさまの使っていたベッドは、貴族用としてのベッドなのでキングサイズとして特別に大きいサイズになっていますね」

「そ、そうなの?……ってことは、このベッドで二人で寝ないといけないって事?」

「僕は出入り口で待機してますから、気にしないでください」


出入り口って……こんな狭いところでそれはないわと本気で思った。そもそも、一般人の振りしてる意味が完全になくなってるし。


「だめよ。こんな狭いところで……それにそんなの体に悪いわ。これから長くなるかもしれない旅なのに……絶対にダメだめよ」

「……はぁ、わかりました。隣のベッドに居ますから、リリムを間に挟むような形でお願いします」


カルアは諦めたように隣のベッドに腰掛けると、ため息をついた。なんでそこでため息?ってちょっと突っ込みたくなったけど、カルアのことだから嫌味が帰ってきそうと思って諦めた。



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