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村の有力者が戦争への参加を決めた理由

掲載日:2026/05/16

 オーヘン様は村一番の大農家で、村人達からとても尊敬をされています。十数年前から我が国は戦争状態にあるのですが、この村からは誰も兵隊に取られてはいません。それは他ならぬオーヘン様のお陰なのです。表向きの理由は、食糧生産で村が戦争に貢献しているからという事になってはいますが、実際は違っていて、オーヘン様が軍の上層部の人間達と懇意にしていて、少なくない額の賄賂を贈り続けているからなのでした。

 つまり、オーヘン様の強い人脈と財力のお陰で、我々は戦禍から逃れられているのでございます。尊敬されるのも道理なのです。もちろん、他の地域に住む者達からは妬まれていますが、その程度で戦争に行かなくて良いのであれば、誰しも甘んじて受け入れます。

 私はもう随分前から、オーヘン様のお屋敷で働かせてもらっていますが、とても穏やかな人格者で、恵まれた職場と言えます。オーヘン様は子供好きで有名でもありまして、お屋敷内で自由に子供達を遊ばせているものですから、毎日賑やかでございます。

 ところがです。そんなある日に事件が起こったのです。

 オーヘン様は村人達を集めると、深く頭を垂れて謝罪をし、「この村の者を、兵隊に出さなくてはいけなくなった」とそう仰られるのであります。

 どうも今までお目こぼしをしてもらっていた事がお偉い方々の間で問題になり、徴兵が避けられなくなってしまったそうなのでございます。致し方ない話です。村人達は誰も文句を言いはしませんでした。そもそもが今までが恵まれ過ぎていただけの話なのです。そしてそれは全てオーヘン様の尽力のお陰。誰が文句を言えましょう。

 「――ただ、」

 と、それからオーヘン様は続けました。

 「なんとか年配の者達は許してもらえた。若者達には申し訳ないが、村は年長者達に任せ、戦場ではただただ生き残ることだけに専念して欲しい」

 恥ずかしながら、それを聞いた時、私はホッと胸をなでおろしました。私は若いとはとても言えない歳ですから、戦争に行かなくて済みそうです。私以外の他の年配の者もそれは同様で口にこそ出しはしませんでしたが、安心しているのが見て取れました。

 反対に若者達は大いに落胆していて、少なくとも私は多少の罪の意識を覚えていました。もっとも、私どもが悪い訳ではないのですが。

 そして、戦争には行かない若い娘達も同様にとても落ち込んでいたのです。もちろんそれは自分の恋人が戦争に行かなくてはいけないからであります。

 

 若者達が戦地へ赴いてしばらくが経ったある日、メアリ・アーナーという若い娘とその母親がオーヘン様のお屋敷で一緒に住む事になりました。彼女の恋人を含む村の若者達が激戦区に送られた事を知り、彼女はショックのあまり体調を崩してしまっていたので、心配したオーヘン様が招いたのでございます。

 オーヘン様は子供の時分からメアリを可愛がっており、彼女も大変に懐いておりましたから、心配為されたのだと思います。

 オーヘン様は彼女をとても大切に優しく扱っていました。きっと我が子のように思っているのでしょう。彼女には父親がいませんでしたから、幼い頃はオーヘン様を父親のように思っていたのでしょうが、一緒に暮らす内にその心に変化があるのが次第に見て取れるようになっていきました。

 恋人の死はほぼ確実で、斯様に丁寧に扱われたなら、そのような恋慕を彼女がオーヘン様に向けるのは自然の流れだったのかもしれません。やがて、二人は肉体関係を結ぶようになっていきました。いずれは子を為すかもしれません。

 恋人を戦争で失い、辛い想いしているのですから、お二人には仕合せになってもらいたい。そう、私は思っておりました。

 ――しかしです。ある日、軍部の使いの者がやって来て、私にこのように言うのです。

 

 「兵役を逃れ続け、他の村の者達から妬まれていたとはいえ、自ら志願して我が軍が苦境に陥っている戦場に赴くとは見上げた若者達ですな」

 

 私は首を傾げました。

 村の若者達は自ら志願などしていません。オーヘン様が「兵役を逃れられなくなった」と言ったから、国の命に従い、仕方なく戦地に赴いたのです。もちろん、そんな危険な戦場になど行きたがるはずもありません。

 私はそれを聞いて全てを悟りました。

 オーヘン様はメアリを手に入れる為に、村の戦争への参加を決めたのです。彼女の恋人…… いえ、彼女と同世代の若者を戦地に送って全て殺してしまえば、オーヘン様に懐いていた彼女なら、きっと自分を選ぶと考えて。

 私はショックを受けました。オーヘン様がメアリに向ける優しい笑顔が、まったく別の意味に思えて来ます。

 ですが、私にはそれをメアリに伝える気はありませんでした。彼女がそれを知りさえしなければ、お二人は仕合せに暮らせるのでございます。ならば、どこにそれを伝える理由があるでしょう?

 

 ……それに、村に若者がいなくなったお陰で、私ももしかしたら、若い娘を娶れるかもしれないのです。実際に、私と同世代の男が若い娘と結ばれています。オーヘン様には、むしろ感謝しなければいけないでしょう。告げ口など、できるはずもありません……

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