第三章 想いと思惑 2
「おや、ユウト君じゃないかい?よかったら見ていきなよ!」
「すみません急いでるので後で!」
「おっ、英雄君じゃないか。どうだい一杯。」
「ああ、じゃあ今晩酒場に行きます!」
「あー、まどうほうのおにいちゃんだ!あそんでー!」
「ごめんね、急いでるんだ!」
街の人々の声に応える余裕がない。それくらい急ぎの用事があるんだ。
別になんてことはない。いつものように街に行ったリリィクを王が呼んでいるだけなんだが、あの人がとんでもないことを言い始めたからこんなに急ぐことになった。
「あー、ユウト、ちょうどいいところに。リリに急ぎの用事があるから呼んできてくれ。
そうだな、俺が昼寝から起きるまでに連れてこれなかったら今日の夕食は見るだけな。
じゃ、おやすみ……」
ちょうどいいところにとか言いながらどう見ても待ち伏せていたくせに、言いたいことを言うとさっさと寝に行ってしまった。
冗談で言ったのかもしれないが、たまに本気でやらせるから質が悪い。急いで連れて行くに越したことはないだろう。
だが、リリィクの行き先に心当たりがあるわけじゃない。彼女は毎日みんなと触れ合うことを日課にしているが、行き先は気まぐれで心の赴くままにあっちにいたりこっちにいたりする。
どうやらそういう部分は父親に似たんだろう。困ったものだ。まあ、大体は食べ物の所にいるわけだが……。
彼女はやたらと物を食べる。機械人形に会った時に何か理由があるというようなことは言っていたが、実際それが何なのかは知らない。
知らなくても彼女を探す一つの手掛かりにはなるから今は気にしないでおこうと思う。
そんなわけで飲食店をめぐって走り回っているんだが、如何せん範囲が広すぎる。そして数も多すぎる。
どうせ夕食の時間には必ず帰って来る、といってもそうなれば確実に王は起きているだろうから俺の夕食はただの見学会になり下がってしまうだろう。
なんにせよ一刻も早く見つけて連れて行くしかないわけだ。
「姫様?今日は来てないねぇ。」
「そうですか……」
同じような事を繰り返しながらも捜索は続く。もう何件目だろうか?全く見つけられない。もしかしたら街の反対側かもしれないな。
「ゆっくり捜すか……」
いい加減走り回るのは疲れてきた。どうせなら見つけられなかった時用に食料を調達しつつ歩いて探すのもいいかな。
そう思って歩き始めてすぐのことだった。いや、もしかしたらずっとそうだったのかもしれない。
歩き出してゆっくり周りを見渡したことで気付けたんだろう。薄暗い路地裏からこちらをじっと窺っている人影を見つけた。
「冗談だろ……」
その人影には見覚えがあった。だが、こんなところまで来るとは正直想像してなかったから驚いた。
そいつは興味を持って近づいて来た犬や猫を長いマフラーから延びる蛇腹剣で地面を鳴らして威嚇していた。
「こんなところで何してるんだ……」
「お……う、ユウトに……会いに……来たのだ……」
ソリドだった。
「あれから……少し……人との話し方を……思い出したのだ……。ユウトに会って……それからなのだ……。」
初めて会った時よりは幾分か聞き取りやすい話し方で、一言一言確かめるように言葉を紡ぎ出す。
「君に……会えば……会って話を……すれば……また何か思い出せる……気がした……。だから……エーテルの……臭いを……断つことも……今は我慢……している……」
「それはいい心がけだが、前回その意思は揺らぐことがないとか言ってなかったか?」
「おう……人の考えというものは……たとえば水の流れのように……
流れ、移ろい行くものなのだ……よ……」
どんな反応を見せるかと思ってからかってみたが、返ってきたのはなぜか自信満々の表情と声だった。
「また少し、話し方を……思い出したのだ……よ……。しかし……記憶は戻らない……。
あの橋を越えることも……前回の例外を除いて……できないのだよ……。
そして、心の奥底に刻まれた使命を……完全に抑えつけることも……
まだできない……のだよ……。」
気付けば蛇腹剣がカツカツと地面を突いている。その音が強くなると共に彼女の放つ威圧感が強くなってくるのを感じた。
そう簡単に抑え込め続けられるものではないようだ。揺らぐことのない意思、それは俺には想像できないくらい強いものなんだろうな。
「くぅっ……これ以上は……無理……っ!」
不意に踵を返して走り出した。
「ソリドッ!」
後を追って走り出したが、手が届く寸前に彼女は地面を強く蹴って屋根の上に飛び乗ると、そのまま家々の上を駆けて行ってしまう。
「待ってくれ!」
追いつけるとは思っていなかったが、出来る限り追いかけようと思った。
が、それがいけなかった。
「きゃっ!」
「んごっ!」
路地裏から表通りへ飛び出した瞬間、女の子の声と俺の潰れたような声が辺りに響いた。そして、何かとてつもなく硬い物にぶつかって俺は地面に崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと!しっかりしてくださいませ!」
綺麗な桃色の髪をした女の子。その子の呼びかけもむなしく俺の意識は遠のいていくのだった……