第三章 想いと思惑
機を見て動く
今はまだ一時の休息を
願わくば永遠の平穏を……
第三章 想いと思惑
「お疲れ様です。今日はここまでにしましょう。」
「おう、そうだな。」
リリィクとワイズマン隊長の言葉で今日の訓練が終わりを告げる。
「あ、ありがとうございました……」
ふぅ、とため息をつけば力が抜けて芝生に仰向けに倒れる。今日の訓練ははっきりいって異常だ。いや、単にきつかっただけなんだけど……
「ははっ、どうした少年?ソリ・アリから俺達を救ってくれた英雄が情けないぞ。」
と言いながらも汗をぬぐいながら隊長が俺の横にどさっと腰を下ろす。
「いや、今日のはさすがにきつかったですよ!」
今日の訓練は実戦形式だった。ただその内容が、防御魔法が得意で何故か剣術に長けるリリィクと戦いつつ、
護衛隊隊長を務めるワイズマンさんのなんかもう想像を絶するほどの強力な魔法を避けたり防いだりするというものだったのが唯一の問題だったと思う。
リリィクは幼い頃から剣の国の女王に剣術の手ほどきを受けていたそうだ。無駄のない、流れるような動きで迫ってくる細剣は、
迷いなく命を奪いそうで恐ろしかった。なんとか避けて反撃しても、俺の放った魔法は彼女の障壁にいともたやすく阻まれてしまった。
そこに隊長の放った魔法が飛んでくる。障壁で防いだはずなのにのけぞるほどの威力だ。体勢を立て直したところにリリィクの攻撃。
これも障壁で防ごうとしたが、一瞬にしてかき消えてしまう。正直この二人は俺を殺そうとしているんじゃないかと思った。
王に聞いたところによると、リリィクは一度見た魔法を強制的に停止させる能力を持っているらしい。なんとも恐ろしい力だ。
ただ、一度見るという条件は絶対らしく、初対面の相手の魔法は止められないそうだ。つまりリリィクと魔法で戦う場合には一撃で倒すしかないというわけだ。
そうなると強力な防御魔法が邪魔になる。今の俺は二人の熱烈なる指導のもと手を抜いたリリィクの障壁を辛うじて弾き飛ばすくらいの魔法は放てるようになったが、
全力で来る彼女に勝つには魔道砲でも撃たない限り無理だろう。もちろん撃ったら間違いなくリリィクが無事では済まなくなるから撃たない。
まあ、撃てないんだけど……
ただ、彼女は攻撃魔法を使えないそうだ。詳しくは教えてもらえなかったが、何かしらの制約があるらしい。それを補うための剣術なのだろう。
「しかし、少年は強くなったな。姫様と二人がかりで挑んだのに耐えきられてしまうとは、全くの予想外だぞ。」
「耐え切れなかったら死にそうだったんで頑張りました……」
「そうですね。少し本気になってしまいましたから、もしかしたら……」
「怖いことを言うな!」
はっきりいって君の剣が一番怖かったです。まったく、その細い腕のどこにあれだけの威圧感を出せる力があるんだか……
「はははっ、無事でよかったな少年!」
笑い事じゃない……
「本当に強くなりましたね、霧原。魔法を一つ使えるようになる度に恥ずかしがっていたのが嘘のようです。」
恥ずかしがっていたのにはちゃんと理由がある。この世界の魔法は俺がゲームとかで知っている魔法とは若干違ったからだ。
まず、自分で使った状態をイメージできないといけない。魔法を放つために必要なエーテルとやらが使用者の描いたイメージを投影して初めて呼応してくれるらしい。
イメージするだけならば簡単なんだが、それが曖昧だとエーテルは寄ってくるだけで形を成さない。
そこで登場するのが呪文や魔法の名前だ。ここが一番のハードルだった。俺が知っている物語たちの中に出てくる魔法には決まった名前があり決まった呪文もあった。
この世界の魔法には決まったそれらがなかった。リリィクの持っている魔道書や書庫にある様々な魔法関係の本に名前や呪文が載っていないわけじゃないが、
それらはあくまでこんな魔法がありましたよという例であって、それを唱えれば魔法が発動するわけじゃない。
昔の人たちはイメージを固めるための手段を探り、最良だと結論付けたのがこれらだったんだろう。実際やってみてそれは確かなんだろうと理解はできるが、
如何せん自分で考えた呪文や名前を披露するのはこの上なく恥ずかしかった……
「もう三ヶ月になるのですね。来月はもう魔法大会……。優勝、出来るといいですね。」
「この成長の速さです。少年ならやってくれますよ。な?」
「が、頑張ります!」
どうやら俺の成長は一般の人に比べて格段に速いそうだ。エーテルとの相性が良いかららしい。確かに恥を捨て去ったころからポンポンと魔法を使える様にはなったが、いまいち実感はない。
それに、ポンポンといってもそれはレベル的には初心者が使うような威力の魔法であって、少し応用を利かせようとするとまだ自由に出せるとは言い難い。
なんにせよまだまだ訓練が必要ということだ。
「ん、だいぶ日が傾いてきたな。」
「そろそろ夕食の時間ですね。」
「ああ、行こうか」
今日の夕食は少し豪華だった。王は俺が二人を相手にして生き残った記念だと言っていた。ホント生きててよかったよ。
ただ、次の日の疲労は凄まじく、一日訓練を休むことになった……