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第二章  機械人形と守護龍と……  4

 神殿から出て橋へと向かう。そこではすでに護衛の兵士たちが出発の準備を終えて待っていた。


「お待たせいたしました。では、城へ戻りましょう。」


 リリィクの言葉に従って兵士たちが来たときと同じ陣形をとる。リリィクと俺を守るための陣形だ。


 行くときに考えていたことを思い出す。俺はどれだけ人々の期待に応えられるのだろう?だが、ふと今の俺には応えられないなと思った。たった一回魔道砲が撃てただけの俺に何かできるはずもない。魔法についても詳しく知らない。この世界のことなんて人から聞いただけだ。何もかもが足りない。もっと色々な事を知らないとな。


「リリィク、帰ったら魔法のことを詳しく教えてくれ。」


「……霧原、表情が少し変わりましたね。何か決心されたのですか?」


「まあ、そんなところだ。」


「ふふ、良い事です。では、魔法大会で優勝できるくらい厳しく教えていきますね。」


「お、お手柔らかにな……」


 まずは魔法についてよく知ろう。魔法大会でいい結果が残せれば、それだけ人々の期待に応える第一歩になるはずだ。優勝じゃなくてもいいとは思うんだが、それだけ彼女が期待してくれているということだろう。先に彼女の期待に応えるのも悪くはない。むしろ悪くないというよりもそうしたい。


 そんなことを考えながらも一向は帰路を進む。ふと横を見れば水面がかすかに見える。守護龍の神殿は小島にあるわけだが、ここは川なのか海なのか気になった。だが、どんなに見回しても山らしきものは見えない。ふと機械人形に見せられた地図を思い出してみたが、この辺りに山はなかったはずだ。つまりここは海ということでいいんだろう。


「リリィク、ここって海なのか?」


「はい、そうですよ。……何か気になる所がありましたか?」


「いや、聞きたかっただけだ。」


「はあ、そうですか……」


 暇だからどうでもいいことを考えていたなんて言えない。しばらくは黙って進もう……


 しかし、ものすごく長い橋だ。行きの時と同じくらい考え事に没頭できればいいんだが、残念ながらそれは出来ない。帰ってからやることも決めたし、どうでもいい事だってすぐに思い浮かぶわけじゃない。思い浮かんでもどうでもいいから長く考え込むこともない。何故人というのはどうでもいい事にすら考えを及ぼそうとするのか?そもそも人の思考というものはどういう仕組みで動いているのか?お、いい感じだ。このまま似非哲学的なものにでも浸ってしまおう。そもそも人というものが……


「……霧原、退屈なのですか?」


「え?うん、まあ……」


 恥ずかしかった。すごく恥ずかしかった。気付かれないと思っていたが顔に出ていたらしい。周りの兵士たちも苦笑いしている。退屈そうな顔がどういうものだったか教えて欲しいくらい気になった。


「あまりお勧めしたくはないのですが、この魔道書でも読んで見ますか?」


 リリィクがあの魔道書を差し出してくる。いつも持っているのだろうか?


「ああ、じゃあそうしようかな。」


「はい、熱中しすぎてこけたりしないでくださいね。」


 魔道書を受け取るとほんのりと暖かい。よくよく考えてみれば彼女はローブの内側からこれを取り出した。そしていつも持っているということはこの温もりは……


「ありがとう気をつける。」


 アホな事を考えるものじゃない。受け取った魔法書の温もりに浸る事はしばらく忘れて中身を見てみよう。


「ふむ……」


 予想通りというかなんと言うか、見た事のある文字で書かれている。機械人形の所で名前を入力したときにリリィクが読めていたから予想はしていたが、この国で使われる言語や文字は俺のいた世界のものと同じ物のようだ。目次を一通り見てその流れで初級魔法のページを開こうとしてふと思い出す。あの時リリィクが見せたページはどこだったのだろう?あの時は確か文字が浮かび上がって見えていた。だがリリィクは、「見えますか?」と言っていた。つまり見えない事もあると言う事だ。そこから行き着く答えは白紙のページ。


 ひたすらにページをめくった。そこを見ればまた魔道砲を撃てる気がした。今すぐ撃つつもりはないが、もしもの時に何か出来るかもしれないと思った。


「……あった……」


 裏側のページに魔方陣のような物が描かれた白紙のページ。眺めているとうっすらと文字が浮かんでくる。あの時と同じ物だ。


「霧原っ!」


 ふいに、リリィクの叫び声が魔道書に熱中していた俺の意識を引き戻した。その瞬間前方で多数の赤い飛沫が上がった。


「ソリ・アリです!橋まで逃げましょう!!」


 いつの間にか橋を越えてしばらく進んだ場所まで来ていた。リリィクに手を引かれながら後方に向かって走る。兵士たちはその後を追う様に後退しているものの、あっという間にその数を減らしていた。


「姫様、お急ぎください!我々は既に半数近くが首を刎ねられました。全滅する前になんとしても姫様とユウト様は橋まで!!」




 人が死ぬ。こんなにも多くの人がいとも簡単に死んでいく。


 

 リリィクと俺を守るためだけに!

 


 そうまでして守られるだけの価値が俺にあるのか?



 いや、そうじゃない……




「ちくしょうっ!!」


 俺はそう叫んで走った。俺に価値があるかとかそういうことじゃないんだ。この人達は守る事が任務なんだ。だから俺は生きなければいけない!確かに守る価値があったと言われるように!魔法をしっかり覚えよう。魔道砲も確実に撃てるようになろう。何も出来ない今の俺を悔しがる前に!!






「は、橋の上に来れば、襲って来ない、ということを、信じるしかないですね……」


 こんなに走ったのはおそらく人生で初めてだろう。リリィクと半分以下になった護衛を見てソリ・アリに対して言いようのない恐怖が湧き上がって来た。


 倒れた兵士たちはみな一撃で首を刎ねられていた。城への帰路は真っ赤に染まり、いくつもの死体が転がっている。


「ワイズマン隊長、報告をお願いします……」


「姫様、ご覧の通り護衛の半分以上の兵士が持っていかれました。我々ではアレに対抗する事は難しいようです。申し訳ありません……」


 護衛隊のワイズマン隊長は悔しそうに下唇をかみ締めていた。どうやらここまで圧倒的だとは誰も予測できなかったようだ。


「き、来た……!」


 一人の兵士が声を上げ近付いてくる人影を指差した。それに誘われるように皆の視線がその人影に集まる。


「あれがソリ・アリ……」


 鼻と口を覆い隠すようにつけられたマフラーが長く尾を引いているのだけが異様に目に付いた。何故ならそれが真っ赤に染まっていたから。


「赤いマフラー……いや、あれは……」


 あれは布じゃない。マフラーの一部じゃない。いくつもの刃が連なって鞭の様になった、いわゆる蛇腹剣というものだろう。それが2本、マフラーに繋がりまるで生きているかのように蠢いている。


 ソリ・アリはそれ以上近付いて来なかったが、何処かに逃げるという事もなかった。


「う、うわああああああああ!」


「バカヤロウ、戻れ!!」


「仲間が死んだんだ!じっとしてられるか!!」


 兵士が一人、制止する仲間の声も聞かずに叫びながら突撃して行った。だが、橋から足が出た瞬間、その足を切り裂かれバランスを崩し前方へ倒れ込んだ。いや、倒れ込む前に全身を斬り裂かれ地面に落ちた。


「エーテル……ノ……臭イダ……ストラー……ノ……臭イ……」


 ソリ・アリがそう言ったのをそこに居る誰もが聞いていた。


 この世界で魔法を使うということは少なからずエーテルと反応するということだと守護龍が言っていたのを思い出した。そして、ストラーという名前も聞いた事がある。


「何故……ですか?何故こんなにも簡単に人の命を奪えるのですか!」


 リリィクが叫んでソリ・アリを睨み付ける。


「強イ……エーテルノ臭イ!」


 声に誘われてリリィクを見たソリ・アリは目を見開くと護衛の兵士たちの間を流れる水の様にぬらりとすり抜けリリィクの前に立った。


「橋の上に来るのか!?」


 ワイズマン隊長の驚きの声に答える者はなく、ソリ・アリとリリィクは睨み合っている。


「何故、人を殺すのですか?」


「エーテルノ……臭イヲ断ツノダ……君ハ……トテモ強イ……エーテルノ臭イ……危険ダ……橋ニ……踏ミ入ッテデモ……断ツ必要ガアル……」


 ソリ・アリの刃が動く!


「や、やめろぉぉぉっ!!」


 リリィクが危ない!俺に出来るのは叫ぶことだけなのか!?いや、魔道砲がある!


 白紙のページを開き、浮かび上がる文字を見る。右手をソリ・アリに向けて読み上げる!


「地を穿ち、天を焦がせ。我が手に宿りしは炎の息吹。紡ぎ出すは火炎の砲弾。」


「ム……違ウ臭イ!」


 俺の声に気付いたのかそれとも別の理由なのかは分からない。ソリ・アリはこちらに向かって突撃してきた。


「焼き貫け、紅蓮の魔道砲!!」






 ……冷たい手が頬に触れる。ソリ・アリの手だ……






「私ノ……死臭ガスル……」


 魔道砲は出なかった。


「ちくしょう、やっぱり俺なんかには……」


 できない……


「君ハ……興味深イ……モット知リタイ……ガ……エーテルノ……臭イモスル……」


「霧原、もう一度魔道砲をお願いします!」


 リリィクの声に答える気力が出ない。どうせ無理なんだとしか思えない。


「霧原、大丈夫です。私が付いています。」


 リリィクの手が俺の手に添えられる。あの時と同じ……


「今なら撃てます。私を信じてください。」


 優しい声。その声に導かれるようにもう一度読み上げる。


「地を穿ち、天を焦がせ。我が手に宿りしは炎の息吹。紡ぎ出すは火炎の砲弾。」


 突き出した手の先に力が集まって来るのを感じる。そしてまたあの時と同じ様に読み進める自分の声にリリィクの声が重なって聞こえた。


「焼き貫け、紅蓮の魔道砲!!」


 轟炎の柱がソリ・アリを呑み込む。護衛の兵士たちは二度目の読み上げが始まる前に既に正面から退避していた。一度目で撃てなくて良かったと思った。


「凄マジイ……ヤハリ……エーテルノ臭イハ……断タナケレバ……」


 魔道砲の直撃を受けてもなおソリ・アリは立っていた。ただ、ダメージは確実にあるらしく衣服は所々が焼け焦げ、少し煤けた白い肌が見え隠れしている。


「私ノ死臭ヲ放ツ者……君ノ名ヲ知リタイ……私ハ……『ソリド・アリード』……固キ意志ノ上ニ立ツ者……サア……君ノ名ヲ……」


「霧原……勇人だ……」


 情けない事に俺の声は震えていた。


「ユウト……次ニ……会ウ時ハ……ユックリト話ガ……シテミタイ……ソノ死臭ノ謎ヲ解クタメニ……」


「もうこれ以上人を殺さないと言うなら考える……」


「ソレハ……出来ナイ……エーテルノ臭イヲ……断チ……ストラーヲ断ツ……ソノ意思ガ……揺ラグ事ハ……ナイ……サヨウナラ……マタ会オウ……」


 ソリ・アリ……いや、ソリドは踵をかえすと足を引きずりながら去っていった。誰も追いかける事はなかった。何よりも命が助かった安堵感が大きかったからだろう。





 城に帰り着いたのはそれから半日ほど過ぎてからだった。報告を受けた王の顔がひどく落ち込んで見えたのが印象的だった。


 日が明けてからすぐ、俺は魔法の訓練を受け始めた。何よりも力をつけたかった。守られるばかりじゃない、守れる人間になりたかったからだ。


 日が暮れて、寝る前のちょっとした時間には書庫で伽の守人について調べた。元の世界に帰る方法も少しは調べておきたかったからだ。初めは一人だったが、途中からはリリィクも合流して一緒に調べてくれるようになった。もしかしたら、今はリリィクと二人きりになれるこの時間のためだけにここに来ているのかもしれないな……


 ソリ・アリについても少し調べてみたが、有益な情報はなかったと言える。


「あの方は女性のようですね。破れた胸元から……その……見えていましたから……」


 リリィクが少し恥ずかしそうに話してくれた事から女性だと言う事と、後はかなり古い書物に一部『アリード家』の名が出てきたくらいだった。そのアリード家はミズナという女性を最期にストラーによって滅ぼされたと書いてあった。ただそれだけしか書いていなかった。


 ソリ・アリ……ソリドはエーテルの臭いを断ちストラーを断つと言っていたが、ストラーという人物は一体どれだけの人に恨まれるような事をしたのだろう?そして、未だに気を付けろと言われるというからには生きている可能性があると言う事なのだろうか?ならば、いつか出会ってしまう可能性も……?


 そのストラーについては『恐ろしい存在』としか分からなかった。だからだろうか?俺はそいつには絶対に会いたくないと思った。



 気が付けば三ヶ月が過ぎ、剣の国・ガルマンドとの友好を喜ぶ歓迎式典まであと一月と迫っていた。俺は魔法大会でどれだけの成績が残せるだろうか?今は余計な事を考えず、そのことだけを考える事にした。








 だが、一つだけどうしても考えてしまう事があった。



「霧原、貴方にだけは話しておきます……」



 そう言ってリリィクが俺だけに話してくれた秘密。このことは絶対に誰にも話してはいけない。そう彼女と約束した。それがどれだけ重要な事か分かってしまったから、何故俺にだけ話してくれたのかが気になって仕方がなかった。

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