第二章 機械人形と守護龍と…… 3
それは神殿、というには少々粗末かもしれないと思った。長くなだらかな階段を上り、大きな柱に支えられた門をくぐる。薄暗く生暖かいエントランス。バーゼッタの城に比べれば狭く、ただ建材を組み合わせて作っただけの様な芸術の一つも施されていない内装に気味の悪ささえ感じる。正面の大きな扉の向こうに守護龍が居るのだろうか?何かが居る、そんな感じだけが伝わってくる。
「誰かいるのですか?」
不意に左側の通路の奥から声が響いた。それと共に靴音が近付いてくる。そして、声の主がエントランスに踏み入った瞬間、今まで薄暗かった空間が眩いほどに輝きだした。
「あら、姫様でしたか。するとそちらの方が……?」
「はい、霧原勇人様です。」
眩しい。辛うじて薄目を開けてリリィクを見れば、しっかりと目を瞑っている。もしかしてここではいつもそうなのか?
「あっ!申し訳ありません。ゆっくりと光度が落ちるまで辛抱してください。」
照明機器に問題があるのか?できれば先に言っておいてほしかった。
「まだ光の調節になれないもので。来客もあまりないものですから疎かになりがちなのです。」
「あ、いや気にしないでくれ。」
目が慣れてきたのか光度が下がって見やすくなったのか、ともかく周囲の状況は確認できるようになってきた。
よく見ると声の主は小さな女の子だった。とても長くて薄い水色をした髪を無理矢理赤いリボンで結んだようなツインテールが特徴的だ。特徴的なのは髪型だけじゃない。赤いリボンもだ。どうやら髪を縛ってそのまま下にたらして首の前で結んでいるようだ。頭頂部には二つの目玉のような球体が二つ付いている。これもリボンについているんだろう。ううむ、服装もまあ個性的だし、この世界に来て始めて理解し難いものに触れた気がするな。
「目、開けないのか?もう眩しくないだろう。」
少女もまた目を瞑っていた。眩しさに耐えるためかと思ったが、どうやら違うようだ。きょとんとした顔をされてしまった。
「あっ、これは眩しいから瞑っているわけではありませんよ。いろいろと事情がありまして。視覚はこの二つのビットで補っていますので気にしないでいいですよ。」
そう言いながら頭に付いている二つの球体を指差す。よく見ればそれがこちらをじっと見つめている。ますます理解し難くなったようだ。あまり追求しないで、この子はこういうものなんだと思っておこう。
「自己紹介がまだでしたね。私は守護龍の娘、『アルトラ』と申します。」
「俺は霧原勇人。よろしくな。」
お互いの名前を告げ、彼女の方から差し出した手をとり握手を交わす。本当に小さな手だ。守護龍の娘というくらいだから人間じゃないんだろうが、人間にしてみれば五・六歳くらいといった感じに見える。
「さあ、奥で父様……守護龍様がお待ちです。扉を開けますので。」
そう言ってくるりと扉の方を向くと手をかざして何やら小声で唱えだした。それに反応して扉が開いていく。
「行きましょう、霧原。」
「あ、ああ……」
今になって緊張してきたとは言えず、リリィクに促されて扉の先に進んだ。
一歩踏み出して驚いた。床の感触が土に変わったからだ。
「どうなってるんだ?」
神殿の外に出てしまったのか、とかありえない事を考えてしまったが、そういうわけではないらしい。その疑問にはゆらゆらと揺れる陽炎を纏った様な紅く巨大な龍が答えてくれた。
「我が土を好んだだけだ。それ故混乱させてしまったようだな。ここに初めて来る物は誰しもがそのような反応を示す。汝もそうであったな、紅蓮の姫君よ。」
リリィクが一歩前に出てお辞儀をする。
「はい。お久しぶりです、守護龍様。お元気そうで何よりです。」
「その紅蓮のローブは汝の母親から貰った物だったな。あの娘は元気にしているのか?」
「さあ、母上とは自由に会えるものではありませんから……。それよりも守護龍様、今日は……」
リリィクがちらりと俺の方を見る。それに合わせて守護龍がこちらをしげしげと見てくる。こういう風に考えちゃいけないんだろうが品定めされてるみたいで嫌な感じだ。
「ククク、分かっている。霧原勇人よ、北天について聞きに来たのだろう?上を見るがいい。」
言葉に従って上を見ると、不意に周囲が真っ暗になった。そして、何かが落ちてきた。
「映像だ、怯えることはない。」
それは大きな龍が落ちてくる映像だった。銀色の体に青色の心臓を持った龍が落ちてくる……。
「伝説については聞いているな?これが北天に落ちた龍『星啜り』だ。この呼称は星啜りを追って現れた『衛星の守護者』によってもたらされたものではあるが、龍が星の命を啜る為にそう呼んでいるのだという。今は眠りについているが、一度目覚めたことがある。多少脚色されてはいるが書物にもなっていたはずだ。一度読んでおくといい。」
龍の映像がふっと消えてこの世界の地図が映る。
「これが我々の今居る世界『ミートゥリア』。北部の海に隔てられた地、そこが北天だ。星啜りが落ちる前はエーテルの豊富な地であったと聞いている。」
「エーテル?」
聞いた事がない言葉だ。
「魔法を使うときに反応する元素だと聞いている。我もこの星に最初からいたわけではない故に詳しくは知らぬがな。この世界で魔法を使うということは少なからずエーテルと反応するということだと認識しておけばいいだろう。」
エーテルについては詳しく説明してくれる気はないらしい。興味自体なさそうだ。
「さて、話を戻すぞ。かつてこの地にはエーテルとの反応値が常人との比にならないほど高い者が生まれる事があったという。あまりにも自然にエーテルを吸収し、あまりにも自然に使役するその姿は、並び立つ者がいないほど神々しいものだったという。北天の地にはかつて小さな村があったようだが『ストラー』と呼ばれる者によって滅ぼされた。しかし、ただ一人残った少女がいたそうだ。我は残っていた写真でしか見たことはないが……ふむ、映像を出そう。」
守護龍と俺達の間の空間に一人の少女が映し出される。その姿に俺は見覚えがあった。
「伽の……守人!」
頭に赤い宝石の付いた髪飾り。黒いツインテール。そして真紅の瞳。俺をこの世界に引きずり込んだ人物に間違いなかった。
「ほう、やはりか。この者はかつて北天の地でストラーと戦い、双方共に消息不明となっていたのだ。だがここ数年、ガルマンドの地下書庫に現れては歴史書を読み漁っている。どうやら記憶をなくしたらしい。それを取り戻す方法を模索しているのだろう。しかし、そのために他人を犠牲にしすぎていることが気にかかる。よほど大切な思い出があるのだろうが、もう少し方法というものを考えて欲しいところだ。」
守護龍がボフッと鼻息を吐いた。ため息のようだがこの体の大きさになると勢いがすごい。
「……さて、その者とストラーが北天の地にて対峙していたその時、空から星啜りが落ちたのだ。その衝撃に紛れて二人は消息を絶ち、星啜りは地中深くにて眠りについた。星啜りは凄まじい勢いで周囲一体のエーテルや生命エネルギーを吸収した。その影響で北天は今や荒れ果てた不毛の大地と成り果ててしまっている。今は我が封印を施している故落ち着いてはいるが、いずれはより強固な封印を施さねばならないだろう。そのために調査団を派遣したのだが……」
またもやため息を吐いた守護龍は、俺が見ても分かるくらい落胆の表情を浮かべていた。
「失敗……だったんですか?」
「うむ、大人達は帰って来なかった。二人いた子供は帰ってきたものの、星啜りの強い思念に引きずられたのか、まるで別人のようになってしまった。……我の責任、なのだろうな……」
守護龍は悲しそうな声だった。自分のせいで不幸をの種を蒔いてしまった事を悔いているのだろうか?
「む、すまぬな、我のしてしまったことはいずれ償いをしなければならぬだろう。今日のところはこれ位で良いか?少々疲れたのでな。」
「はい、ありがとうございました守護龍様。」
「紅蓮の姫君、そして霧原勇人よ、我の話が何かの役に立てば良いのだが……」
「北天のことを知れただけで充分過ぎるほどです。それに伽の守人のことも少し分かりましたし。」
本当はもう少し色々なことを詳しく聞きたかったが、無理をさせるわけにもいかない。守護龍自身もそれは感じているようだ。申し訳なさそうな表情を見せる彼に一礼と、一言礼の言葉を述べてリリィクと一緒に部屋を出た。
「お疲れ様です。父様はしばらくお休みになられるでしょう。しばらくの間ここには来られませんようお願いします。誰にもお会いにならないと思いますので。」
部屋を出たところにアルトラが待っていた。そっけなく伝えたいことを伝えるとそのまま通路の奥へと去っていこうとした。
「君は、誰かに会ったりしないのか?」
俺は何故だかそんな質問をしていた。
「私が……誰かに……ですか……。…………考えたことがありませんでした。お客様が来られる以外はずっと父様と二人きりで過ごしていましたので。……私には会える誰かがいるのでしょうか?」
「私ならいつ会ってくださっても構いませんよ。だからそんなに悲しそうな顔をなさらないでください。」
「悲しそうな顔、ですか……よく分からないものですね。ですが、ありがとうございます。近いうちに会いに行きますので。」
そう言って通路の奥へと消えてしまった。
「……霧原、何故あのような質問を?」
「何て言うか、寂しそうに見えたんだ。だから声をかけた。それだけだ……」
「そうですか、お優しいんですね。」
「……そんなんじゃないさ……」
リリィクに優しいと言われて少し嬉しかった。
しかし、彼女はいつからずっとここに居るのだろうか?守護龍と二人きりで、彼女にとってはそれが全てなんだろう。だが、それに対して心の奥底の自分でも分からない所では寂しさを感じているんじゃないだろうか?彼女の質問に答えてくれたリリィクも同じ様な考えだったのかもしれない。俺は、いつか彼女がその小さな体に詰め込んだ想いを解放できる日が来ればいいなと思った。