第二章 機械人形と守護龍と…… 2
守護龍の神殿に向かう道中、俺たちには物凄い人数の護衛が付いていた。普段の城下町の外への外出ではこれほど多くの護衛が付くことはないらしい。アリス率いる護衛隊で充分なのだそうだ。それほど優秀な部隊という事だろう。
では何故今回これほどの護衛が付いたのか?
「最近になってのことですが、『ソリ・アリ』と呼ばれるする無差別殺人鬼が出没しています。少々息苦しいですが安全のためです。我慢してくださいね?」
物騒なことだ。しかし、これだけの人数がいて全く油断している様子がない。それが当然なのかもしれないが、確かに息が詰まりそうだ。それほど気を抜けない相手であるとも取れるな。
「それから霧原、私もそうですが貴方もこれだけの人に守られるということがどういうことなのか、その意味をよく考えて理解しておいてください。」
人数の凄さに目を奪われて考えもしていなかった。確かにリリィクは王の娘だから厳重に護衛されるのは当然だろう。だが、これだけの厳重さだ。少数では全滅しかねない相手であると、そういうことなのだろう。つまり、多かれ少なかれ人が死ぬ可能性がある、と言うことだな。そして、彼女がその意味を考えろと言ったのは、おそらく護衛の対象が彼女だけでなく俺にまで及んでいるからだろう。
これだけの護衛を出したのは王の命令だった。王やリリィクがどうしてこれほどまでに俺に対して力を尽くしてくれるのかが分からない。昨日一日のことだが、城の人も良くしてくれるし、リリィクはずっと俺に付いてくれていて魔法についても少し教えてくれた。王も手が空いてはその度に様子を見に来てくれた。……もっとも仕事をサボってきていたようで要職の方辺りに連れ戻されてはいたが……。
もしかしたら来たばかりで不慣れな俺に対しての『最初の内の配慮』だったのかもしれないと思ったが、どうやら違うようだ。リリィクは言った。
「ストリア大臣には気を付けて下さい。リュウヤさんのように引き込まれては戻れる保障はありませんから……」
戻ってはこれない。それが何を意味するのかは分からなかった。だが、少なくともリリィクの反応を見る限りその大臣には何かあるようだった。
「俺が守られる意味、か……」
今日のつぶやきは周りの人達に声をかけて回るリリィクには聞こえていなかった。まあ、つぶやく度に聞かれるのも嫌だが、少し残念な気がした。
兎にも角にもどうやら俺は国賓級の扱いらしい。魔道砲が使える、と言うことが最大の要因みたいだが俺自身は実際よく分かってない。リリィクが魔法を教えてくれているときにさり気なく練習してみようと思ったが、厳しく止められてしまったくらい危険なものだ。もう一度俺に撃てるのかと聞かれれば正直分からない。あの時はリリィクの持っていた本があったが、もしかしたらアレがないと出来ないのかもしれないし……。
撃てるかどうかは置いておくとして、魔道砲使いがここまで大事にされる理由は聞くことが出来た。どうやらこの世界全体を不穏な空気が包んでいるらしい。
例えばこの国では先程リリィクが口にした『ソリ・アリ』と呼ばれる者の出現がそうだという。
機械人形に聞いた話では南のロワールの守護気功団では団長引継ぎを巡っていざこざがあるみたいだ。
西のガルマンドではカルメア女王の息子が行方不明だそうだ。リリィクに聞いた話だがどうもこの息子、地下大図書館とやらに数年間引きこもっていたらしい。外に出ることは良い事だと思うのだが、どうやらそういう問題ではないらしい。
東のラトラでは武器製造を担うアンテマルド家内部で怪しい動きがあるらしい。武器を売るために戦争を起こす火種を作る可能性があるという話だが、こればかりは表立って動くものではないから、どの国も現状を把握しきれていないらしい。
魔道砲使いが大事にされる理由は、遥か昔に創られたとされる伝説に起因しているという。
伝説によると、かつて遥か彼方の宇宙から飛来し北天の地に落ちた龍がいたという。落下したときに出来た傷を癒すためにしばらくは眠っていた龍だったが、傷が癒え永い眠りから目を覚ますと破壊の限りを尽くしながら南下を始めたそうだ。龍が央天に到達する寸前、守護龍率いる魔道砲使い達が現れ、その力を以て龍を北天に押し戻し、そのまま守護龍による封印がなされ今に至るのだという。つまるところ『世界を救った伝説の英雄』とういわけだ。
そして、現在の情勢を見て人々は不安を覚え、伝説にすがる事で心の安息を得ているのかもしれない。なにしろ伝説ではなく本物の魔道砲使いが現れたわけだ。誰だって祭り上げたくなるだろう。
「伝説の英雄の再来、か……」
英雄。そう称されて嬉しくない奴なんていないだろう。俺だって悪い気はしない。だが、俺はまだこの世界に来たばかりで、そもそもずっとこの世界にいられるのかも定かではない。魔道砲が撃てるからといってホイホイと「英雄やります」とは言えない。リリィクが魅力的だったからという不純な動機でここにいるなんてことも口が裂けても言えない。
では、この世界に居ながら世界の動きを見て見ぬふりをするのか?
それは出来ない。
今は流されているだけかもしれないが、この世界に来た理由を見付けるのならこのくらい大きな流れがいい。おそらくこの流れを外れたら答えは見つからないだろう。なんとなくだがそう思った。
しかし、流れに乗るのはいいとして、問題は人々の期待に答えられるかどうかだな……
「霧原、険しい表情ですがどうかなさいましたか?」
「いや、ちょっとな……」
気付けば眉間にしわを寄せていた。リリィクは心配そうな顔で俺を見ている。
「ここまで期待してくれている皆に対して俺は何ができるかな?ってちょっと考え込んでた。」
「ちょっと、ではないでしょう。少し周りを見渡してください。」
リリィクに促されるまま周囲を見渡す。さっきまでとは全く違う風景が広がっていた。
「大きな橋の上だな。」
陸地を歩いていた記憶はあるが、いつの間にか橋を渡っている最中だった。それに気付かないほど考え込んでいたのか……。
「橋を渡った先にある小島の神殿に守護龍様はいらっしゃいます。大勢で行くのは迷惑になるでしょうから護衛の方たちは渡り終えた所で待機していただいて、私と霧原の二人でお会いすることになります。」
「ソリ・アリとやらは大丈夫なのか?」
そのために護衛が付いてたはずだが……
「はい、橋を渡ることを極端に嫌う傾向があるとの報告があります。心配は無用でしょう。」
遭遇して生還した人は皆この橋の方に逃げて助かったらしい。どういう訳か分からないが橋に差し掛かるとソリ・アリは踵をかえし去っていくのだという。万が一、ということは考えたくないが、これほどの護衛を置いていっても大丈夫だと言えるなら信じるしかないだろう。
「それでは行きましょう、霧原。」
「ああ、そうだな。」
橋を渡り終え神殿に向かいながら、失礼の無いように振舞わないといけないなとか考えていた。守護龍というくらいだ、相当に威厳のある龍なんだろう。何よりも龍というものに会うのが初めてだ。不安よりも期待が高まってしまう。
そのはずだったが、その期待以上に俺は何か心を不安にさせるものを感じていた。