第一章 魔法の国 2
城というものは一概に大きいという印象がある。魔法の国・バーゼッタの城も勿論大きかった。
「……すごいな」
まず始めに口を大きく開けて絶句した後、ため息を一つ吐いて出たのがこのセリフである。ちなみに、絶句したのは城の前、ため息を吐いたのは門が開くとき、感想を言ったのが門をくぐる時だ。そんな俺の反応を見て、門兵はクスクスと笑っていた。
「いや、すごいんだって……」
もうそれしか出てこない。今まで生きてきた中でこれほど大きな建築物を見たこともないし、ましてや中に入るなんてあろうはずがない。しかも、歴史的な価値を伝えるために残してある遺跡の類ではなく本当に人々が生活しているのだから、情けないが俺にはすごいとしか言えなかった。
「キリハラ、今から私の父であるバーゼッタ王に会いに行きます。くれぐれも失礼の無い様にお願いしますね。」
城内観察に没頭していた俺に突然リリィクが言う。
「王様は人々から獅子王と呼ばれているんです。あんまり失礼なことすると頭から食べられてしまうかもですね。」
続けてアリスが脅しにかかる。
「それは凶暴という意味か?」
「いえ、そうではありません。アリス、人をからかってはいけませんよ。」
どうやら取って食われるわけではないようだ。リリィクの言った事はごく一般的なことで、この国を治めている人物に失礼の無い様にということだろう。だが、獅子王という二つ名があるということには少なからず理由があるのだろう。
ただ、暴君という可能性は無い筈だ。それは、城に向かう途中の街の様子からも推測できた。街を行く人々はリリィクを見つけると気軽に挨拶をし、彼女また色々と言葉を交わしていた。王様の話題も勿論出ていたが、何かを恐れるといった感じはなく、誰もが笑顔だったのがとても印象的だった。きっとここには民と国との間に隔たりなどないのだろう。
色々と考えていると、正面からこちらに向かってくる三つの人影が見えた。一人は頭からすっぽりとローブを被り顔を見ることは出来なかったが、後の二人は近付くにつれてはっきりと顔を見ることが出来た。一人は女性、だがどうやら人ではないようだ。見た感じはどう見ても人なのだが、瞳はルビーのように赤く、体からは発せられるプレッシャーがそのままオーラのようになって見える。簡単に言ってしまえば違和感が大きかった、ということになる。ちょっと簡単すぎる気もするがまあいいだろう。それよりも、もう一人の青年の方が俺にとっては重要だった。
「そんな……」
その姿には見覚えしかなかった。幼い頃からずっと一緒にいたのだから見間違えるはずもない。
「龍弥……なのか?」
目が合った。少し驚いた顔をした後、にやっと笑った。嫌な笑いではなく、少し安心しているような不思議な笑いだった。
「よう、勇人。お前も来ちまったか。」
「ああ、ついさっきな。」
「そうかい、だったら一つだけ教えてやるよ。オレ達をこの世界に連れ込んだのは『伽の守人』とかいう女だ。水に映ってるのを見ただろう?」
公園の池を思い出す。頭に赤い宝石の付いた髪飾りを着け、黒い髪に真紅の瞳を持ったツインテールの女の子。
「元に世界に帰りたけりゃ、そいつを探しな。んじゃ、俺は行くぜ。」
「ま、待ってくれ!!」
俺の叫びに片手をひらひらさせるだけで、振り返ることなく龍弥は行ってしまった。
「龍弥……」
去っていく背中をただ見つめるしか出来なかった。言いたいことは一杯あった。だが、あの日以来まともに交わした会話はほんの少しだった。やはりもうあの頃には戻れないのだろうか?龍弥の姿は通路を曲がって見えなくなってしまった。
「キリハラ、行きましょう。」
リリィクに手を引かれて我に返った。見ればとても心配そうな顔をしている。
「すまない、行こうか……」
今は考えないようにしよう。考えても答えは出ないが、表情には出てしまう。それで周りの人に無駄な心配をさせるわけにもいかないだろう。きっといつか必ず答えが出るはずだ。そう信じて胸の奥にしまっておくことにした。
「もう着きますよ。少し急ぎましょうか?」
「ああ、そうだな。」
さっきよりも少し速めに歩く。なんだか周りから視線を感じるが、何かあるんだろうか?
「何か見られてないか?」
「キリハラの格好が珍しいのではないでしょうか?」
リリィクに言われて周囲の人と自分の格好を見比べてみる。その人達はRPGに出てくる城の住人と同じ様な煌びやか、と言っていいのだろうか?そんな服装をしている。この人達は主に文字や言葉で戦う人達なのだろう。敵と戦う人達は重々しい鎧に身を包んでいる剣士たちがそうなのだろう。いや、そういえばここは魔法の国だ。もしかしたら、誰しもが戦闘員になり得るのかもしれないな。思い返してみれば、城下町の人々もなにやらファンタジーっぽい格好だった気がする。そんな人達と比べれば俺は普通の洋服だ。なるほど、気にするのもしょうがないか。
「まあ、そうなんだろうな。」
「はい、この国では珍しいですから。」
この国では、と言うことは別の国ではこんな服もあるのだろうか?
「父上とお会いして、その後時間があればこの世界について色々お教えしましょう。まずは急ぎ王の間へ……」
そう言って更に速度を速めるリリィクが前方の大きな扉を指差す。おそらくあれが王の間だろう。国を治める人物に会うなんて人生初だ。否が応にも緊張感が増してくる。
「えぇっと、お二人ともそのまま入るんですか?」
アリスが苦笑いしながら聞いてくるが、一体何のことだろうか?
「どうかしましたか、アリス?」
「いえ、何でもないですよ?」
慌てて目(隠れてるけど)を逸らすと早く中に入るように手で催促してくる。何か引っ掛かるものがあったが、気にしても仕方ないだろう。それに俺が気にしたところで「そうですか」と言いながら扉を開けようとしているリリィクは止められまい。
「よし……」
小さく気合を入れると大きな音を立てて開いていく扉の奥へと足を進めた。
扉をくぐって、大きく気合を入れておけば良かったと思った。ゲームなんかで見てきた王の間と雰囲気的には同じなのだが、そこに存在する人の大きさ、正確には玉座に座っている人物の存在感の大きさに立ちすくんでしまったのだ。
「……姫様、俺逃げたいです。」
「キリハラ、大丈夫です。」
何故かは分からないが呆れた表情をしたリリィクに並んで前に進む。玉座に近付くにつれて空気までもが振動しているように思えた。やはり王と言う者はこれほどまでに圧倒的なものを持っていなければ務まらないということなのだろうか?そう思うと何か言われた時の為に言い訳の一つでも用意しておいた方が賢明かもしれない。「すみませんお嬢さんに膝枕されてました」とか……。言い訳になってないな……。
何がなんだか分からない思考を繰り広げている間にも前進は続く。玉座前のちょっとした階段前でリリィクが止まったのでそれに合わせて止まる。空気の振動はさっきよりも明らかに強くなっていた。……強くなったからこそ妙な違和感がした。何よりも実際に振動している辺り大いに違和感だ。俺は威圧感でそう感じているだけだと思っていたが、ここまで来るとそうではないことがよく分かった。
「あー、リリィクさんリリィクさん。」
「どうかなさいましたか?」
そう言いながらも聞かないでくださいと言いたげな表情をしている。だがもう聞かずにはいられなかった。
「ああ、言い難いんだが。物凄く言い難いんだが。俺がさっきからプレッシャーで空気が震えてるとか感じてるこの振動って、これって、もしかしてイビキ……」
「そうですね……」
ハァ……と、とても長いため息を吐いたあと、持っていた魔法書を躊躇いなく王に向かって投げた!それは綺麗な放物線を描いて飛んでいくと、角の部分が王のつむじに直撃した。
「うごっ!」
「おはようございます、父上。」
抗議の目を向ける王、冷ややかな視線で答える姫。そして、後ろで笑い転げるアリス。俺は連れて来られる場所を間違えたのだろうか?なんとも呑み込めない状況である。
さて、考えても仕方がないので王と呼ばれているらしい男を見る。歳は結構若いんじゃないだろうか?薄い金色でぼさぼさの髪はなるほどライオンのオスのようだ。そして、あのイビキは唸り声のようだ。まさかとは思うが獅子王ってそういうことなのか?いや、信じたくないぞそんなの!
「あ~、リリとアリスと見知らぬ野郎か。おはよう。で、こいつ誰?……まさか彼氏!?」
「こちらの方は『キリハラ・ユウト』。伽の守人に召喚されて森にいた所を保護しました。」
保護、か……。あまり良い響きとは言えないが、あの状況じゃそうなるんだろうな。そんな不満が顔に出ていたのか、こちらをちらりと見たリリィクが申し訳なさそうな顔をした後こう付け加えた。
「ただ、森でリザードマンの群れに襲われた時には、キリハラが魔道砲を撃ち道を拓いてくださいました。」
「ほ~、何色?」
「紅蓮の魔道砲です。」
「ああ、なるほど、そういうことね。あ~、ユウトだっけ?娘のピンチを何とかしてくれたようで、とりあえず礼を言っとく。ありがとう。」
何色ってなんだろう?とか考えようとしていたところで突然お礼を言われて「はあ、まあ……」と気の抜けた返事しか出来なかった。
「なんだ、お前緊張してんのか?それとも混乱してんのか?」
緊張していたのにノリが軽めな人が出てきたので混乱しています。
「申し訳ありませんキリハラ、父上は『豪快にして爽快な生き様』という信念を持っていまして……」
「うん、なんとなく分かった……」
しかし、ただの軽い人だと思うのは軽率だろう。その瞳には俺を見定めようとする強い力が宿っているのを感じたからだ。重苦しい雰囲気を出さず、かといってふわふわしているわけじゃない。なんだろう、そういった点じゃ少し俺の父親に似ているかな?
「しかし、またアイツか……。他人に迷惑かけるなってあれほど言っておいたのにな。ああ、こっちの話だ、すまんな。色々聞きたいことはあるだろうが今日はゆっくり休んでくれ。部屋はすぐに用意させる。後でアリスに連絡させるから、そうだな、リリと一緒に地下に行ってくれないか?」
「あ、はあ……」
一気にまくし立てられて間抜けな返事しか出来ない。
「ん?あ~、この世界について詳しい奴が地下にいるから会って欲しいんだ。詳しく知っておきたいだろ?」
「あ、はい、そうですね。」
「ははは、敬語なんていらねぇよ。娘を助けてもらった上に魔道砲使いとくりゃあ賓客様だ。俺が敬いたいくらいだよ。」
返答に困ってついリリィクの方を見てしまう。彼女は何も言わずに頷いてくれたが、本当にいいのだろうか?
「えっと、じゃあ、そうさせてもらおうかな……」
「あ、ただし周りに臣下がいないときだけな。あいつら五月蝿いから……」
「ああ、気を付ける。」
「よし!それじゃ、行って来な。あ~、アリスは残れな。報告もしてもらわんといかんし。」
なるほど、強引な人だが人を惹き付ける力がある。きっとそんな豪快さに敬意を表して人々は「獅子王」と呼んでいるんだろう。
「では父上、行って参ります。」
リリィクがお辞儀をするのに合わせてお辞儀をする。
「あ~、うん、その前に一つだけどうしても聞いておきたいんだが……」
何か聞きにくい話題なのだろうか?目を逸らしながらも、ちらちらとこっちを見ながら聞いてくる。
「どうかなさいましたか?」
「その、なんだ……。うん、お前らなんで手繋いでるの?」
「は?」
「手?」
リリィクと顔を見合わせる。そしてその視線を下げると……
「あぁ、だから『そのまま入るんですか』って聞いたのに……」
視線の先にはしっかりと繋がれた二人の手があった。
「リリィクさん。」
「はい、なんでしょう?」
お互いに視線は上げずに繋がれた手を凝視して体を震わせる。
「いつから?」
「いつからでしょう?」
みるみるうちにお互いの体温が上昇していくのが分かる。
「なあ、恥ずかしいなら離せば良いんじゃないか?」
王にそう言われてどちらからともなく手を離す。恥ずかしくてお互いの顔なんて見れたものじゃない!
「ははは、まあ理由はどうでもいいや。面白いもんが見れたしな。さあ、行った行った。」
豪快に笑いながら退室を促す王と、こちらに背を向けて小刻みに肩を震わせているアリス。俺とリリィクは踵を返すとそそくさと扉に向かって早足で進んだ。扉までの距離が物凄く長く感じたのは言うまでもない。
「……行ったか。アリス、報告を。」
「はい、やはり外部から侵入された形跡はありません。おそらく……」
「ああ、十中八九あいつの仕業だな。そうなるとこの国自体が危ない。」
「調査と根回しは任せてください。」
「何事もない、なんてことはありえないだろう。数ヶ月以内に事を起こすはずだ。奴の監視とユウトを守護すること、それから国民の安全を最優先だ。抜かるなよ?」
「あの、姫様は?」
「あいつに魔法は一度しか効かないようなもんだ。外部からの侵入者じゃない限りは魔法使いが主力のはず。となれば防御魔法が得意なあいつには誰も勝てんよ。万が一ということがなければな……」
「そうですね……。ですが、本当に危険なときには私が!」
「ああ、それはお前にしか任せられないな。……ところでアリス、なんで二人は手を繋いでたんだ?」
「理由はどうでもいいって言ってませんでした?」
「バカ、お前、娘が見知らぬ男と手を繋いでおはようございます、だぞ?気にならないわけがないだろう?」
「はは、そうですね。」
「で、何であんなことに?」
「はい、実はリュウヤ殿とユウト殿が廊下で鉢合わせしたのですが、どうやらお二人はお知り合いのようで少し話をしてリュウヤ殿が去っていかれたのです。しかし、そのままユウト殿は動こうとせず思い詰めた表情をしていました。それで心配なさった姫様が手を引いて、それではっとした様子のユウト殿は姫様に促されるままこちらに……」
「……あ~、複雑な事情があるんだろうな。追求しない方が良さそうだ。しかし、リリの奴があそこまで真っ赤になって俯くのなんて初めて見たぞ。」
「ガルオム様は父親として悔しい、と言ったところですね?」
「まったくだ。それに、俺にだってそこまで優しくしてくれたことないぞ?……まあいいや。さて、お前もそろそろ……」
「はい、行ってきます。」
「頼んだぞ、俺も出来る限りのことはしておく。」