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第一章 魔法の国

 

 少女は言った


 迷子だと


 少年は答えた


 少女を守ると


 その約束は過去


 今に繋がる小さくも大きな出来事






 ――魔道砲と紅蓮の姫君――


  第一章  魔法の国





 いつの間にやら寝てしまっていたのだろうか?目を開けてはいないものの仰向けに寝ているのが分かる。寝ていた?いや、池を覗き込んで、女の子と目が合って、それから……覚えていないな。それにしても明るい。目を開けるのも億劫だ。まさかもう朝になっているのだろうか?そうだとすれば起きなければマズイよな。


 そう思ってゆっくり目を開けると、心配そうに覗き込む女の子と目が合った。綺麗な金髪の長い髪。澄んだ青色の瞳。何処か気品溢れる顔立ち。


「お目覚めになられましたか?」


 綺麗な声だ。凛と澄んでいて何故か懐かしさを感じる。


「あ、ああ……」


 大丈夫だと言おうとして、ふと気付く。見上げている先にはうっすらと生い茂る緑の葉を揺らす木々。ここは外なんだろう。だとしたら頭の下が柔らかいのは何故だ?そこまで考えて女の子が覗き込んでいることを思い出した。


「あの、どうかしましたか?」


 目を逸らして左を見る。頭が地面よりも少し高い位置にあるのが分かった。そのままの流れで右を見ようと体をひねる。……おうっ!


「ごめん、起きる!」


 慌てて体を起こす。右を向く途中、俺の目に飛び込んできたのが彼女の体、それもお腹より上の方だったから焦った。だがそれによって俺は膝枕されていたんだととっさに気付いた。起き上がって改めて地面を確認すれば土。このまま起きなければという思いが浮かんだが、そうなればこの娘の脚を今以上に傷付けていたかもしれない。


「急に起き上がって大丈夫ですか?」


 俺は彼女の脚の方が心配だったが、彼女はそれ以上に俺の方が心配らしい。


「ああ、大丈夫だ。大丈夫なんだが……」


 周りを見回してため息。状況がまったく飲み込めない。見たことのない風景。俺が眠っている間に一体何があったというんだろう。


「まずは自己紹介でもしましょうか。」


 彼女の提案に頷く。まずは一番分かり易いところから知っていこう。


「ああ、俺は『霧原勇人』だ。」


「『キリハラ・ユウト』ですね。私は、魔法の国・バーゼッタの王の娘、『リリィク・バーゼッタ』です。」


 さっきから仕草が上品だなと思っていたが、何処かの国のお姫様だそうだ。そうなると、膝枕のせいで不敬罪に問われたりしないだろうか?いやいや、そんなことよりも魔法の国だって?何かの冗談だろう。そういえば映研サークルの奴がファンタジー物の作品を撮るとか言ってた気がする。きっとその撮影にドッキリで紛れ込まされたんだろう。全く性質が悪い悪戯だ。


「それではキリハラ、一度城へ参りましょう。ここで説明するよりは良いと思いますので。」


 立ち上がって足についた砂利を払う。フードの付いた真っ赤な、えっと、ゲームでよく見るローブとかいうのに身を包んだ女の子。その動きの一つ一つが綺麗で、演技でやっているものとは思えなかった。周囲を注意深く見回してもカメラなんて見当たらない。もしかしたら見えないように完全に隠れているのかもしれない。……いや、今考えることじゃないか。何にせよ城に着けばきっと分かるさ。そうして何も考えないほうが今は良いんだと自分に言い聞かせて姫様の後に続いた。


「なあ、姫様。」


「リリィク、とお呼び下さい。」


「それじゃあ、リリィク、城までは遠いのか?」


 いえ、すぐに、と言いかけて急に立ち止まると、後ろ手で止まるように言ってきた。周囲から不穏な気配を感じる。周囲の木々がざわざわと揺れ、赤い光が現れる。一つではなく大量に!


「な、何だこれ!?」


 赤い光の正体がゆっくりと姿を現す。木々の間から現れたそれは、鱗に覆われた、そう、まるで二足歩行する蛇のような格好をし、剣と盾を握り締めた人間、その瞳だった。いや、これは人間じゃない。RPGなんかでよく見る『リザードマン』といったところか?


 もう一度言うがこれは人間なんかじゃない。開かれた口の中は、演技をしている者がいるようには決して見えない構造だったし、何よりも聞いたことのない声を上げていた。人が出せるものとは到底思えない声だ。もっとも決定的だったのはその数の方だ。言ってしまうのは気が引けるのだが映研は貧乏人の集まりで、一昔前のハイスペック機材を格安で購入しては大学中を走り回って喜びをアピールしていたほどだったから、これだけの数の着ぐるみと中の人を用意できるはずがないのだ。そういう所に友人がいることを現実からの逃げ道には出来なくなったわけだ。


「ああ、現実か……」


 まだ信じたくないと思っていた心が折れた、そんな一言だった。運の悪いことに、誰にも聞こえないように言ったつもりのその言葉はリリィクの耳に届いていた。大きくため息を吐かれたのが分かったが、こればかりはどうしようもない。ホイホイと全ての状況を呑み込んで、理解して、最善の行動をとる、なんてことはもっと出来のいい人間にやらせてくれ。


「キリハラ、これが夢なら貴方が目覚める前に叩き起こしてあげます。」


「ああ、そうしてもらいたいところだけど、もう起きてしまったみたいだ。」


「では、これが現実と理解したのでしたら、私の護衛が来るまで生き残る方法を考えておいてください。」


 そう言われても困るわけだが、何とかしないといけないというのはよく分かる。周囲から感じる殺気で息が詰まりそうだからな。


「なあ生き残れなかったらどうなるんだ?」


「彼らの胃袋に収まることになります」

 

 お腹の辺りをトントンと指で叩きながらさらっと言ってのける。この世界では普通にありえる事なんだろうな。俺の居た国じゃ、海外にでも行かない限りこういったことは全くありえない事だったのに……。

さて、これについては後で悩むことにしよう。今はいかにして生き残るかが重要だ。とは言ってもはっきり言って何も出来そうにない。そもそも、彼女は魔法の国のお姫様、そう言っていたはずだ。何か強力な魔法でパパッとやっつけられないんだろうか?


「なあ、リリィク、聞いていいか?」


「はい、なんでしょう?」


「君が魔法の国のお姫様なら、魔法であいつらを何とかできないのか?」


 リリィクはリザードマンを睨み付けたまま答える。目を離すのは油断を見せることになるのだろう。


「申し訳ないのですが、今の私には魔法の発動に必要な武器がありません。今持っているのはこの……」


 リリィクが何かを取り出そうとして視線を一瞬下げた。その瞬間、彼女の正面に居たリザードマンが飛び掛った。


「危ないッ!」


 とっさのことだったが体が動いてくれた。彼女を地面に押さえ付けるようにして覆い被さる。そのローブの影から何かの本が落ちるのが見えたが、それを確認するよりも先に上から迫り来る剣に目が惹き付けられる。


「くっ!」


 どうすることも出来ないのは解っていた。それでも少しは威力を抑えられると思ったのだろうか、俺は右腕を剣に向けて突き出していた。ゆっくりと剣が迫って来る様に思えた。カッターナイフで手を切ったことがあったっけ。きっと、それなんかとは比べ物にならないほどの痛みが襲ってくるんだろうな。身を斬り、骨をも砕いてしまいそうな感じがする。彼女を守ろうとしなければこうはならなかったんだろうが、それはできない。彼女は王の娘だという。国の大きさは分からないが、彼女を待っている人は多かれ少なかれ居るはずだ。それはきっと、俺のことを待っていてくれる人達とは比べ物にならないくらいの人数なのだろう。なんと言っても姫様だ。その存在は国にとって大きくないはずがない。だとすれば、ここで命を落とさせるわけにはいかない。それに、俺は残された人の悲しみが如何なる物かを知っている。幸いにも俺はここに来たばかりで、誰の心にも大きな影は残すこともないだろう。



 だからと言って、それで良い訳がない。



 当然、怖い。母親のことも気がかりだ。元の世界に帰りたい。父親が消えて、更に俺が消えて、残された母親は何を思う?そうだ、まだ死ぬわけにはいかない!なんとしても帰るんだ。そのためには死ねない。だからと言って彼女を見捨てるわけにはいかない。


「ちくしょうッ!」


 目を瞑る。怖かったから。


 しかし、剣が届くことはなかった。何かが左手に触れて、その瞬間リザードマンの気配が遠ざかった。おそるおそる目を開けると、吹き飛んだリザードマンとその周囲の奴らが警戒して身構える姿。そして、左手にはリリィクが差し出した一冊の本。


「やはり、貴方がそうなのですね」


 そう言って立ち上がると突き出したままの右腕に自分の右腕を添わせ正面へと向けさせる。そのまま左手で顔の前に本を開いて持ってくる。


「そこに文字が見えますか?」


 背中に感じる体温に意識を集中させそうになるのを堪えながら本を見る。そこには見たことのある文字が並んでいた。間違いなく普段自分で使っているものと同じ文字。


「ああ、見える。だけどこれは……」


「読み上げてください。貴方ならばきっと出来ます」


 何が出来るのかはわからない。でも、彼女はそれができれば二人とも助かると、そう言っている様にも思えた。


「分かった、やってみる。」


 読み上げる、ただそれだけだ。誰にでも出来ることだと思ったが、彼女はそれをしようとはしなかった。きっとこれは俺が読み上げることに意味があるんだろう。何が起こるか分からないし、何も起きないかもしれない。どっちにしろやるしかない。深呼吸を一つ、目の前の本に意識を集中する。


「……地を……穿ち、天を焦がせ。……我が手に宿りしは炎の息吹。紡ぎ出すは火炎の砲弾。」


 突き出した手の先に何か熱いものが集まってくるのが分かる。戸惑いながらも読み進める自分の声にリリィクの声が重なって聞こえた。


「焼き貫け、紅蓮の魔道砲!!」


 リリィクと共に最後の一文を読み上げた瞬間、目も眩むほどの轟炎が渦を巻き、正面に居たリザードマン達だけでなく周囲の木々をも焼き払いながら直進して行く。その炎は留まることを知らないように数秒間放出し続け、やがて小さな軌跡へと姿を変え掻き消えていった。


「何だこれ……」


 素直な感想だった。これ以外にどんな言葉も思い浮かばなかった。いや、言葉が思い浮かんだだけ良かったのかも知れない。完全に放心するよりは早く状況を判断することが出来たのだから。


 正面に居たリザードマン達は消えてなくなったが、他の場所にいた奴等が居なくなったわけじゃない。こちらを警戒するように身構え、ともすれば全員で飛び掛ってきそうな勢いだ。


「キリハラ、もう大丈夫です」


 その言葉通り、何かが炸裂する音が数回鳴ると、それと同じ数だけリザードマンが凍り付いていった。それを見た残りの奴等はあっという間に退却し、木々の奥へと姿を消した。


「姫様、ご無事ですか!?」


 銃を構え、両目を包帯で覆った少女がこちらへ駆けてくる。リリィクよりも幾らか年下だろうか?少し小柄である。


「大丈夫です、アリス。この方が守ってくださいましたから」


 リリィクの言葉を受けてアリスと呼ばれた少女がこちらを向く。


「私はリリィク姫様直属の護衛隊隊長、アリス・アコウバル・コガラシといいます。不測の事態より姫様を守っていただきありがとうございます。」


 しかし、両目を覆っていても見えるのだろうか?そんな疑問が頭をよぎり、まじまじと見つめてしまう。


「どうかしましたか?……あぁ、大丈夫です、ちゃんと見えています。そういった魔法を使っているので。」


 どうやらこの手の疑問をもたれるのは慣れているらしい。だが、あまり聞かれたくもないらしい。少々嫌そうな顔をしている。きっと始めて会う人にはいつも魔法で見えていると言わなければならないのだろう。


「キリハラ……」


 黙っているのはまずいだろう、そう言いたげにリリィクが脇腹をつつく。確かに自己紹介をされたのだから返さないといけない。


「俺は霧原、霧原勇人だ。守ったって言っても大した事はしてないぞ。」


「周囲の状況から判断して、あなたは魔道砲を撃ったんでしょう?それはすごい事なんですよ?」


 魔道砲?そういえばさっき読み上げた文章……呪文とでも言うのだろうか?あれの最後の部分にそう書いてあった気がする。確かに物凄い威力だったが、だからと言ってすごい事をしたという実感があるわけでもない。


「アリス、キリハラはこの世界に来たばかりなのです。ですから詳しい話をするために城に来ていたただかなければなりません。」


リリィクが唐突に話を変えようとする。俺が困った顔をしていたからだろうか?もしそうだとしたら、ちょっと申し訳ないな。


「なるほど、この方が伽の……」


「アリス、いつまた彼らが襲ってくるか分かりません。今は一刻も早く城に戻りましょう。」


 言葉を切られてアリスが少し不満そうな顔をする。確かに彼女が言いかけた事は気になるが、また襲われるのは勘弁だ。


「城で今言いかけた話も詳しくしてくれるんだろう?だったら早く行こう。」


「……分かりました。」


 今すぐにでも話したい、そんな表情は残したまま前に立って歩き始めた。


「さあ、行きましょうキリハラ。」


 リリィクもそれに続く。



 魔法があって、モンスターがいて……とんでもない世界に来てしまったんだな。不安がないわけじゃないが、何故だか心は期待に満ち溢れていた。昔からこんな感じの物語やゲームが好きだったから、自分をその主人公たちに自分を重ねていた妄想が現実になるかもしれないという期待に過ぎないんだが……。


「もしかしたら……なんて誰もが思うんだろうな……」


「どうかなさいましたか?」


「いや、なんでもない。」


 不思議そうにこちらを見るリリィクに続いて歩く。


 まずはこの世界のことを知ろう。元の世界に帰る方法はその後、俺がこの世界に来たことの意味を知った後でいい。昔から父親が「何事にも意味がある」と言っていた。よく聞く言葉だが、何故だかあの人が言うと妙に心に残った。だからだろうか、早く帰りたいとは微塵も思わなかった。勿論帰りたくないわけじゃない。母親のことも気がかりだ。でも、ここに来た意味を知らずに帰るなんて出来ないと思う心の方が強いと感じた。


 それと、自分に魔法が使えた事が、早く帰りたいと思う心を弱めていたのも事実だろう。新しい自分の可能性に触れることは、誰にとっても喜ばしいことで、もっと自分の物にしたいと思うのは当然だろう。あの不思議な力を自由に使いこなしてみたい。そういう欲求も、今すぐ帰る必要がないと思わせる要因の一つなのだ。




 だが、一番大きな要因は多分……



「キリハラ、考え事ですか?」


「ああ、うん、そんなところ……」


「そうですか。止めるつもりはありませんが、足元には気を付けておいてくださいね。」


「こけないように、だな?」


「はい。」


 そう、この娘のことをもっとよく知りたいと思ってしまったことだろう。それほど俺にとってリリィクは魅力的に見えたのだ。

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