第四章 研ぎ澄まされた刃の音色 2
「よしっ、着いたぞ!」
何処に着いたかといえばリリィクの部屋である。さすがにリリィクを抱えたままでは
走り回れない。いつもの服装に着替えに来たのだ。
「ありがとうございます。すぐに着替えてしまいますね。」
彼女の武器である剣もここに置いてある。ほかに必要な物はもう無いだろう。
しかし、着替え中に部屋に居るのはまずいな。そう思って部屋を出て扉の横に寄りかかって
彼女を待つことにした。
「ふう……うおわっ!」
ため息をついた瞬間扉が開き部屋の中に引きずり込まれてしまった。
「霧原!何故外に出るのですか!?」
「いや、だって、女性の着替えを見るわけにはいけない気が……リリィク?」
泣いていた。彼女は泣いていた。
「今は、私を一人にしないでください……」
「リリィク……」
「……今だけでもいいです……そばにいてください、勇人……」
黙ってリリィクを抱きしめた。
何故こんなにも彼女は……そして何故俺はこんなにも彼女に……
「勇人、父上から私の制約のことを聞いていますね。」
俯いたまま彼女が言う。
「ああ、聞いた。詳しくは聞けなかったけど攻撃魔法が使えないとか……」
「その制約を解く鍵は『一番大切な想いを伝えること』と『お互いに迷いがないこと』。
今、勇人にはたくさんの『何故』があるのでしょう?」
俺は黙って頷いた。期待されること、話しかけてくれること、いつも気にかけてくれること、
そして何よりも惹かれてしまうこと。
「その迷いが勇人にあるように、私にもあるのです。そして迷いの中で伝えた想いは刃となって
私の心を引き裂く……そんな無情な制約なのです……」
彼女は顔を上げて俺の瞳を覗き込んで言った。
「ですから、勇人が思い出してくれるまで私は待ちます、この想いを伝えることを……」
ラストダンスの相手を引き受けた時にも聞いた言葉。俺には何か忘れていることが
あるんだろうか?大切な何かを……
「もし、一生思い出せなかったら?」
「それでも構いません。私の迷いは貴方に制約を解いた姿を見られることですから……」
「そうか……」
初めて彼女の弱さを見た気がした。橋でソリドと対峙した時にだって命の危険があるにも
関わらず毅然とした態度でぶつかっていったのに、今はいずれ国を背負う王の娘じゃない。
ただの普通の女の子だ。
「すみません、すぐに着替えてしまいますね。……後ろ、向いていてください。」
すっと俺から離れるとそそくさと着替え始めてしまった。
「おっと!」
あわてて後ろを向く、が、衣擦れの音が聞こえて心臓に悪い。
「勇人、しばらくはここに帰れないような気がします。遠くまで旅をしなければならないかも
しれません。もし、道中何かあった時は、その判断を貴方に任せても良いでしょうか?」
「期待してる、ってことか?」
「はい、期待していますよ。」
今は、その言葉だけで嬉しかった。
「さあ、行きましょう、勇人!」
「ああ!」
彼女の手を取って走り出す。
ローブの襟元には王から受け取ったスピアラの紋章が小さくも力強く輝いていた。