第三章 想いと思惑 6
「リリィク、君はなんで俺なんかを……」
「……それは……貴方が思い出してくれるまで待ってください……」
よくわからない答えだった。
ともかくラストダンスの相手は俺に決まった。今はその喜びを噛み締めつつ薄暗い書庫で
一人寂しくダンスの練習をやっている。ただの大学生だった俺にダンスなど踊れるわけがない。
書棚から引っ張り出したダンスの教本を見ながら暗がりでトントンと……
「寂しいわね……」
「……言うな……」
珍しい客人がやってきた。
「地下から出てくるなんて奇跡だな。」
「あら、失礼ね。私だって外くらい出れるわ。馬鹿にしないで頂戴。」
機械人形だ。
「あなたがここで一人寂しくダンスの練習をしていると聞いて見物に来たのよ。」
「誰から聞いたんだよ。」
「ガルオムよ。書庫を覗いたらあなたが必至こいて練習してた!と、とても楽しそうだったわ。」
王、ああ王よ、貴方はなんという人だ。きっと今頃思い出し笑いで腹を抱えているに違いない。
「しかし、無様なダンスね。それじゃ恥をかくわね、間違いなく。」
「だから練習してるんだよ……」
かといって上達しているとは思えない。このままではまずい。
「そうね、私が練習相手になってもいいわ。一人では感覚も掴めないでしょう?
これでも淑女の嗜みとしてダンスの相手をしたことはあるから安心しなさい。」
そう言ってズカズカと近付いて来ると強引に手を取った。
「背、低……うぐっ!」
言い終わらないうちに足を踏みつけられた。
「あなた、ダウンサイジングした体を作ってほしいの?ん?」
「ごめんなさいもう言いません。」
しかし、本当に背が低い。間違いなくユリアルより低い。なんでも動きの効率上サイズは
小さい方が良いらしい。
「……そういえば、あなたは陽の守の出身だったね。」
「ああ、そうだけど。」
「私の友人に陽の守のお菓子を好きな子がいたわ。」
「へえ……」
「その子は今、記憶を無くして彷徨っているわ。」
「……なあ、それって……」
「伽の守人よ。」
記憶を無くして、記憶の手掛かりを求めて、他人を巻き込みながらその方法を模索している、
俺たちがこの世界に来ることになった元凶……
「……そうか……」
「あの子は今、他人の記憶を読み取って自分との繋がりを探そうとしているわ。
出会ったらまず記憶を読み取ってくるはずだから気を付けなさい。」
「対処法があるのか?」
「大事な記憶、人に知られたくない記憶は心の奥底に隠しなさい。」
「ずいぶんと大雑把だな。」
「そんなものよ。意志の強さで押し込むしかないわ。」
押し込むってどんなだよ……
「……ふぅ、まだまだね。晩餐会までまだ時間はあるわ。ギリギリまでやるわよ。」
「……はあ、はいは……あがっ!」
「あなたの為にやっているのよ。やる気を見せて頂戴。」
「はい、頑張ります!」
その後も何度も足を踏みつけられながら時間ギリギリまで練習した。
なんとか無様な姿をさらさないレベルまではいけたと思うから一応感謝しとこう。
「まあ、このくらいなら心配ないわ。時間も時間だし、もう行きなさい。」
「ああ、ありがとう。」
「ねえ、勇人。」
「何だ?」
会場に向かおうとしていた俺を何故か彼女が引き留める。
「私もソリ・アリ……ソリドと話しをしてみたいわ。」
「俺に言われてもな……」
今のところこの国でソリドとまともに話したことがあるのは俺だけだろう。
だからといって彼女を呼び出す術があるわけじゃない。
「そうね……気にしないで頂戴、自分でなんとかするわ。でも……」
ふと、うつむく。
「もしあの子に会ったら、私は何よりもあの子のことを優先するわ。
貴方達に危機が迫っていようとも、ね……」
悲しげにそう言って顔を上げる。そしてふっと笑って
「さあ、行きなさい。姫様が待ってるわ。私もすぐに行くから先に行っておいて頂戴。」
俺を無理矢理扉の方へ向けて、そして背中を押した。
「あ、ああ、行って来る!」
そのまま外に押し出され、扉が閉じた。
「ごめんなさいね……」
何故か謝罪の声が聞こえた。