第三章 想いと思惑 4
「お疲れ様です。今日はここまでにしましょう。」
「おう、そうだな。」
「お疲れ様、ですわ。」
俺は死ぬんだ。今日の訓練では本気でそう思った。リリィクとワイズマン隊長だけなら死ぬかと思ったで済ませられていたが、
そこにユリアルが加わったことによって俺の死はよりリアルに目の前に突きつけられる形になっていた。
「あ、あり……がとう……ございまし……た……」
息も絶え絶えの状態で近くの木に寄りかかった。……が、ボリッという音とともに折れた。
「勘弁してくれ……」
ユリアルが力任せに剣を振り回した結果、周囲の地面はいたる所が抉れ、多くの木は倒れていた。俺が寄りかかった木も例外ではなかったらしく、無様にも一緒に倒れることになった。
ユリアルは何も考えなしに突撃してくるタイプだ。周囲の被害は大きいが、避けることは容易かった。
問題はそれを考慮して攻撃してくるリリィクとワイズマン隊長だった。ユリアルの大振りの攻撃を避けたところに飛んでくる攻撃魔法やリリィクの攻撃、あるいはその両方。
今の俺では間違いなく防ぎきれない。そう考えて以前から練習していた加速の魔法をフルに使って回避し続けた。その甲斐あって命を繋ぎ止めることはできたが、
代償として未だかつてない疲労が襲ってきた。
「まあ、情けないですわね。」
もう何もしゃべりたくない。そう思って仰向けになって空を見た。もう日が暮れかかっている。夕日が目に染みるとはこういうことなんだろうか?
そんなどうでもいいことを考えたいくらい疲れていた。
「隣、失礼しますね。」
そう言いながらリリィクが隣に腰を下ろす。金色の髪がさらさらと揺れている。
「あれ、二人は?」
「先に戻るそうです。聞いていなかったのですか?」
一瞬でも寝てたんだろうか?ワイズマン隊長とユリアルの姿が城の中に消えるのだけが見えた。
「……いよいよ、明後日ですね。」
「そうだな……」
そう、もう魔法大会はすぐそこに迫っているのだ。俺はいったいどれくらい強くなれたんだろうか?その答えがもうすぐ出るわけだ。
「……俺、頑張るよ。」
「……どのくらいですか?」
「……できる限りさ……」
「ふふ、期待しています」
綺麗な青い瞳が俺を見つめてほほ笑んでいた。少し気恥ずかしくて目を逸らしたくなったが、こらえてじっと見つめてみた。
「まっすぐな瞳ですね。霧原はいつもまっすぐで、寄り道をすれば私が置いて行かれそうです」
「いきなりなんだよ。」
「……私にもよく分りません。ただ、何となくそう思ったのです。」
「そうか……」
彼女が目を逸らしてしまった。仕方なく空を見る。きれいな夕暮れだ。
「霧原、もう少しこうしていたのですが、今日は『ティアドロップの夜』です。
月の光が出る前に戻りましょう。」
ティアドロップの夜、それは天に浮かぶ月から恐ろしい光が降り注ぐ日のことだ。なんでもその光に触れた生物が二つ以上であれば融合してしまうのだという。
何故そんな現象が起きるのか、月に居るという『衛星の守護者』にも原因が分からないらしい。
守護龍の話にもあったように、衛星の守護者は星啜りを追って月に乗りやって来たそうだ。書庫にあった古い書物によれば、そもそもこの月は星啜りが暴走した際のカウンターとして製作されていたらしい。
しかし、この星に飛来した際に何者かの侵入を受け、装備されていた衛星砲のプログラムを大幅に書き換えられてしまったそうだ。その結果が今のティアドロップの夜なのだという。
「書き換えた人物はおそらくストラー、か……」
「月の話ですか?」
「ああ。それにストラーの名前は月に限らず何かにつけて出てくる名前でもあるし気になるんだ」
「機を見て潜み、全てを災厄に落とす者……
もしかしたら、今の時代にもまだ生きているのかもしれません。」
「機械人形が気を付けろと言っていたしな。」
衛星の守護者は今でも対処プログラムの作成に追われているそうだ。だが、現時点でできることはティアドロップ照射地点の割り出しだけ……。
管理者にも崩せないプログラムを作り上げるストラーという人物の恐ろしさを考えると、改めて、会いたくはないなと思ってしまった。
「さあ、早く戻りましょう霧原。」
「そうだな。」
これまでにも何度かティアドロップの夜を経験して分かったこと、それは彼女がこの日を嫌っているということくらいだ。
毎回のようにこの日が来るといつもより少し落ち着きがなくなる。そして、夜はいつもより早くに眠ってしまう。当然書庫で調べ物をする時間も少ない。
さらにその少ない時間が終わりに近づくにつれてイライラしているのが目に見えて分かるようになる。理由は聞けなかった。
いや、一度何故イライラしているのか聞いたが……
「いいえ、気のせいです!」
の一言で一蹴されてしまった。よほど触れられたくないことなんだろう。
「さあ、霧原!」
急かされながら後を付いて城に戻る。
彼女がこの日を嫌う理由はそれほど遠くない未来に知ることができた。
お互いに知りたい知らせたいと思ったわけではなかったが……