第三章 想いと思惑 3
なんだ?涼しいな。さっきまで走り回ってて体は暖かいを通り越して熱くなってた気がするんだが、何故か心地よい涼しさだ。まるで水辺にいて時々しぶきが当たるみたいなそんな心地よさだ。
そういえば城下町の中心部には大きな噴水があったな。よく人々が縁の部分に腰を下ろして談笑したり涼んだりしている憩いの場だ。
ああ、そうか、俺はいつの間にかそこで寝てたんだな。
そう納得しようとしてソリドに会ったのを思い出した。彼女を追いかけようとして飛び出したところで誰かにぶつかった……のは思い出したが、そこからどうなったんだ?
少なくとも噴水まで行った覚えはない。つまりは誰かが運んでくれたことになるな。
ひとまず起きようとして違和感に気付く。噴水の縁の部分は石を組み上げて造られていたはず。それなのに、何故か温かく柔らかい。
それも頭の下だけだ。体の部分は石の冷たさと固さを伝えてくる。ああ、何か前にあったなこういうこと。
この世界に来てすぐのことを思い出しながら恐る恐る目を開ける。
「あら、ようやくお目覚めですわね。」
綺麗な桃色の髪をした女の子が溌剌とした声で話しかけてくる。
「とりあえず起きてくださいまし。脚が痺れてしまいますわ。」
「あ、ああ……」
体を起こすと噴水が見える。
「ふぅ、やれやれですわ。いきなり飛び出して来たかと思えば、思いっきり剣にぶつかって気を失うなんて、
ぶつかられたわたくしの方が驚いてしまいますわ。」
立ち上がってからかう様な笑顔を浮かべてこちらを見てくる。身長は俺の顎の辺りまでしかない小柄な少女だ。
全体的に幼い印象だが、なにかしら気品のようなものを感じさせる。言葉使いからしてどこかのお嬢様とかかもしれないな。
「ごめん、今度から飛び出さないように気を付ける。」
「ええ、そうしてくださいまし。でも、魔道砲の英雄を介抱するのも悪くない経験でしたわ。」
どこの誰だか分らない人にまで知られているのか俺って……
「ふふ、わたくしはユリアル、『ユリアル・ガルマンド』。魔法剣士をやっておりますわ。
以後お見知り置きを……」
ぺこりとお辞儀をする。
「ああ、よろしく。……あれ、ガルマンドって……」
たしか西天の……
「ええ、わたくしカルメア・ガルマンド女王の娘ですわ。式典まで日にちはありますけれど、それに先立っての訪問、ということになっておりますの。
……と、いうわけですので、良ければ案内してくださいませ。」
「ああ、案内くらいならお安い御用だが……お忍びとかじゃないのか?」
一国の王の娘が他国を歩き回るというのはいささか問題があるように思えたんだが、どうやら彼女にとってはそうでもないらしい。
「ご心配無用ですわ。わたくしこの国にはよく遊びに来ておりますもの。
それに、この剣を持っている限り嫌でも目立ってしまいますわ。」
彼女が視線を足元に向ける。それを追うと彼女が持つには不釣り合いな大きさの剣があった。
彼女の身長とほぼ同じくらいの大きさをした剣、これをどうやって持つというのだろう。
「剛剣、背装……」
疑問を口にする前に呪文が唱えられ、剣は彼女の背中に吸い付けられる様に装着された。なるほど、これが魔法剣士の能力の一端か。
「魔法のおかげでこの剣を持つことができますの。さ、早く案内してくださいまし。」
「ああ……と言いたいところだが、何処に案内すればいいんだ?」
そもそもこの国にはよく遊びに来ると言っていたし、実は案内なんていらないんじゃないか?
「リリィクお姉様の所ですわ。」
「あー、今ちょうど探してるところだ。一緒に探そうか。」
「あら、散策の時間でしたのね。仕方ありませんわね、一緒に探しましょう。」
どうやらリリィクがよく街をふらついていることは知っているらしい。説明する手間が省けるのはいいことだ。
しかし、大きな剣だ。いやでも人々の視線を集めてしまう。ついでに二人とも有名人だから困る。
よく遊びに来ているだけあってユリアルのことはみんなが知っているようだし、ものすごくフレンドリィに声をかけてくる。そのついでに俺にも声がかけられる。
「おや、ガルマンドのお姫様とデートかい?やるねぇ。」
「いや、そんなのじゃないです!」
「あら、私とご一緒なのがお嫌ですの?」
「そういうことじゃない……」
すれ違う人に冷やかされるのが一番多かった気がする。
そういえば機械人形が「カルメア女王の代になってからは交流が増えた」と言っていたが、こうやってユリアルと肩を並べて歩いているのは実は彼女たちの努力のおかげなんじゃないだろうか?
もしやそれ以前は……
「あら、別に敵対していたわけじゃありませんわ。ただ交流がなかっただけですわ。」
「……まだ何もしゃべってないんだけど……」
「顔に出てますわ。」
俺の顔は万能だな。口を開かずとも自分の心情や相手に聞きたいことを伝えてくれるらしい。
「……なんか納得いかないけど納得いったよ」
「それは良かったですわ。」
お互いよく分らない感じで分かったことにしたんだと思う。そのままお互いの国のことを話しながらリリィクを探した。
リリィクはすぐに見つかった。案の定お食事中だった。王が呼んでいると伝えると渋々食事を中断してついて来た。
両手に花だとか冷やかされながらの帰りの道中、リリィクとユリアルは終始楽しそうに会話をしていた。
どうやらユリアルはリリィクのことを実の姉のように慕っているらしい。リリィクもユリアルを妹のように可愛がっているような印象だった。
仲のいい二人を羨ましく思いながら王からの任務を終えた俺は夕食にありつける喜びをかみしめていた。
とりあえず考え事が顔に出る癖は何とか治したいと思った。