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夜会の白ワイン

 こうして迎えた夜会当日。


 俺は公爵代理の兄上と共に、ロッカをエスコートして入場した。


 煌びやかな会場では貴族らが美しい衣装を着こなし、それぞれの派閥に分かれて雑談をしている。

 その殆どが、あの女の薬を飲みザラームーン病から回復したという。

 だが、回復は表面上でまだ罹患している。


 感染をさけるため、窓際に移動する。

 窓を薄く開けて空気の流れを作っていると、音楽隊が急に大きな音を出した。


 全員が会話をやめ、入り口に注目している。

 扉が大きく開き、ゆったりとした足取りで、白い夜会服に身を包んだ王太子が登場した。金の巻き毛に優しい笑みをたたえている。

 王太子は数歩進むと止まり、一礼したあとに右腕を曲げた。

 コツコツと靴音を響かせて入場したのは、真っ赤なドレスに身を包んだ女性。王太子の腕に片手を置き、もう片手はドレスの裾をつかみ、一礼する。

 顔をあげ、勝ち誇ったように微笑んだ――研究主任アファリシア。


「……メーヌリス。落ち着いて」


 ロッカに言われて、身体が震えていることにようやく気が付く。


「わたしを見て。ゆっくり息を吸うの、大丈夫だよ」


 ロッカの長い銀髪は美しく結い上げられ、カンロ草の生花が飾られている。瞳と同じ、ぬけるような青さのドレスに銀刺繍とパールが散りばめられ、まるで絵物語の妖精のようだ。


 一方の俺は、公爵家の色である漆黒の夜会服に金刺繍のハンカチを胸に挿し、耳が見えるように前髪を後ろに流している。家の紋章が入った金のイヤーカフは、王太子に話しかけるための後ろ盾だ。


 音楽が変わり、王太子のファーストダンスが始まる。


 ダンス後は奥に見える1段上のソファ席に移動し、王太子は貴族らと自由に会話する時間を設けるという。

 兄上があの女にダンスを申し込み、王太子が1人になった隙に俺たちが特効薬を飲ませる手はずだった。


 だが、あの女はダンスの申し込みを断った。


 会場内がどよめく。

 各所から「平民あがりが」「思いあがって」「作法も分からないとは」などと批判的なざわめきが広がった。

 戻って来た兄上によると、ファーストダンスだけは付け焼刃で練習したものの、他のダンスは一切踊れないのが理由とのこと。


「こうなっては仕方がない。ワタシが殿下にメーヌリスと魔女様を紹介するという形に持って行こう」


 こうして会話の順番を待つ列に入った。

 が、一向に動かない。


 待つのに飽きてきたとロッカが言い、お腹をさすった。

 それを見た兄上が従業員に声をかける。白ワインと軽食が供された。


 スッキリとした飲み口の白ワイン。甘さは控えめで、夜会に合わせているのだろう。軽食はシンプルで、薄く切られたチーズの上にトマトとオイルを乗せたもの。食べてから改めて白ワインを少し含む。

 口の中で世界が完成された。

 こんなにシンプルなのに、どこまでも美味い。

 そういえばギミッシュでは白ワインは醸造して無かったよな……と思いロッカを見ると、ニンマリとした笑みを浮かべていた。


「……これ、いい。銀嶺の魔女がおいしいレベル」


 どうやら初めて飲んだ白ワインが、相当お気に召したらしい。

 と。


「――失礼、ちょっとよろしいですかな? 今、魔女がどうのと言うておられたようですが……」


 後ろに並んでいた老人が、声をかけてきた。

 シックな帽子に眼鏡、顔は全面ヒゲに覆われており、腰を曲げて杖をついている。やや怪しい格好だが、夜会は招待制のため身元はしっかりしているはずだ。


 老人と会話をすると、魔女トーリンタオの名が出た。

 おばあ様との友情話は、老人の世代では有名らしい。


 関連してザラームーン病に話が移る。老人も先の承認薬を飲み回復したが、最近妙に息切れがするという。


 やはりそうだ。


 最初に罹患した貴族30名は、あの女の薬で一時的に回復したと見せかけ、内面は悪化し続けている。

 そろそろ表層に症状が出てくる頃だ。


 俺とロッカは事情を説明して特効薬の壜を渡した。

 この場にいる貴族全員に配布できるように、あらかじめ事務局を通して運びこんでいたのだ。


 この老人というのがおそろしく顔が広く、待ち時間の間にどんどんと『ザラームーン病から一度は回復した貴族』を連れて来た。

 説明をくり返して特効薬を渡す。

 皆、だるさや咳や熱などの症状が出てきているらしく、俺たちの話を信じてくれた。

 芋づる式に貴族らが集まり、王太子のソファ席よりもこちらの方に人だかりができた。涙ながらに感謝する貴族らと握手を交わす。


 すると。


 人だかりを割って王太子本人がこちらに歩いてくるのが見えた。

 あの女を、エスコートしながら。


 すこし間隔をあけて立ち止まる。


「ふふっ。なにか、面白い話でも、しているのかい?」

 王太子が一言発するだけで、辺りが静まり返った。


 俺はとっさに兄上を見たが、ギュッと目を閉じ、息を深く吐く。


 頼るな。

 覚悟を決めろ。


 これは――、俺が成すべきことだ。


 拝礼の姿勢をとる。


「お初にお目にかかります。特級創薬師のメーヌリスと申します。特級の規約に基づき、家門を名乗らぬことをお許しください」


 首をすこし傾け、公爵家の紋が入ったイヤーカフを見せる。

 ほう、と言うように目を開いた王太子。

 一方、隣に立つ女はワナワナと震えながら俺を指さした。


「メーヌリス……ってアンタ、あのメーヌリスなの?!? 北の辺境に飛んだはずじゃなかったの?!」


 無視する。


「殿下におかれましては、先の承認薬にてザラームーン病から回復されたとのこと。心よりお祝い申し上げます……それが『本当の回復』であればの話ですが…」


「ふふっ。面白いことを言うね、君」


「戯言とお聞き流しくださるなら結構な事でございます。その承認薬は、俺がかつて宮廷研究所で作った出来損ないです。表面上は回復に見えても内面は悪化し続けます。いずれは急激に症状が出て死にー…」


「メーヌリス!! アンタ、あたしに偽物をつかませたのね!?! 死ぬとかそんなこと、なんにも聞いてないもの!! あたしの事好きだったくせに、嫉妬したのね?! 誰かこいつを捕まえて! 死刑よ!!」


 凍り付いたように誰も動かない。


 というか、好き?

 嫉妬??

 何の話だ……ふざけるなよこの女。


 俺の唯一は、もう決めてある。


 ロッカに腕を差し出す。

 エスコートの練習通り、ロッカが俺の腕にそっと手を添えてくれた。


「こちらは霊峰セリブロガラーに住む1級創薬師です。彼女と手を取り合い、俺はザラームーン病の特効薬を創り上げました。先の承認薬との飲み合わせは問題ありません。殿下に、この壜を献上いたします」


「ウソよッ!! そんなもの!! 偽物に決まってるわ!!」

 王太子を押しのけて女がズカズカと歩いてきた。


 すさまじい勢いで俺から特効薬を奪うと、大きく腕を上げて壜を叩きつける姿勢に入る―!


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