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ツェランセ

 差し込む光で目が覚めた。

 久々に、熟睡した気がする。


 公爵家の俺の部屋は、なにひとつ変わらずに保管されていた。

 特級にあがってから一度も帰らなかったのに、蜘蛛の巣ひとつかかっていない。

 薬草図鑑がぎっしり入った本棚を見ながら、しばらく家族について考えを巡らせた。


 俺は、もしかしなくても子供だったのだろう。


 実際特級にあがったのは、今のロッカと同じ16歳の時だった。大人になったつもりで、全部自分でやろうとしていた。

 壊れていった4年間。

 無謀な量の精製仕事も、研究への嘲りや否定も、もっと早い段階で父上や兄上に相談していたら何かが違っていたかもしれない。


 よくよく思いかえすと、宮廷研究所は敷地のはずれにあるから、中央職の父上や兄上とすれ違うなんて、ありえないのだ。

 宮廷では見守られ、静かに手を回してもらっていた。

 部屋はいつ帰ってもいいように掃除され、急な帰宅にもかかわらず好物ばかりが並ぶ。


 俺はもしかしなくても愛されているし、今度はもう、間違えない。

 絶対に。


 父上を診たあと、馬車で宮廷へと向かう。

 事務局を訪ねると、兄上が既に使者を立てていたため応接室に通された。

 テーブルにはハーブティーと菓子がセットされており、対面のソファには事務局長が座っている。ふくよかな体躯のおじいさんだ。太くて白い眉毛に、白ヒゲをたくわえている。


 特効薬と経過観察書をテーブルに出すと、局長は壜を一瞥し、書類も見ずにヒゲをなでつけた。


「ザラームーン病の薬は既に承認されていますな。つい最近の事でしてね。えー…、もうひとつというのは…そうですなぁ……。近年は創薬レシピを盗むなどというけしからん事件もありましてのぉ。同じ病気に対する似た効果の薬は、承認に半年の間を空ける決まりでしてな……」


 俺の左右に座っている兄上とロッカの雰囲気がピリリと変わった。

 大丈夫、想定内だ。


「承認されたのは宮廷研究所・研究主任アファリシア様の薬ですね?」

 確信を持っているような言い方をすると、局長はあっさり肯定した。


 俺は、深刻そうな顔を作りうつむく。

「そうですか。やはり……、いや、何でもないです」


 兄上が俺の肩に手を乗せ、大げさに嘆く。

「おおメーヌリス! 仕方のない事だ。いくらあの薬に問題があったとしても承認されては後の祭りだ。大人しく退出するとしよう」


「――どういう事ですかな?」

 局長は目の色を変えて身を乗り出す。

 昨夜の打ち合わせ通りの展開だ。


 俺はコホンと咳払いすると、右側に座るロッカを手のひらで示した。


「こちらは霊峰セリブロガラーのふもとで働く1級創薬師です。この壜は、彼女の協力のもと霊峰特有の薬草を用いて創薬した、ザラームーン病の『特効薬』です。レシピも精製過程も作用も異なります。先に承認された薬とは完全に別物です。経過観察書をご覧ください。先の承認薬よりも数段効能が優れ、完治可能です」


 局長は、ようやく書類を見た。

 しばらくページをめくると退出し、別の書類を持ってきた。

 おそらくあの女の申請書だろう。

 局長はページを幾度も見比べ、やがて目を閉じ、ヒゲをなでつけながら大きく息を吐いた。


「これは……、全くの別物ですな。ザラームーン病が流行している今、まさに必要な薬といえますぞ。すぐに量産の準備を」


 認められた……!

 ほっと胸をなでおろす。


「――して、その『問題』とやらは?」


 俺はこれまでの経緯を洗いざらい話した。

 しかし話が進むごとに、局長の顔色はどんどん悪くなっていく。


 もう既に、あの女が創薬した薬は王太子が飲んだという。

 少し回復したものを完全回復と信じた王太子が、彼女との婚約を宣言したらしい。

 予想した中で最悪の展開だ。

 このままでは王太子の体は、表面上は回復したように見せかけ内側はどんどん蝕まれていく。それが表層に出たとたん体調が悪化し、今度こそ死に至るだろう。


 局長は、先の承認薬とこの特効薬との飲み合わせを聞いてきた。


 それはもちろん大丈夫だが、王太子に秘密裏に飲ませて全てがあの女の功績とされるのは、不愉快どころの話じゃない。

 ただ、飲み合わせが駄目と言えば、王太子は死ぬし俺は噓つきだ。

 どう答えたものか……。


 と。

 ロッカが手を挙げた。

「……その問いには、わたしが答える」


 俺は驚いて、局長は鋭い目つきで、それぞれロッカを見る。


「わたしは霊峰で10年創薬してきた。経験からいうと、あの薬は未完成。でも、セリブロガラーの特殊薬草を飲めば完成する。でもその薬草……、わたしとメーヌリスしか扱えない」


 え??


 そんな薬草があるのか?!


 驚く俺の腕を、兄上が小突く。

 見ると兄上はすました顔で前を向いていた。顔に出しすぎだと警告された気がして、心を落ち着ける。


 局長は押し黙り、考え込んでいる。


「……飲むのは早くした方がいい。体は弱ってる、今もずっと」


 ロッカの言葉が決め手となったのか、局長は顔をあげた。

「かのお方の、直近の謁見予約は全て埋まっておる。じゃが3日後、夜会が開かれる予定でしてな。――王太子の回復と婚約を祝う夜会に、創薬師の方々も是非ご出席願いたい」


 局長は退出し、ロッカと俺と兄上の3人だけになった。


 喉が渇いたとロッカが言うので、ハーブティーを勧める。

 俺もせっかくだから菓子とともにいただく。


 ハーブティーは清涼感のあるスォウ草とほか数種類。爽やかな香りが鼻を通り抜ける。

 焼き菓子のツェランセはバターをふんだんに使用し、しっとりした生地が舌のうえでサラサラとほどける。南の柑橘皮が練り込んであるようで、ほのかな酸味が食欲を刺激する。美味い。


 俺はツェランセを食べているロッカに、特殊薬草のことを聞いた。

「あのもう一息のレシピに足すだけでいいなら、もっと早く特効薬を創薬できたのに。それに俺、そんな特殊な薬草扱ってたかな」


「……ウソだよ」

「………。は、」


「近づけるから。王太子に。飲ませるのは特効薬でいいよ。それでメーヌリスが言えばいい。王太子に、騙されてるって」


 兄上が、クツクツと笑い出した。

 笑い声は次第に大きくなり、腹まで抱えて足をバタつかせている。

 ひとしきり笑ったあと、笑いついでに特効薬配布の段取りをつけてくると言い兄上は退出した。


 去り際に『徒歩でも馬でも馬車でもいいから好きに帰れ』と言い残され、俺は徒歩を選んだ。


 ギミッシュでそうしていたように、ロッカと並んで歩く。

 ザラームーン病が流行しているため人通りはほとんど無い。だが薬草店だけは盛況とみえ、大量に薬草が並んでいる。南の地方にしか生えない薬草をいくつもロッカに紹介できた。

 学生時代よく訪れていた噴水広場を案内し、観光名所の旧ラテル邸では薬草園を散策する。


「……メーヌリス。あのバターのお菓子、お土産にほしい」

「バター? ツェランセの事か?」


「うん。新しい銀嶺の魔女がおいしいレベルに、認定」

「そうだな。『特級創薬師がおいしいレベル』にも認定しよう」


 笑い合いながら土産を買って帰ると、メイド長のユーラが待ち構えていた。

 俺たちがぶらぶら歩いて帰るうちに情報が届いたらしい。

 夜会服の仕立てにエスコートの練習、ダンスの特訓まで始まり俺たちは悲鳴をあげた。


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