香草のマリネ
騎士の病状観察結果は良好だ。
特効薬が劇的な効果を発揮し、咳は日中で4回、睡眠中は0回にまで下がっている。
回復したと判断して良いだろう。
朝日をまぶしく感じながら精製室に入ると、ドドドンと大量の特効薬が鎮座している……。
昨夜のことは夢や幻などではなく、どうやら本当らしい。
精製薬品の一般使用承認は、特級創薬師が精製したものに限り、1人以上の患者の回復を示す事で認められている。
騎士の経過観察で条件を満たしたため、宮廷事務局へ提出すればすぐに使えるのだ。
俺は出勤してきた職員らと共に壜の数をかぞえた。
最速で王都に持って行くぶんと馬車で持って行くぶん、ギミッシュに残すぶんに分ける。
雪解けが終わったギミッシュから王都へは、駿馬で6日。
幸いにも、騎士が乗って来た駿馬がある。馬はエルモライの家で世話してくれていた。
まず俺が馬で王都に行く。
王太子と父上、国王側近らに特効薬を処方する。
それから馬車で特効薬が届き次第、すべての病人に配布する。
足りない分は王都で精製すればいい。こちらから持って行くのはセリブロガラーの特殊薬草だけだ。他の使用薬草は王都でも売っている。
と、いう段取りを整えたところでロッカが起きてきた。
出立前に話せて良かったと思い別れの挨拶をする。
すると彼女は、一緒に行くと言い出した。
「……特効薬も少なすぎ。もっと増やして」
「いや、これ以上は馬の負担になるから。2人乗りもちょっと……」
「メーヌリス。わたしのこと、もっと買いかぶるべきだよ」
「買いかぶる?」
特効薬を増やしてくれた以上に『何か』ができるという事か?
魔女は願うだけで植物を育て、創薬し、魔法を――。
「まさか! 飛べるのか…?! 空……」
「飛べない。でも、やってみる価値はある」
ロッカは職員に指示し、馬車で持って行く予定の特効薬をすべて大広場まで運ばせた。
大広場の銅像は雪がなくなり、その造形があらわになっている。
女性の銅像だ。セリブロガラーの山頂へと目線をあげ、右手は胸に、左手は王都の方角に流している。
なんとなく形に見覚えがある銅像だと思っていたが、改めてじっくり見てみると、公爵家の庭に置いてある銅像に酷似している。
ただし公爵家のほうは男で、手や目線がぜんぶ反対向きだったと思う。
銅像の前に、曲線を描くように、特効薬入りの箱が積み重なっていく。
俺はロッカに言われた通り、箱のはじに手を置いて反対の手で銅像に触れた。ロッカも箱の反対はじに手を置き、別な手で銅像に触れている。ちょうど円環になるような形だ。
「……いけそう。みんな離れて、飛ぶよ」
ロッカがそう言ったとたん。
周囲の景色が変わった。
整えられた草むら。
どこかの庭だ。
草木の間に見えるガラス張りの離れ。
懐かしい匂い。
ここは――。
「――メーヌリス?!!」
呼ばれた方向を見る。
大きな屋敷を背に、驚愕の表情を浮かべた男が立っている。
整えられた身なり。
漆黒の長髪を結ぶ、いつもの飾り紐。
「兄上!!」
俺は兄上のもとに走り、服をつかんでゆさぶった。
「父上の容体は?! すぐに診せてください! あっ、俺、ギミッシュで、作ったんです! 特効薬が、ロッカが飛ばしてくれて、だからすぐ」
「あぁ、あぁもう揺さぶらないで一旦落ち着きなさい! ワタシも落ち着くから!! ……はぁ。まずはそちらの女性をご紹介願おうか」
俺はロッカを紹介し、ロッカにも公爵家嫡男ヴャトルグィーだと紹介する。
兄上はしばらくロッカを眺めると、顎に手をあてて「もしや」と言った。
「貴女はトーリンタオ・セリブロロス様のー…」
「……孫です」
ロッカはペコリとお辞儀し、箱と大量の壜をゆびさす。
「……この壜は、ザラームーン病の特効薬。メーヌリスと沢山つくった。呼びに来た騎士も治した。使ってほしい、皆に」
兄上が隣の俺に、疑問の視線を投げかける。
俺は、つい反射的に目線を外してしまった。
いつも宮廷ですれ違う時に、そうしていたように……。
意を決して、バッと顔をあげる――、兄上の目を見るんだ。誇れ!!
俺はやり遂げた。
長年の夢を、完成させたんだ!
「彼女の力をかりて、ようやく出来上がりました」
「そうか……そうか! よくやった、流石は我が弟だ」
兄上は目尻を細めて頷き、拝礼の姿勢をとった。
「我が家の騎士クラーヴを助けていただき感謝申し上げます魔女様。大したおもてなしも出来ませんが是非とも家の中へ……。メーヌリス、父上は離れだ。――ユーラ! ユーラはいるか!」
メイド長の名を呼びながら、兄上は大股で屋敷へ戻っていく。
俺は特効薬の壜をひとつ持ち、ロッカの手をひいてガラス張りの離れに向かった。
おばあ様と同じようにベッドに横たわった父上……。
泣きそうになるのをこらえ、特効薬の事を伝えて飲んでもらう。幸いにも症状は軽そうだった。
ロッカを紹介する。
すると、そこでもまたトーリンタオ・セリブロロスの名が出た。
トーリンタオ様には生前、我が母と懇意にしていただき……、という初耳の話を聞く。
かつておばあさまと仲が良かったトーリンタオ様が、自分の家から公爵家まで簡単に移動できるように、あの銅像を作ったらしい。
そして俺が左遷だと思っていたギミッシュ行きは、本来はもっと別の地に飛ばされるところを父上と兄上が手を回して変更したらしい。
以前交流があった、伝説が生きる最北の地へ。
必要があれば秘密裏に帰れるように。手紙も出して。
「メーヌリスも魔女様魔女様と懐いていただろう。覚えていないか? よくこの離れに来ては創薬の…ッゴホッ! ゴホゴホッ! ……っ特級にあがってザラームーンの特効薬を創ると宣言した事もあっただろう」
「――あっ!」
思い出した。
おばあ様のとなりで、俺に微笑んでくれていた――銀髪で青い目の女性。あの人がトーリンタオ・セリブロロス……。
ロッカを見ると、彼女は首をかたむけて肩をすくめた。
「……聞いてたから。おばあちゃんから、メーヌリスのこと」
久々に食べる公爵家の食事は、俺の好物ばかりだった。
特に香草のマリネ。
花が薬草として使われる根菜を茹でて、薬草としても高い効果の香草や葉などを、甘みのあるカンロ草入りの酢で和えてある。
懐かしい味だ。久々に食べた。
湯を浴び、就寝の挨拶をするため、彼女に充てられた部屋へと向かう。
戸口で食事の感想をきくと、ロッカは香草のマリネを挙げた。
「……ぜんぶ薬草。あれは、ワザだね。銀嶺の魔女がおいしいレベル」
「口に合って良かった。俺も好物なんだ。それに……、特効薬も本当にありがとう。改めてお礼を言わせてくれ」
「うん。もう安心だね。おつかされま、メーヌリス」
おやすみを言い合い、扉が閉まる。
俺は、向きを変えて歩き始めた。
兄上のことだから、今日すでに宮廷へと使者を出しただろう。明日は朝から宮廷事務局に行くはずだ。
元上司の企みを阻止するため、俺は兄上がいるであろう執務室へと向かった。




