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黒パンのサンド

 俺とロッカとエルモライが研究所に到着すると、忙しなく動いていた職員たちが一斉にこちらを見た。

 ロッカの姿を認めると、皆がホッと息をつく。


「……患者は?」

 ロッカの問いに職員が手をあげ、1階の奥に目線をやった。


「向こうの迎賓室に隔離しています」


 ザラームーン病は空気感染する。

 とはいえ、屋外ですれ違った程度では感染しない。

 感染者と密室で長時間話すと罹患し、約20日の潜伏期間後に発症することが知られている。

 感染の危険があるのは家族や恋人、そして定期診察する医師だ。彼らは発症をおそれて診断後は定期診察を断る。


 だからこの病気自体、あまり研究が進んでいない。


 病気が進行していくと、自分では止められないほどの咳が続き、そのうち血を吐き、衰弱して死んでいく。


 俺は急いで自分の部屋に走り、机の上にある薬壜を持ち上げた。

 昨日精製が終わったばかりのそれを握りしめ、目を閉じる。


 おばあ様――。


 寂しくないようにと父上が造らせた、ガラス張りの隔離室。

 小さい頃の俺が見た、ザラームーン病の全てをこの結晶液に精製した。


 どうか効いてくれ。


 走って戻ると、ロッカが布にシレカ葉を包んでいた。

 清浄効果のある葉だ。ありがたい。

 鼻と口を覆うように布ごと巻きつける。


 迎賓室に入るとすぐの床に、騎士の格好をした男がうつ伏せのまま倒れていた。

 呼吸が浅く、耳が真っ赤だ。発熱している。

 仰向けにしようと腕を持ち上げたとたん、咳発作が始まった。咳するたびに騎士の体が跳ねる。


「エルモライ! 扉を閉めろ!! ロッカは窓を開けてくれ!」


 指示をしながら仰向けにする。

 咳が終わるのを待ち、薬壜から適量を男に飲ませる。続いて咳止めと解熱薬。

 ゴクリと喉が鳴った事を確認し、騎士服を脱がせた。

 扉の隙間から大きな布を渡してもらい、片ひじソファ2台と足置きを繋げて簡易ベッドを作る。そこに男を寝かせて、氷袋を額に乗せた。


 ひとまずはこれでいいだろう。


 迎賓室から出て職員らと協議した結果、男の看病は俺が全面的に請け負う事に決まった。

 この研究所に寝泊まりしているのは俺しかいないし、なにより、出来上がったばかりの特効薬を試し観察するいい機会だ。


 数日間。

 昼は男を看病し、夜は男を観察し続けた。


 おばあ様のようなガラス張りの離れは無いから、レシカ葉の布を顔に巻きつつ、屋外の窓から迎賓室の中を眺める。

 見た目は完全に不審者だったから、昨夜などは街の自警団がやってきて尋問された。俺が研究者だとわかると、紛らわしいと悪態をついて帰っていった……。


 思い出して苦笑していると、日没後に帰ったはずのエルモライが、柵の向こう側から声をかけてきた。柵の前まで行く。

 エルモライは、持っていた籠を俺に差し出した。


「差し入れです、私の妻が作りました。ひいき目を抜いても銀嶺の魔女がおいしいレベルですよ。看病もほどほどにして下さいね」


「ありがとう。いただくよ」

 窓の下に座り、籠にかかっていた布をどける。


 陶器に入った液体は温めた山羊ミルクだ。飲むとじんわり体が温まる。

 隣に入っていた黒パンのサンドを持ち上げる。はさんであるのはチーズとナール葉。あとは薄い……肉か?

 かぶりと噛みつく。


「んッ!」


 噛めば噛むほどに、塩気と汁気が口の中に広がっていく。黒パンがそれを吸って柔らかくなり、全体がしっとり馴染む。

 かなり美味しい。

 この肉はたぶん、塩で干したトナカイ肉を戻したものだろう。塩気と濃いチーズが非常に合う。

 たまにくるナール葉のシャキシャキ感も良い。飽きずにいくらでも食べられる。


 全部食い終わってから、ランプをかざして観察記録を眺めた。


 男の発熱は完全におさまり、咳発作の回数も明らかに減っている。

 食欲もあるようだし、そろそろギミッシュに来た理由を問いただしてもいい頃だろう。


 ――翌日。

 山から降りて来たロッカとともに、男との会話を試みた。


 迎賓室に入ると、男は簡易ベッドに横になったまま、申し訳なさそうに会釈した。持ち込んだ椅子に座り、質問をはじめる。

 男が咳を我慢しながら語ったのは、到底信じられないような話だった。


 王都でザラームーン病が流行している。


 特に王宮の夜会に出席していた貴族中心に罹患しており、男が仕えているシュヴァルティア公爵も発症したという。


「父上が……!?」


 サッと血の気が引いた俺の手を、ロッカがギュッと握る。

「……ダメ。メーヌリス。しっかりして。話をきいて」


 16才の少女に励まされて情けない。

 けれど。

「ありがとうロッカ。――騎士殿。話を続けてほしい」


 騎士が続けた話はこうだ。


 主に夜会を仕切っていた王太子も発症してしまい、国王は宮廷研究所にザラームーン病に効く薬の創薬を求めた。この依頼に手を挙げたのは、研究主任のアファリシアであった。


「――なんでだよ!!」


 今度こそ立ち上がる。

 気が気じゃない。


「あの女、俺の研究を散々バカにして、否定して! クソみてえな量の精製を押し付けて!! 俺を傀儡にして公爵家を乗っ取るだのなんだの陰でこそこそ言いやがって! 宮廷を追い出して、なのに!!」

「……メーヌリス。痛い」


「! あっ……」

 ロッカの手を放す。


 騎士がハッとしたように言った。


「アファリシア様は我が主に、ザラームーン病の創薬研究は一定の成果が出ているから任せてほしいと言ったそうです。我が主は懐疑的でした。もしかしたらご子息殿との共同研究を、自分1人の成果と言い張っているのではないかと。それで確認をしようとー…」


「あんな女と共同研究なんかしてない! 頼まれたってお断りだ!!」


 黙って聞いていたロッカが顔をあげた。

「……もしかして、盗まれてるかも。資料」


 室内がシンと静まり返る。


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