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春限定コース料理

 おそるおそる、封筒に指を入れる。

 出てきたのは1枚の便箋と写し絵だった。


 公爵・イグアダロテ・シュヴァルティアの名で、近々息子のメーヌリスがそちらに赴く、よろしく頼む、という短い文章が綴られている。

 そして俺の顔の写し絵。

 すぐに、公爵家の食堂に飾られている家族集合絵画の写しだと分かった。


 視界の端にサラリと、銀の髪がゆれる。

「……わたし、頼まれてるから。メーヌリスは、何したい?」

 便箋を折りたたみ、封筒に戻す。


 特級にあがった事で――家門を名乗ることを禁じられた時点で――縁を切ったと勝手に思っていた。

 父上や兄上と宮廷ですれ違っても、目も合わせなかった。合わせられないと思っていた。

 願っていた成果も出せず、薬品を精製するための機械みたいに働いて、それすらも上司や同僚に嘲られて。

 ギミッシュへの赴任を命じられた時だって! 家に。帰ることすらしなかったのに。


 案じてくれていたんだ……父上。


 ゆっくり、顔をあげる。

 今度こそまっすぐ、青い瞳を見つめる。

 俺が。


 本当にやりたい事は、


「ザラームーン病の特効薬を創りたい」

「うん」


「おばあ様は救えなかった……けど。まだ病気に苦しんでいる人がいる」

「うん」


「もう一息なんだ。試してないのは、セリブロガラーにしか生えない特殊薬草だけだ。だから俺に……! 薬草を使用する許可を、どうか」


 頭を下げたとたん、

「いいよ」

 少女はあっさりと許可を出した。


 俺のカップにハーブティーを注ぐと立ち上がり、薬草瓶がぎっしりと詰まった棚からいくつかを取り出しはじめる。

 俺の目の前に置かれたのは、図鑑でしか見たことがない葉。不完全なかたちで宮廷研究所に残っていた乾燥花の完全体。初めて見る実。そのほか全部が、霊峰セリブロガラーでしか採集できない特殊なものだ。


 俺たちは薬草があふれかえった小屋で、ザラームーン病についての議論を交わした。


 王都で手に入る薬草は全部試した俺と、逆にセリブロガラーの薬草だけに詳しく他の地域を知らないロッカ。

 力を合わせれば、今まで誰も成し得なかった特効薬が完成するかも知れない。

 そう思わせるのに充分な会話だった。


 その日から、俺の生活は変わった。

 精製の道具がいつでも使える研究所の仮眠室は、正式に俺の部屋となった。日常の雑務を率先して請け負う代わりに、日が暮れたあとは研究所の道具を好きに使い、試作をくり返す。

 ロッカは実験結果を聞きに、週にいちどは山から降りてくるようになった。副所長のエルモライには大変な感謝をされた。


 数か月が経ち、季節はゆっくりと春に向かっていく。


 霊峰の雪解けが始まった。

 研究所員どころか門番や自警団などが総出で雪解け水を確保するというイベントも初めて体験した。


 すこし日が長くなったギミッシュの通りを、ロッカと並んで歩く。


 たいていの人々が彼女に気づき、その銀の髪をひとすじ掬いあげて口につける。

 子供の熱を下げてくれた礼。

 祖父の足を治してくれた礼。

 持病の薬を創薬してもらった礼。

 様々な感謝を述べた。


 彼女は幼いころから、今は亡き祖母に創薬を教わっており、街のほとんどの住民が祖母やロッカの創薬に感謝しているのだという。


「……王都で、メーヌリスが徹夜した薬も、皆の役に立ってる。きっと」

「そうかな」


「うん。絶対そう」


 ギミッシュ赴任の経緯をロッカに初めて話した時は、あまりの苦しさに泣いてしまった。

 けれど、やりたかった研究を思う存分続けていくうちに、ずいぶんと心が癒された。そう感じる。


 雪がとけたレンガの大通りから王都の方角を見ると、地平線まで続く平野が一望できた。

 途切れ途切れになっている頼りない道の上に、小さな点が……、おそらく馬に乗った誰かが、少しづつ動いている。

 その上を広大な雲の影が移ろう。

 陰影。

 大自然。

 夕暮れ。

 これまでの何もかもが、遠い出来事のようだ。

 王都には、もう戻らないかもしれない。


 視線を前に戻すと、ロッカがすこし坂をくだった所で立ち止まっていた。

 高級そうなレストランだ。

 入ったことはない。


「……今日は、メーヌリスとお祝いだから」

 ロッカはこちらを見て、ニンマリと笑った。


 最近気づいたことだが、彼女がこの笑い方をするのは『銀嶺の魔女がおいしいレベル』の食事を俺に紹介する時だけだ。

 つまり、ギミッシュを自慢したい時の顔ともいえる。


 ――カラン。

 扉の鐘が控えめに鳴る。

 やはり高級そうな店内にどうにか腰を落ち着けると、ロッカは早速店員を呼んだ。


「……ワイン。あと春限定のコース。ジュレ多めで。マジョンタは2個にして。1個はクリームが入ってると嬉しい」


 端的な注文方法に、初めて会った時を思い出して笑みをこぼす。


 テーブルにカトラリーが数種類並べられ、一体何が出てくるのだろうと期待していると、最初に出てきたのは野菜だった。

 冬の間に屋内施設で育てられているナールの葉のサラダ。

 上には透明なジュレがたっぷりかけられている。

 フォークで葉をすくい、口に運ぶ。


「!!」


 少しシャリっとしたジュレ。

 軽やかな甘みはすぐに溶け、後味も残さない。


「これはー…。まさか、雪解け水か?」

「そう。春限定」


 王都では稀少価値が高いそれを、惜しげもなく食べ物に使用するとは。

 しかもメインではなくドレッシング。


 驚いたのは、コース料理のどれにもこのジュレがかかっている事だった。口の中に入れた瞬間の甘みが、素材の旨味を存分に引き出しつつ、後味なく消えていく。

 最後のマジョンタには、別の小瓶でジュレと蜂蜜がついてきた。

 どれも美味かった。

 ワインも丁度飲み終わる。


 良い夕飯に満足していると、急にバンと勢いよくレストランの扉が開いた。

 鐘が乱暴に鳴り響く。

 入ってきたのはエルモライで、大股でズカズカと俺たちの席に来た。


「大変です、すぐに研究所へ!」


 ロッカがどうしたのか聞くと、エルモライは苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「王都からの使者です。……ザラームーン病に罹患しています」


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