マジョンタ
今日も雪がちらついている。
俺は坂をのぼっていた。
巨大な『手』のような都市構造のギミッシュは、坂の頂上にあたる手のひら部分に大広場がある。
広場の中央には大きな銅像が鎮座しているが、頭にも腕にも雪が積もりすぎていて、何の銅像かは分からない。
その銅像をぐるりと囲むように、休日の朝市が開催されていた。
色とりどりのテントを渡り歩き、観光気分で花屋を探す。
たいていの花屋は、薬草とは知らずに花として商品を置いている。
花の看板を掲げている店を覗くと、やはりカンロ草の花が置いてあった。
こいつは精製に使える。
創薬師なら喜ばない奴はいないだろう。
続いて菓子の店を探し、この地方の伝統菓子・マジョンタを購入する。
味見をさせてもらい、いちごジャム入りのマジョンタを購入する。銀嶺の魔女がおいしいレベルかどうかは分からないが、手土産としては及第点だろう。
大広場からもう少し坂をのぼると、入山門に到着した。許可証を見せる。
巨大な門が、音をたててゆっくりと開いた。
門番にきくと、山の中腹までは直線の道で迷うことはないらしい。
謎の木の板を渡され、靴に巻き付けろと言われたが俺はそのまま歩き出した。
5分もたたずに景色が変わる。
新雪が積もり、道が消えている……。
とにかく動くごとにズボズボと膝丈まで埋まった。
雪から足を抜くと、抜いたところにサラサラと雪が入り込み足跡が消える。
にっちもさっちもいかない。
ハッと気付いて、門番にもらった木の板を靴に巻き付ける。
歩き出すと、不思議なことに雪の上に立つことができた。一瞬、魔法のようだと興奮したが、板は雪でツルツル滑り、なかなか進めない。
悪戦苦闘しつつ数十分後。小屋が見えたときは心底ほっとした。
気が抜けて、体のバランスが保てない。
「ぅわっ!!」
――バフン!
盛大に雪に埋もれてしまった。
しかも思った以上に全身が疲れていて、どうやら動けなさそうだ。そのまま少し休んでいると、サクサクと雪を踏む音が聞こえてきた。
「……メーヌリス…」
リーインロッカの声だ。
「……寝てる?」
「寝てない。助けてくれ」
リーインロッカは俺の手をつかみ、存外強い力で引きあげた。
腰までのびている銀の髪が、陽の光にキラキラとまたたく。
研究支部という名の小屋に入る。
むせかえるような薬草の香り――。さかさまにして乾燥させている薬草、砕いて瓶に詰められている薬草、本に押しはさまれている薬草、鉢植えで育てられている薬草……。
彼女は暖炉にかけてあった鉄瓶を持ち上げ、カップに茶を注いだ。
俺もマジョンタを出し、それからカンロ草を渡す。
「……ありがとう。朝市だね。ギギの奥さんの花屋。違う?」
喜んでもらえたようだ。
リーインロッカは花の数をかぞえると、ひとつ千切り、束を逆さにして柱にかけた。花の数を奇数にすることで乾燥が早まる……そんな迷信じみた行為も、銀の髪をのばした可憐な少女が行うと神聖な儀式のようだった。
スパイスハーブティーを飲みながら、2人でマジョンタを食べる。
昨日も、今日も思ったが、このパイは生地が美味い。
王都のパイと違って何重にも層が重なっていて、パリパリとした歯ごたえがある。
王都のパイはなんというか、ネチャリとしているんだよなぁ……。
食べ終わり、手についた欠片もペロリと舐める。
リーインロッカも満足そうだ。
俺はハーブティを一気に飲み干すと、覚悟して姿勢をただした。
ギミッシュ研究所で働いていることを伝える。今日ここに来たのは、所長であるリーインロッカに俺の仕事内容を決めてもらうためだった。
そう自分で言っておいて、すこし声がふるえる。
また徹夜の精製仕事を言い渡されたなら……。
霊峰で自殺してこの地を穢すくらいの報復はしてもいいだろう。
リーインロッカはしばらく思案するように首をかたむけた。
「……そうだね。メーヌリスの仕事は…」
「………」
「何したい?」
「え?」
目線がぶつかる。青い瞳が、俺を射抜く。
「……何したい? メーヌリス」
まっすぐな、純粋さ。
耐えきれない。
俺は視線を外してうつむいた。
今さら――。
今さら、何をしてもいいだなんて、都合のいい夢だ。言ったら否定されるに決まっている。元上司のように。けれど、彼女なら頷いてくれるかもしれない。そんな期待がわき上がり、同時に怖くもあり、奥歯を噛みしめる。
俺が。
本当にやりたい事は。
「………」
しばらくの沈黙をやぶったのは、リーインロッカの声だった。
「……ザラームーン病」
「――っ!」
「特級になって、おばあ様の病気、治すって。言ってたよね」
言った覚えはない。
いや、言った。
言ったことはあるが、少女の前で言ったことはない。
小さい頃の思い出。
ガラス張りの離れ。
おばあ様のベッド。
その横で、誰かが微笑んでいる。
でも。
こんな少女ではない。
「セ……、セリブ? ロロス…所長?」
「ロッカでいい」
「失礼だが、所長の年齢をお聞きしてもいいだろうか」
「じゅうろく」
「16?! っつーか、ワイン!! ダメだろ子供が飲んだら」
「法律では成人」
「いやそうだけども!!」
所長あらためロッカは不服そうに唇をとがらせると後ろを向き、薬草が押しはさまれた本をめくりはじめた。
何冊かめくり、ようやく何かを取り出す。
俺に手渡されたのは、シュヴァルティア公爵家の封蝋が押された封書だった。




