表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

スパイスハーブティー

 まっしろな雪の平原。

 トナカイたちは駆け足でソリを滑らせていく。


 紐でくくった荷物に囲まれたまま、俺は薄目をあけて進行方向を見た。


 遠くに見えていた雪山は、近づくにつれて氷の要塞のようにどんどん高くなっていく。

 思わず見上げると、怜悧な風が頬を打った。

 首元の毛皮をかたく巻き直す。


 霊峰セリブロガラーのふもとに位置する、王領指定都市ギミッシュ。

 国家特級創薬師として、俺はここの研究所に赴任を命じられた。


 要するに左遷だ。


 あんな上司の元で働くくらいなら辺境に飛ばされたほうがマシだ、と、愚痴った酒場併設の酒蔵が、まさか上司の実家だったとは世間が狭すぎる。

 初めての領外旅行が左遷移住コース。

 しかも極寒の最北都市。

 ここでの上司があいつのようなクズじゃないといいが、もし同じくクズだった場合はー…。


 今度こそ、死ぬしかない。


 特級の称号を受けた人間は辞職を認められていない。

 辞められるのは死ぬときだけだ。


 特級試験の注意事項を聞いたあの時は、まさかこんな事になるなんて思ってもみなかった。

 期待だけを胸に秘め、キラキラしていた若い頃の俺。


 今はガチガチと歯を鳴らし、北国の寒さの洗礼を受けている。


 門に着くと門番より簡易的な聴き取りが行われた。その後さらに別室へと案内される。

 王領指定都市のため、移住希望者の入場に際しては王都と同様の審査があるのだ。

 特級メダルを見せると、老齢の審査官はとたんにくだけた態度に変わった。


「ようこそギミッシュへ! 歓迎しますぞ。御用入りのものはありますかな?」


「あぁ。研究所に挨拶したいから簡易地図を。印でもつけてくれると有難いな。それから慣習に関しての諸注意があれば先に聞いておきたい。なにぶん王都から一歩も出たことがなくてね」

「ほぉ、それはそれはー…」


 グゥ、と俺の腹が鳴った。


 7日間の馬車。

 5日間の徒歩。

 極めつけの4日間のソリ移動で吐かないように、ろくに食事をとっていなかったのだ。

 腹をさする俺を見て、審査官はそうだと言いたげに手をパンと叩いた。


「ギミッシュでの最初の食事が良い物になるよう、銀嶺の魔女がおいしいレベルの店を紹介いたしましょうぞ!」


「………?」

 銀嶺の魔女?


 疑問を口に出すより早く、老人は部屋を出て行った。

 次に戻ってきた時には、疑問を口にする前に地図の説明を受けてあっという間ににこやかに街へと送り出された。

 なお、大きな荷物は研究所に転送してくれるとのこと。


 俺は地図とちいさな荷物袋を持ったまま、門から通じる大通りを見上げた。


 坂だ。

 奥には霊峰がそびえ立つ。


 地図を見ると、どうやらこの都市は巨大な『手』のような構造になっているらしい。

 坂の頂上にある霊峰の入山門が手首、そのすぐ下の手のひら部分が巨大な広場になっており、そこから5本の指のように各大通りが分かれている。

 さしずめここは中指通りの爪先といったところだ。

 道幅はとほうもなく広い。が、中央には道を2つに分けるように雪が積まれている。通行できる部分は、左右の端……家屋の手前の細い道しかなかった。


 ざくざくと、足元の雪を確認しながらのぼっていく。

 途中にはいくつも椅子が置いてあり、観察したところ誰でも座って休んでいいようだった。坂が多い土地ならではの配慮で、すこし顔がほころぶ。


 しばらくのぼると流石に疲れてきて、俺も近くの椅子に腰をおろした。

 向こうから坂をくだってきた若い男女が、会話をしながら通り過ぎていく。


「……だから、今日は腕によりをかけて銀嶺の魔女がおいしいレベルの煮込みを作るわね」

「本当かい? 楽しみだなぁ……」


 ザッザッザッ……。


「………」

 再登場したその言葉に驚きつつ、ふたりの背中を見送る。


 どうやら『銀嶺の魔女がおいしいレベル』というのは食事に関する慣用句になっているようだ。

 おいしいレベル……、魔女が思わず美味しいと叫ぶレベル、という意味の省略だろうか。だとしても、銀嶺の魔女……。


 魔女は、とっくの昔に滅んだはずだ。


 願うだけで植物を育て創薬し魔法を使う、おとぎ話の登場人物。


 息を切らしながら坂をのぼり、研究所に到着する。

 副所長が出迎えてくれた。2級薬物管理師のエルモライだと自己紹介を受け、こちらも特級創薬師のメーヌリスと名のりをあげる。

 握手を交わすと、応接室にて茶の時間が設けられた。


「改めまして、ようこそギミッシュへ。こちらは所長が考案したスパイスハーブティーです。温まりますよ。刺激が強いようでしたら、この蜂蜜を入れると辛さが和らぎます」

「あぁ、頂こう」


 飲んだ瞬間、喉にカッと辛さがきた。

 思わず咳が出たが、もうひと口飲むと慣れてすぐに体が温かくなった。味と効果の早さから数種類のハーブが頭の中をかけめぐる。


 これを作った所長とやらは、かなりの熟練者だ。


 純粋に興味がわき、今日は不在なのかときくと常に不在なのだという。

 霊峰の中腹に研究支部という名の小屋を建てて寝泊りしているらしい。


「まぁ、霊峰の雪解け水は上級溶媒ですし、小屋では特殊薬草を育てているらしいし、稀少な採集物の保管もしやすくて、彼女は武技も強いので何も言えなくてですね……」


 霊峰は王国が厳しく管理しており、立ち入ることができるのは許可を受けたごく一部の人間のみだ。

 そのため、採集物を盗もうとする人間はまず門番にはじかれる。仮に盗まれたとしても容疑者の特定は容易だ。

 その所長とやらは、合理的な思考の持ち主なのだろう。


 特級創薬師である俺なら許可はおりると言われたが、ここまで坂を歩いてきて更に山を登るのはつらすぎるな……。

 とりあえず、腹ごしらえをしたいから地図を開く。

 監査員がつけた目印を探していると、地図を覗いたエルモライが納得したような声をあげた。


「ここならオススメですよ。なんてったって、銀嶺の魔女がおいしいレベルですから!」


「………」

 また出た。


 とにかく大きい荷物が到着した事を確認し、俺は昼食を食べに行った。久々のまともな食事だったのもあるだろうが、驚くほどに美味かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ