毎日未確認生物発見確認解析! ぐるぐるステーションワールド
ファンデーションの香りが強くてキツい車内から抜け出し、私は目的の駅に降りた。
人が多い。あまりにも多い。しかも多種多様。明らかにウチの国生まれではない人や、若干怪しい人、全員が国籍不明。
私も含めて全員不明。何もかも不明。あらゆる点が不明。同じ人間というだけで、同類でも同族でもないのだから。
この世界はあまりにも他人が多すぎる。一歩外に出れば確実に、住み慣れた街でも他人と出会う。
実は覚えていないだけなのかもしれない。出会ってるし話したことあるしお互い認知してはいるけど、忘れてしまったのかもしれない。だけど、同じ街に同じ人だけが住んでいるならば、それも同じようなルートを通り同じような時間に同じような服装で同じような歩き方で同じように生きているのだとしたら。流石にしつこくて覚えるだろう。物分かりの悪い私でも。
あのやけに大きな声で話す不良っぽいヤンキーもどきの陽キャは誰だ。私と同じ制服を着ているけれど、見たことないぞあんな奴。
全員似たようなスーツを着ているサラリーマン。これが正しいと宣伝され宣言され洗脳され選考されたスーツ。これが全員同じ会社勤務ではなく、全員違う会社勤務だというのだから恐ろしい。
誰だあれは。なんなんだアイツは。見たことないぞあんな人。すれ違う人の顔を見るたびに、驚きと発見に満ちる駅構内。
そう考えると案外楽しいかもしれない。毎日毎秒毎歩新種の生き物を見つけているようなものなのだから。
ともすれば。彼ら彼女らから見たら私ももしかしたら新種の生き物なのかもしれない。己が着たことのない服を着ていて、自分が持っていないアクセサリーを付けていて、自分とは体の大きさも身長も違う性別すらも違う新種の生き物。
私が突然あなたと同じ人間なんですよ実は、と。虚実を真実のように伝えたら驚くだろうか? きっとビックリするだろう。当たり前のことを言われて、至極当然のことを再認識させられて、誰でもわかる事を教示されて。
なれば私は実は宇宙人で、あなたとそっくりだけど別の生き物ですよと伝えたらならば、彼ら彼女らはどんな反応をするだろうか。
きっと信じないだろう。それが例え真実だったとしても、想像通り虚実だったとしても、現実的にそれを本気で信じる人はいないだろう。
何でだろう。見た目がそっくりだから、人間にしか見えないから、人間だと信じるのっておかしいと思う。何をもって人間と定義しているのか、意味不明だ。
今、私の隣に立つ可愛い女子高生。彼女はきっと宇宙人だ。間違いない。確実に宇宙人だ。この地球を侵略しにきた宇宙人なのだ。
と。仮定してみる。したら次は、彼女が宇宙人ではないという証拠を見つけなければ、仮定が確定になってしまう。
一瞥。一瞥。一瞥。どっから見ても普通の女子高生。
でももしも、もしもだけど。実際に彼女に宇宙人ですか? と問い、彼女がはいそうですよと答えたら、どうしよう。
私は見た目だけで判断して人間だと思い込んだのに、それは間違いだったということになる。そしたら、私の中でのこれが人間だという定義が無くなってしまう。
彼女が嘘をついているかもしれない。けれど、私が彼女の言葉を嘘だと判断する時に使えるのは?
判断材料は見た目だけ。見た目が人間人間していたら人間だ。本当にそうだろうか? それしか無いから仕方なくそう思っているだけなんじゃないのかな。あまりにも信ぴょう性が乏しい。
なんとなく地面を見てみる。そこにいたのは小さな蟻。人工物たる駅構内に自然の産物の蟻さんが歩いていた。
私はこの蟻を、蟻としか定義できない。けれど学者は違うのだろう。なんたら蟻とか、非常に蟻に似ているナンタラ虫だ、と。己の携える知識を巧みに活かしこの蟻の存在を定義を名義を説明するだろう。
なれば人間もそうなのでは? 例えば私は人間に非常に似ているが、その実人間によく似た人間モドキニンゲーンだったりしないだろうか?
学校の教室を思い出してみる。とても同じ人間とは思えない人間がたくさんいる狭い箱庭。ほら、やっぱり。
あんなに狭い箱庭でも、あんなに狭い虫籠でも、あんなに狭い世界なのに。すぐ隣にいる人間とされているものは、人間であると自負している私から見たら自分とは全く同じ人間とは思えない謎の生命体ではないか。
急に怖くなってきた。自分が人間かも怪しくなってきた。そもそも、人間って何? 見た目がそうだとしても確証は得られない。そう自分で確信したんだから、早く人間はこうだと言う絶対的な定義を見つけないと私は自分を人間だと思えなくなる。私の正体に察しがついてしま──
「おーい!」
「……あ」
「おっはよ! 今日も一緒に学校行こ学校! 面倒くさいよねー毎日さ……一時間目数学の田中っちだよ? アイツ真面目すぎて課題やらないと結構ガチでキレるからほんっとダルいんだよねー……」
「……ねえ、聞いてもいい?」
「ん? なになに?」
「……あなたって、人間?」
「は? 人間だけど? あんた人間じゃないの? 人間でしょ?」
「……だよねー」
「もう……朝からバカなこと言って。昨日ちゃんと寝た?」
「あんま寝てないかも……」
「だからだよ変なこと言うの! アレだよアレ! こちょーのなんとか!」
「……うん。そうかも」
「でしょー? じゃあ私たちは人間なんだから、しかも学生なんだから! ちゃんと責務を全うするため、元気に登校しよー!」
「……はーい」