人生のアウトロ
4月1日、午前10時44分。
雑木林の奥深く、背中に刃物を受けた少女の遺体が発見された。
名前は奏原かなで。10代後半。将来を夢見るには、まだ十分な年齢だった。
当初は他殺の線で捜査が進められた。だが、目撃者はゼロ。
解けたリボンに深く刺さった木片。少女が背中から木にもたれていた不可解な姿勢。そして、決定的な物証のなさ。
――やがて警察は、自殺と断定した。
「嘘じゃ……かなでは、夢に向かって歩いておったんじゃ……!」
ただ一人、祖父だけがその結末を受け入れられずにいた。
◇ ◇ ◇
音楽――それは、私のすべてだった。
ピアノの鍵盤に触れる指先から、私の感情は音となって流れ出す。強く、優しく、ときに泣くように。
私は“奏でる”ことでしか、世界と繋がれなかった。
でも、あの日の事故がそれをすべて奪った。
気づけば、私の手にはもう指がなかった。
「かなで……」
おじいちゃん、そんな顔しないでよ。私は大丈夫……だよ。
ピアノがなくても、生きていけるから――そう思いたかった。
「……私、作曲家を目指してみようと思うの」
そう言えば、少しは安心してくれるかな。
私はコンピュータ上で曲を紡いでみた。お試し。本当に才能があればいいなって。でも本当は分かってる。私の紡いだ旋律はどこかで聞いたようなものばかり。
私には、音楽を生み出す“手”も、“才能”も、残っていなかった。
……それでも、嘘でもいい。前を向くふりをしなきゃ。
おじいちゃんを、悲しませたくないから。
「おじいちゃん、路上ライブに行ってくるね」
4月1日、早朝。私は外出用のバッグに、作曲ノートと……今日のカデンツ――ナイフを忍ばせた。
私は、駅前で歌う予定になっている。けれど、誰も足を止めないだろう。
これまでの経験から私の音楽が、誰の心にも届くことはない。そんなことは分かっている。
「――いつも通り駅前に向かった私は、変質者に襲われ……雑木林で発見されました」
ねぇ、なかなか良い筋書きでしょ?
“未来に絶望した少女”という姿を、誰にも見せずに、静かに消えていく。
――今日が、私の音楽のアウトロ。
駄作だったけど……それでも、おじいちゃんに出会えて、私は幸せだった。
じゃあね。どうか、お元気で。
お幸せに……。
髪につけていたリボンで木に固定したナイフに向かってもたれかかる。木々から漏れる朝日は私の気持ちなんて知らないで明るく輝いて見えた。
指があれば、才能があれば……私にも手に入ったのかな。
◇ ◇
今も、事件性なしとされたその雑木林には、ひとりの老人が通い続けているという。
彼は道行く人に、ただ一つの質問を繰り返す。
「4月1日の早朝、不審な人物を見かけませんでしたか?」