月泥棒
3年10月
休み時間は寝る時間、そう俺の中では定義されているが、ソナタは違うらしく、すっかり机に突っ伏してた、近づくなというオーラをお構いなしに小突いた。
「おい、シェーブル起きろよ」
授業がはじまったのかと勢いよく顔を上げたが、クラスの緩んだ様子を見、そしてソナタに一瞥くれてからまた黙って頭を机まで落とそうとした。しかしそれを許さないソナタは乱暴に髪を鷲掴みにして目を合わせさせる。
「痛っ、んだよ人の安眠を妨げて……」
「机で安眠ができるかよ。で、ハロウィーンに出す動画さぁ」
ソナタは目を擦る俺の額に淡い青の大判付箋を貼り付けた。
「脈絡考えろよ……」
額の粘着力の弱いそれを剥がし内容を見ると、黒鉛でびっしりと書かれたゆえに、全体的に黒っぽくなっている。それは撮影の計画案だった。
ソナタはインフルエンサーの類に入るだろうか。SNSにてエンターテインメント寄りのヴァイオリン演奏動画を不定期に更新するアカウント「Camera da Sonata!!」は、ソナタの演奏技巧とその美貌が功を奏したのか、近頃にわかに人気が出てきているようだ。実名で、高校も明かして活動している不用心なアカウントは、地方の広報誌の特集や、ローカルテレビなどにも取り上げられ、本人は向上心を見せている。しかし、そのアカウントの影の立役者、というよりは運営そのものである俺は、もとよりやりたくもなかったこと――例えば、アポ取り、撮影、編集、投稿、拡散のすべて――をやらされ続けている立場にあるので、いいね数がなんだ、フォロワー数がなんだという気分で、それでもソナタの報復が恐ろしくて、やっぱり無理にあてがわれた運営という職から離れられずに、現在進行形。
「あの、南陵展望台ってとこで撮りたいんだわ」
文字は整っているが、密度が高く見づらいメモに目を通しながらソナタの説明を聞く。南陵展望台といえば、その名の通り、誰だか昔の人の墓に隣接した形の展望台、そして特に展望するものもない。説明を待たずに先に読み進めると、当然のように俺が使用許可を取ることになっていた。身勝手な友人に対してふつふつと怒りが沸いてくると同時に、彼はもう手に負えないと、呆れと諦めが混ざった感情が肥大化し、結局怒りの方は弱々しく収束していく。冷めた目でソナタを見つめてみる。
「十月の、十七日。夜の五時くらいから、あぁ……一応九時くらいまで撮影に使えるように、許可取りよろ」
ソナタは人の気持ちを重んじる気はないらしく、淡々と計画を述べる。付箋紙には場所――なお、アポ取りは俺と特記――と日時のみ明記してあり、それ以外は演奏する曲も、なぜこの日なのかも書いていない。それではなにがそれほど見づらくしているかというと、その付箋紙には途中から英数字、計算式が連なっているのだ。少し読んだだけでわかる、それは和差積商とか、かろうじて理解できている中学数学の範囲を優に超えている。高校数学とか、俺の理解力を舐めないでほしい。はなからわからない。
「質問いいすか」
「なんだよ、文句あんのか」
正直文句しかなかったが、その切なる思いを上手い具合に噛み殺して、本来の、純粋に疑問に思ったことを尋ねた。
「なんで、七時八分なわけ?」
付箋紙には時間まで丁寧に書いてあった。十九時〇八分。妙に指定が細かい。ソナタは机についていた手を不意に離して少し思案にふけたのち、若干大袈裟に見える動きで嘲笑気味に答えた。
「八分にhappen、なにかが起こるってわけよ。お前に言っても理解できないだろうから言わないけど」
チャイムが鳴っても先生はまだ来ないらしい。ソナタは慌てる素振りも見せずにひらひらと手を振って自らの席に戻らんとする。
「あ、そこ絶対外せないから、まじでよろしく」
それが、九月の新学期のはじまった、ひたすらに憂鬱な時期の話。これ以上下降しないと思われた気分の限界でも、ソナタのおかげで簡単に下限を超してしまった。しきりにまばたきをして、まだ三時間しか受けていない授業の続きを受けるしかない。
それで、今日。恥ずかしながら、先日の体育祭で足を捻挫した俺にとって、展望台の不親切な設計は苦行ということばがぴったりだった。展望台へは途中まで車道があるが、最後は三百六十五段の階段を登らねばならない。一年の階段なんて、誰が上手いことを言えと。ただただ重いギプスとぶかぶかのクロックスに神経を注いでいた。
「だる……つら……帰りたい……」
ひとりでに口から盛れる泣き言をソナタはずっと無視していたが、車の運転と荷物運びを請け負ったソナタの姉カノンが声をかける。
「ブルーならやれるぞ、頑張れ!」
多分カノンは、俺の本名を知らない。弟の呼ぶあだ名をさらにあだ名にしてしまって、もともとソナタのも原型はなかったものだから、「ブルー」というあだ名は正しい名前にかすりもしない。が、気遣いのできないやつと常に行動を共にしていると、ちょっと気にかけてくれただけで心に沁みる。麻痺だな。
「どうしてこのカノン様っていう素晴らしき人の弟がこうなんだよ」
この際、なにを言おうと先行く彼には無視されていた。いつもは口から生まれてきたかのように喋るのに、ソナタが口を開かないだけでこんなにも静かだとは。
許可は簡単に取れた。展望台といえど、鬱蒼とした山から張り出した苔まみれの木のフェンス、誰かの墓石とその説明の立て看板くらいしかめぼしいものはない。まっすぐ東に張り出しているから、朝日を見るスポットとして一部界隈では知られていたらしいが、それすらもすでにピークが過ぎている様子。そもそも山の中で、今ではあまり人の寄らぬところだから、誰かに騒音なんかの迷惑をかけることもないという判断が数分で下り、当日市役所に許可証を取りに来てくださいと、電話一本でなんとかなってしまった。一応文化財かなにかではなかったろうか。まあ、俺の知ったことではない。
やっとのことで展望台にたどり着いた時間は午後五時頃。時間ぴったり。日の入りがまだで、けれど太陽は低くなって、空は白っぽい。ビデオカメラのセッティングは普段なら当然俺の仕事で、基本的に位置やアングルなどすべて丸投げされている。けれども今日は違うようだ。到着するや否やメジャーとかで三脚の高さや角度を測り、方位磁針とにらめっこしているソナタの真剣そうな顔。俺はただ近づかないでおこうと、足を庇いながらそっと離れた。荷開きをしているカノンのもとへ行けば、自作だという衣装を見せてくれる。「Camera da Sonata!!」の動画で使われている華美な衣装のほとんどが、服飾の道を歩むカノンのもので、出来栄えは素人目ではあるが、プロと遜色がないように思える。いや、もうどこかの仕立て屋で働いているのだからプロか。そばのベンチの表面を適当に払って腰掛けると、彼女はひとりごとのように話しはじめる。
「今回はねぇ、上手くいかなかった方なんだよ」
ブルーシートを敷いた上にではあるが、大切に仕立てたであろう衣服やら小物やらを無造作に投げてしまえるところに彼女の性格を窺い知ることができる。
「ほら、ここ。ちょっと左右でズレちゃった」
首元の純白から裾の藍へとグラデーションになったシャツを広げて脇の部分を指すが、なにがズレたのかいまいちわからなかった。適当に相槌を打つ。
「暗いから目立たないとは思うけど、ソナタがあんなに頑張ってやってるのにね……」
すっと目線を上げた先には、三脚の位置を微調整するソナタ。
「そういや、あんたいつもソナタからコンセプトとか聞いてないんでしょ」
ぼんやり見ていると、カノンから声がかかった。
「あぁ、まあ。聞いてないというか、聞いても答えてくれないというか。だからもうわざわざ聞いたりしないし、投稿するときの、キャプション書くときだけは嫌でも聞かされるし、申し訳ないけど別段興味があるわけでもないんで……」
うだうだ愚痴を吐いてみると、彼女はあからさまに驚いていた。
「よく友達続けてくれるね……あいつあんな性格だから、もう去るもの追わずだよ。なんかあったらサクッと縁切りなよね、ブルーがぶっ壊れる前に」
おのれが弱いからそれができなくて困っているわけで、けれど実の姉が言うことでも流石に肯定できないので適当に苦笑をする。
「でも今日のコンセプトくらい知ってた方がいいんじゃない? 特別にあたしが教えてしんぜよう」
散った衣装を拾い集め、自らに上下衣を合わせながら、俺の答えも聞かずにノリよく言う。
「今回のコンセプトは、一言でいえば『月泥棒』」
けれど今度は雰囲気を落として。テンションの使い方が上手いものだ。なんと反応すべきか困って、いちばん最初に思ったことを素直に言ってみる。
「……ミニオンっすか?」
海外の有名なCGアニメ映画のタイトルにそんな文言があった覚えがある。黄色い妙ちくりんな生命体が頭の中をやかましく通過した。
「それな! でもハロウィーン感あるし、雰囲気ぴったりだから、期待してよ」
テンションの上げ下げにこちらが疲れる。しかし彼女は息をゆっくり吐いてから、また口を開いた。
「あいつが、久しぶりに空を見たいって言ったの」
「え」
はっきりと聞こえたのに、意味がわからなかった。聞き返そうとしても、カノンははぐらかすことしかしなかった。
「ううん、ひとりごと。そうだブルー、テレビとかニュースとか見る?」
「見ませんね」
「じゃ、これも知らないかも。今日の月はスーパームーンなのよ」
片手の、大振りなフリルがついた細身のパンツの縫い目を確認しているのだろうか、異様に顔に近づけながら言う。ソナタは確かに細いが、いくらなんでも細すぎやしないか。
「最近、なんとかムーン多すぎて、もうなにがなんだかっす」
カノンは同意してけらけらと笑った。
「あたしもそんなに詳しくないけど、月が一年でいちばん地球に近づいて、いちばん大きく見える満月なんだって。それが、今日」
ソナタは、展望台の東を大きく示すデザインタイルの上に立って、まだ薄青をしている空を見ていた。
「月がいちばん近くに来る日に、ソナタあいつ、月を掴もうとしてるのよ」
それは、あまりに空想的で、幼稚で、ナルシシズムの極みで、けれど的を射ているように思えた。
「ま、近くったって大きくったって、肉眼じゃわからないくらいの差なんだけど」
ノスタルジーに富んだ雰囲気は、作った本人に壊された。ぱっとした表情は普段のソナタにそっくりで、きっとソナタの元気を盗ってしまったんだ。きょうだいだからこそ、彼女は彼の繊細な部分に触れる。
「ね、こだわりすぎじゃない、ソナタ?」
月を盗む前に、自らの気分を取り戻して欲しく、呼ばれて振り返った彼の目を見た。
「うるせぇな」
瞳は、新月のようだった。ふっと顔を逸らしたかと思えば、カノンのエネルギーをもらったのか、またこちらを見たときにはもうあの儚い影の月はなかった。
「着替える」
泥棒、というには派手だ。そもそも、白は夜でも目立つし、マントの裏地は銀のサテンで、少ない光をも反射してギラギラしている。細身のパンツはしっかりとソナタの長い足を収めて、ラインがくっきりとしたので美しさも覚える。ヴァイオリンを構え、顎当てに挟む真っ白のハンカチには銀の糸で限りなく細い三日月の刺繍があるが、あんなもの、カメラ越しでは残念ながら絶対に見えない。それでも、ソナタは月泥棒という造語がぴったりだった。
午後六時、日はもう少し留まる。けれど東の空には薄い月がいた。ソナタはヴァイオリンを弾いている。曲もついに教えてくれなかったので、カノンから聞けば、作曲は彼だそう。曲名は同じく「月泥棒」。作曲ができることは知っていたが、世に出すのははじめてではなかろうか。今まで、どうしても避けてきたらしいのに。でも、その曲は、言われなければ一介の高校生が作ったものとはわからないくらい、普通にありそうな曲、なんて言ったら、特別を求める彼は怒るだろうか。
時計の文字盤が二分された。キィと、軋む音がして、思わず耳を塞ぐ。
「んん……やっぱやめる。今日は無理だ」
ソナタが楽器を下ろした。黒々とした長いまつげを落とし、ラメの入ったまぶたで瞳を隠す。彼は本来ミスをしない、する前に諦める癖がある。今もその顔をしている。それでいくつの撮影が無駄になったことか。カノンをふっと見ると、途端わざと目を逸らされたかのように感じた。なにがあるのか知らないけれど、最も近しい関係で、言えることも、反対に言えないこともあるんだろう。じゃあ。
「やめる? いいよ」
別に、お前がどうだって構わない。だめならだめだってことくらいわかる。けれど。
「あーあ、俺せっかくお前のためにここの使用許可取ったし、重い機材全部持ってきたし、なんならこんなに酷い怪我してもお前についてきてやったのに、お前が無理『そう』だからやめる? いいよ。帰ろ」
「……だな」
そんなに不満あり気な笑顔でなにを肯定する。ソナタは頑固だ。結果から言って、意思は変えられなかった。……やった、早く帰れる。
機材をしまっていると、辺りはずんずん暗くなって、月が異様に眩しい。ソナタは、ヴァイオリンをしまったあと、ケースを片手に、衣装も着たままで、ずっと、ずっと月を見ている。片付けを手伝うという考えはないらしい。そもそも手伝うというか、ソナタがすべきだが。けれど正直どうでもいい。それよりも、カノンの苦しそうな顔が、俺にはどうもだめで、だからもっとやれることなかったかな、と不覚にも思ってしまう。俺は一刻も早く帰って寝たいのに。
「帰ろうぜ、なあ」
もう着替える気はないと判断し、俯いたままのカノンとふたり、階段の手前まで来たが、ソナタは動こうとしない。
「お前が無理っつったろ。なら仕方ないじゃんか」
時が止まることはないが、俺にはそのときやっと動き出したように感じた。
なにも答えない代わりに、彼はヴァイオリンの入ったケースを叩きつけるように地面に置く。なにをするのかと思えば、彼はどこまでも乱暴にケースを開け、弦を張り、肩当てをつけて構え、狂ったように弾き出した。よくある感動物語なんかとテンプレートは同じ、けれどそれを実行できるところを、俺ははじめて現実世界に見ることができた。楽器が雑音を鳴く、とてもとても良い演奏とは言えなかった。音楽に長けているわけではないが普段の綺麗な演奏に耳が慣れているからか、それはむしろ聞くに耐えなかった。まだ低い位置に留まっている月の光を受けて、ソナタは月泥棒になっていた。ただ、あまりに大きな獲物を彼は、持て余しているようにも聞こえた。こんな曲だったんだ、こんなに普通じゃない曲だったんだ。感想は不得意だが、このときばかりは口からこぼれ出たことばを拾えなかった。
「綺麗だ……」
最後はもう、一音一音すらもはっきりしない酷さだった。ぽかんとした顔で、弦を振り上げた格好のままでいる月泥棒に恐る恐る声をかける。
「今、六時四十……いや五十分。でもまだ、急げば間に合うけど」
浅い息を繰り返す彼は、目を見開いたまま、かくかくと頷いた。
荷物を出したり入れたり、忙しいものだ。負傷している足のおかげで素早く動けない俺はかえって邪魔になると、戦力外通告を受けたが、カノンがいてくれたおかげでなんとか間に合いそうだ。
「無理だ……やっぱりできない……失敗したくない……」
一歩歩くごとに泣き言を言っている亡霊のようななにかを、今度は俺があえて無視した。思えば来るときの無視だって、チャンスが一度しかない撮影なものだから、気が気でなかったのだろう。再び準備が済んだあとできょうだいでハグしているのを横目に見ていると、なぜだか安心感が伝わってくる。そしてふらふらとこちらへ寄ってきたかと思えば、彼は倒れるように抱きついてきた。普通に、かなり驚いた。結局声をかける間、抱き返す間もなくソナタは離れて、カメラの前に立った。瞳にずっと潜んでいた虚ろな影は、そのとき綺麗に隠されていた。指定時刻より二分前にはじめると言い、今日何度目かの曲は十九時六分ちょうどから演奏がされる。ビデオカメラはソナタの執念によってセットしてあるので、もう俺とカノンにできることは、ただ見守ることだけだった。やはり先の狂ったような演奏ほどの感動は得られない。あれを撮影しておけば、皆に聞いてもらえればよかったと、いくら悔やんでも悔やみきれない。けれどまあ、あんなに酷いものをソナタが世に出す前に止めないはずがない。ここに立ち会った者の特権だ。被写体を綺麗に撮るためにと手を出してしまった屈辱のミラーレス一眼カメラを必要以上に強く握って、スナップを撮る準備をする。いつ撮ろうか、いつもならできる限りたくさん撮って、あとでソナタに選んでもらうが、状況を考えるとあまりうろうろしない方が彼のためかもしれない。それなら、「なにかが起こる八分」に賭けてみようと思った。
午後七時八分。なにが起こるか予想ができずにひとりで勝手に期待してカメラを構えたが、その数秒前に曲は終わってしまい、わけもわからず仕方なく八分ぴったりにシャッターを切った。ファインダーから目を離して、肉眼でソナタを見る。弦を振り上げた格好は、先ほどよりも姿勢正しく、こちらからも照明が当たる都合で衣装もはっきりと見えて、かなり絵になっている。そして、望月は、彼と一直線に並んでいた。「なにかが起きる八分」、俺にもなにが起きたかはっきりとわかった。ピグマリオンの彫刻のように動き出したソナタが、満面の笑みでこちらを見る。気分は良いようだ。そして唐突に、彼は口を開いた。声は俺やカノンではなく、明後日の方向へ。
「『月泥棒』、作曲も演奏も、岡部奏方でした。ご清聴と、撮影へのご配慮ご協力、誠にありがとうございます!」
その明後日から乾いた音が聞こえて振り返ると、いつからいたのか、初老の夫婦と中学生くらいの子供が拍手をしていた。
「やっぱりソナタくんだった。すごいね、今夜にぴったりで良かったよ」
「まさかソナタくんの撮影に立ち会えるとは思わなかったよねぇ」
口々に言う彼らは幸運の観客だった。物好きはいるのだから、ここがスーパームーンを見るのに最適な穴場だと考えるのはソナタだけじゃないということだ。当の本人は、演奏し切ったことか、観客がいたことか、その観客に認知されていたことのどれがそんなにも嬉しかったのかわからないが、本当に嬉しそうな表情で、けれど猫を何匹も被って言った。
「僕の演奏は、今日ばかりは月を引き立てるものです。場所をお譲りします、さあ綺麗な月を見て」
さっさと撤収をしてしまったあと、すでに南に少しずれた大きな月をその家族と一緒に、ソナタの気の済むまで見た。けれどやっぱり、普段と同じ月じゃあないか。
結局帰るのは家族よりもあとになってしまったが、予想はついていたことだから、特になにを言うこともなかった。
帰りの車で、ソナタはもうなにもかも限界だったらしく助手席に膝を抱えて座ったきり、もうなにも話さなくなってしまった。だから後部座席はひとり広く使わせてもらった。ミラーレスカメラで撮ったスナップをスマホに転送し、いい具合にその場で編集する。
「ソナタ、これ告知、もうアカに上げていい?」
ことばでは返ってこなかったが、ソナタは膝に埋める顔を縦に動かした。カノンが補足のように答える。
「いいよいいよ、すぐ上げちゃえ〜」
SNSのアカウントを「Camera da Sonata!!」に切り替え、写真を選択する。我ながら良い出来栄えだ。キャプションにはこうだ。
「coming soon!!」