生死感
「あんまり長生きする気はないんだよな」
体育の授業の最後に設けられた自由時間、特に体を動かすわけでもなくグラウンドを囲うコンクリートの仕切りに座っていたとき、隣のお前がそんなことを脈絡もなく言うから、俺は意味もいまいちわからないままに答えた。
「どうぞご勝手に」
ソナタは不満そうに俺を向く。
「続き聞けよ」
「そんなに興味ないかも」
誰が嫌々付き合っているやつの行く末だとか生死感だとかを聞きたがるんだ。不老不死になる、なんて言うなら少しは期待を持って先を促したろうが、遠い未来を見据えていないとくるならばむしろ喜んで、とでも言いたくなる。彼の死を望むまでの強い感情は別に抱いていないし、抱けるだけの度胸もないが、本人が望むならなんだって俺は構やしない。けれど、そんな顔で見つめられたら、思ってもなかったことを言うしかなくなるじゃないか。
「……つまりは」
渋々口を開けば、ソナタはぱっと目を輝かせた。
「つまりは、老いた『岡部奏方』は解釈違いってわけ」
そんなに得意げに言われようと、やはりそこまで興味を持てない。ため息をついてみせる。
「つまりは不老不死になりたいとおんなじってわけじゃん」
思っていることが口をついて出てしまう。ソナタは首を傾げた。
「ん、うーん。曲解じゃねえか」
たしかに聞いただけじゃ曲解に思えるかもしれない。仕方ない、順を追って論理的に説明してやろう。
「えっと、ソナタさんは、長生きしたくありません。っていうのと、ソナタさんは、不老不死になりたいです。ってのの理由はどっちも老けたくないからになるじゃん」
ふたつの事象を空中で掴んで重ね合わせる。けれどソナタは納得しないようで、俺の不老不死を掴んだ左手を事象ごと掴む。重ねていた両手は引き離された。
「別に不死にはなりたかねえよ。不老には惹かれるけど、死なないのはなんか、往生際が悪い」
不死に往生際なんてものは事実上存在しなくなるわけだが、言い分はわからなくもない。はじめから興味のなかった話題だのに、しっかりと掘り下げてしまって、なんだか阿呆らしく思えてきた。
「はいはい、難しいことはわかりませんよう。俺はおっさんになってじじいんなるまでは、やりたいことやって生きてたいわ。死ぬときは死ぬときにしかわからんし」
若干白っぽい青空を見上げて、自分の行く末を思う。やっぱりなにも見えてこない。
「そっか、いいね」
今の空には雲がぽつぽつと見受けられる。ソナタのそれは、そんな空みたいな返事の仕方だった。
「じゃあ、俺待ってるわ」
ソナタは不意に立ち上がり、ドッジボールをしているクラスメイトの方へ走って行ってしまった。待ってる、それがなにを意味するかなんか知らない。俺は立ち上がらなかった。