第2話 転生&転生
2018年 石川県某所
当時、彼──島田 瑞稀 は大学時代の友達と共に石川県へ旅行に来ていた。
宿に荷物を置き、夕食を食べたあと、二人は海岸へ散歩に来ていた。
人気や明かりが少なく、満天の星が見えるこの海岸は穴場観光スポットとして一部で有名だ。
一緒に来てる友達──レヌーシュカが女性ということもあって、雰囲気は絶好だ。
二人はいわゆる友達以上恋人未満という関係で、大学を卒業して2年ほど経った今でもよく一緒に遊んでいる。
「ねぇミーシカ、あれなに?」
レヌーシュカが何かに気づく。
「うん?ただの漁船じゃないのか?」
「でも近づいてきてるよ?」
「あほんとだ。なんかあったのか?」
船はやがて海岸に乗り上げ、中から男が何人か出てくる。
「おーい、大丈夫ですか?」
「ちょっとミーシカ、不審者かもしれないでしょ?」
「まぁまぁ、大丈夫だって。とりあえず行ってみよ」
「あのー、だいじ…」
「グワッ」
「ガハッ」
声を掛けようとしたその瞬間、首の後ろを強打され、二人とも意識を失った。
次に彼らが目を覚ますと、例の船の中と思われる部屋にいた。
周囲を見渡すと、壁にはお馴染みの黒電話将軍の肖像画が飾ってあった。
彼らは理解した。
「あぁ、まさか俺たちが拉致被害者になるなんて...。」
知識としては知っていたが、些か当事者意識や危機管理能力が不足していた。
どうすることも出来ず、これからのことを案じていると、雷の音が聞こえた。
壁を打つ雨音も徐々に大きくなり、船の揺れもそれに伴い大きくなっていった。
すると、一際大きな揺れの後、一瞬の浮遊感を挟み、大きな衝撃が走った。
「きゃぁぁ!」
「レヌーシュカ!」
顔を上げると、船室の半分が消えていた。
荒れた日本海の大波に、オンボロの工作船は耐えられなかったようだ。
時間的に恐らくここはまだ日本の領海。
そこでこの工作船が救難信号を発するとは考えられない。
最も、救難信号を発したところで、という状況だが。
恐らく、自分たちはこのまま荒波に揉まれて海の藻屑と化すだろう。
そう覚悟し、二人は意識を失った。
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(ここは、どこだ?)
瑞稀が目を覚ます。
(まさか、助かったのか?あの状況から?)
「そなたが、島田瑞稀くんだね?」
体を起こすと、目の前に真っ白な髭を生やし、白いローブを身につけた老人が立っていた。
「え?はい、そうですけど…ここはどこであなたは誰ですか?」
「ここは、いわば精神の世界。詳しいことは機密である。まぁ、話したところで理解出来んと思うがね。」
「はぁ...」
「そして、私はこの世界の創造主にして観察者。この世界を司る権限を持つ者である。」
「つまり、神、ということですか...?」
「そなたたちの言葉で言えば、そうなるかね。」
「それで、神様が俺になんの御用ですか?」
「そなたには、使命がある。大いなる、使命だ。」
「それは...」
「使命とはつまり、神聖なる帝国を救うことだ。その国のために働き、救いなさい。失敗しても良い。何回でも転生させてやろう。だが、くれぐれも、使命を忘れるでないぞ。」
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(あれ、夢だったのか?)
(確か俺は北朝鮮に拉致されて、船が事故にあって...)
(それで今生きてるってことは助かった、のか...?)
(しかし、何かがおかしい。体の自由がきかない。事故の後遺症か?それにしてはなんか妙だが...)
(そういえばレヌーシュカは!?)
「おー、おんぎゃあぎゃ?」(おーい、レヌーシュカ?)
(あれ、声が変だ。…まさか本当に!?)
彼が自分の体を確認すると、どれを見ても赤子のそれであった。
1888年のことであった。
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1906年 オーストリア帝国 ウィーン市内
彼が新たにフリードリヒ・ミュラーとして生を受けてから18年の時が経った。
初めの数年こそ困惑していたものの、現在彼は転生を受け入れ、1人の青年として生きている。
また、彼が現在生きるこの世界に対する知見も深まった。
この世界は簡単に言えば史実と少し異なる歴史を歩んだ、平行世界の地球。
元々、いわゆる歴史オタクであった彼にとって、この世界の歴史を覚えることもあまり苦ではなかったようだ。
そして今日は徴兵検査の日だ。
ミュラーの体は丈夫そのものであったため、このまま何事もなく徴兵されるだろう。
逃げようかとも考えたミュラーだったが、『使命』がなんとなく心に残り、兵士としての人生を歩むことに決めた。
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そこからは早かった。
軍に入ったミュラーは瞬く間に昇進を重ね、1914年、叩き上げにも関わらず26歳にして小隊を任される立場になった。
その直後のことであった。
サラエボで皇太子が暗殺され、オーストリア帝国がセルビア王国に最後通牒を送った。
しかし史実とは異なり、ロシア帝国やドイツ帝国はこの時に本格参戦せず、あくまで立場表明と物資等の支援に留めた。
第一次世界大戦ではなく、セルビア戦争の開戦である。
欧州全体に戦火が拡大しなかったとはいえ、セルビア戦線は地獄であった。
列強3カ国の国力が短い戦線に詰め込まれ、短期間で多くの戦死者を出した。
また、双方共に初めての本格的な塹壕戦であったため、塹壕生活する兵士へのケアが全くもって不十分であり、疫病などによっても多数の死者が出た。
戦いは膠着していたが、最終的にオーストリア帝国の方に傾き、1916年末、2年以上の時を経て講和条約が調印された。
双方合わせて300万人以上の死者を出したセルビア戦争は、小国たるセルビア王国はもちろん、オーストリア帝国の国力も吸い尽くした。
国境線付近の数十kmは毒ガスと重金属汚染により今後100年以上は人の住めない土地と化した。
10年間は雑草さえ生えなかった。
フリードリヒ・ミュラーも、この戦争で命を落とした。
帝国は空中分解し、ハンガリー王国、クロアチア王国、チェコ王国、ガリツィア・ロドメリア王国がそれぞれ独立し、今やこの帝国の残骸たる5つの国を繋ぐのは結束力の弱い「ドナウ連合」という陣営のみであった。
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ミュラーは、またしても新たな生を受けた。使命を果たすために。
今度は女性であった。
それも、皇太子の長女たる、アーデルハイト・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲンという名を持っている。
この時代で「国を救う」という大仕事を成すのに、女性という性は酷く不利である。
しかし、それが皇族、それも皇太子の長女ともなれば話は別だ。
女性であろうと、皇族というバックアップがあれば帝国宰相レベルの発言力も期待できる。
むしろ、徴兵で数年間を無駄にしない分、男性よりも都合が良かった。
こうして、彼の第三の人生が始まった。