カシムと魔女【AI生成挿絵付】
人々の悲鳴と馬の嘶きで、カシムは目が覚めた。
いつもより目覚めがずっと良い。
いつもであれば、もうずっと朝早くに掃除の親父が僕を叩き起こしにくるからだ。
それが、今日はない。
幼い頃に両親に捨てられ、この町でその日暮らしをして生きているカシムに『部屋』なんていう当たり前の産物はない。
匂いが幾分かマシなゴミ捨て場、それがカシムの寝床だった。
森では魔獣に襲われるし、街中にいれば人間に襲われる。
何度も死のうと思ったが、そんな勇気もなかった。
まだ10年しか生きていないこの小さな体は、早々に命を断つことを過剰なまでに拒む。
恐る恐る空いた隙間から外の様子を見る。
たくさんの人が、同じ方向に向かって走っている。
道端にはたくさんのものが落ちているが、誰も気に留めない。
「た、たべもの……」
いつもすぐに追い払われる商店のドアが開いていて、中には誰もいない。
昨日から何も食べていない。
フラフラとゴミ箱から出て、店へと向かう。
足取りが重い、目の前がかすむ。
「どけっ! 餓鬼っ!」
走ってきた男に、カシムは突き飛ばされた。
まさに人の川。
まともに走ることも、歩くことさえ出来ないカシムにとって、この川を渡ることは到底不可能だった。
「っつ……!」
足が動かない。
少しでも動かすと、激痛が走る。
「だ、だれ……」
誰か助けて。
子供なら当たり前に発することが出来る言葉を、カシムは飲み込んだ。
誰も自分のことなど、見ていない。
誰も助けてくれない。
もう、嫌というほど思い知らされた現実。
必死に痛みに耐えながら、カシムは路地裏に戻った。
あの場所に居ては、いつか馬車にひき殺されてしまう。
「お腹、すいたなあ……」
例のお店に目をやると、複数人の大人たちが店に入っていくところだった。
カシムも良くやる火事場泥棒だ。
「ああ、ご飯、残しておいてくれるかなあ……」
男たちの目当ては、金目の物のようだった。
食品が転がっているところには見向きもしていない。
カシムは、ただボーっと店を眺めていた。
ドン! ドン! と遠くから爆発音が聞こえる。
「も、もうだめだ! あんな化け物どうしろっていうんだよ!」
やがて人の姿が消え、兵士たちが走ってくるようになった。
だが、カシムにとってそんなことはどうでもよかった。
空腹のみが、カシムの生存確認となっていた。
「おい、坊主! 早く逃げないと!」
「何してる! いくぞ!」
「でも……」
「ばか! 足見ろ! もう逃げられない! 置いていくぞ!」
「坊主、すまん!」
複数人の兵士たちが、カシムに何かを話しかけたかと思えば、何もせずに去っていった。
(せっかくなら、ご飯を置いて行ってくれればいいのにな……)
カシムはゆっくりと地面をはって、店へ向かった。
「もう少し……」
やっとのことで道の真ん中まで来たその時、突風が店を吹き飛ばした……。
正確には、突風ではない。
強力な風魔法だ。
だが、カシムにとってそんなことはどうでもよかった。
「ああ……、ああ……」
やっと食べられると思った食事。
カシムの頬から、大粒の涙が流れ出てきた。
(なんで、なんで僕ばっかり……)
「およ? 小僧、お主は逃げなんだか?」
「姉さん、ほら、この子。足が……」
「おお、そうか。それで逃げられんのか。よし、では」
何やら、頭の上で女の人の声が聞こえる。
顔を上げると、まばゆい光がカシムを襲った。
「うわっ!」
慌てて目をつぶるカシム。
ゆっくりと目を開けると、そこには2人の魔女が立っていた。
「ほれ、小僧。足を治してやったぞ。さっさと逃げよ」
「え?」
カシムが足を動かしてみると、驚くべきことに痛みは無くなっていた。
痛みどころか、前に怪我したところまで綺麗に治っていた。
「あ、ありが……」
「なぁに礼には及ばないよ。さ、早くお逃げ」
「あ、でも……」
カシムは逃げるのではなく店の瓦礫を掘り起こし、食料を探した。
「むむむ、こやつ何をしておるのじゃ?」
「姉さん、お腹が空いているみたいですよ」
「おお、そうか。最近、人間共の勇者がいなくなってから使うこともないと思っていた読心術が役に立ったのう!」
魔女がもっている杖を軽く振るうと、瓦礫の中からいくつものパンが飛び出してきた。
「ほら、妹よ」
「姉さんも変わり者ですねえ」
もう一人の魔女は、パンに何やら魔法をかけた。
すると、煤で黒くなったパンは焼きたてのフワフワに変わり、カシムの手に落ちてきた。
「わぁ!!」
カシムは夢中でパンにかぶりついた。
「おいしい! おいしいよ!」
こんな美味しいパンは、食べたことがない。
カシムは、何もかも忘れて夢中でパンを頬張った。
「美味しそうに食べるのう」
「ふふ、まるで犬みたいですね」
パンはあっという間になくなってしまった。
「よし、腹も膨れたし、逃げるがよいぞ!」
「うわぁ! お姉さん、ありがとう!」
カシムは喜びのあまり、変な話し方をする魔女に飛びついた。
「うわ! こやつ、くさいのう!」
「あらあら」
もう一人の魔女が、そっとカシムの頭に手を当てる。
青白い光がカシムを包み込むと、ボロボロだった服を綺麗になり、髪も艶やかになった。
「お、こやつ。中々可愛いらしい顔つきをしているじゃないか。で、どうじゃ」
「そうですね。この子は人間なのですが、人間として扱われていなかったようですね。図らずも、姉さんが生まれて初めて優しくしてくれた個体のようですよ」
カシムは涙で目を真っ赤にしながら、魔女に抱きつき、生まれて初めての温もりを感じていた。
「ふうむ……、困ったのう。こういう反応は予想外じゃ」
「まあ、私たちにとっても、このような反応は初めてですしね……」
「よし! 決めたぞい!」
一人の魔女はしばらく考えたのち、手をポンッと叩いた。
「この少年に、『優しさ』を教えてやろう! 温もりとやらもじゃ! 幸せを感じ取れば、わし等に畏怖し、逃げ出すに違いない。それを狩るのじゃ!」
「姉さん、それは……」
カシムにとって、この魔女たちは『全て』であり、『世界』なのだ。
おそらく人間にどれだけ残虐なことをしようと、カシムは肯定し何も思わないだろう。
読心術の出来る魔女は、そのことを知っていた。
しかし、黙っていた。
(もう世界を滅ぼすのも飽きましたし、可愛い姉が苦心する様を見ている方が楽しそう)
「さあ、カシムとやら! まずはパーティじゃ! 貴様に幸せを教えてやろうぞ!」
「うわぁ! 魔女様、ありがとう!」
奇しくも、2人の凶悪で強大な力を持つ魔女は、世界を滅ぼすことを止めた。
世界を救ったのは、世界に見捨てられた一人の少年であったことは誰も知らない。