第018話・仇討ち
◇◇◇
森の皆さんこんにちは、ナナシです。
お嬢様と出会ってから二か月ほどがたちました。
今日までの間に色々ありました。
例えば、何度かお嬢様の命を狙う刺客がやってきたり(ほとんどは拠点を覆う結界に入ることすらできずにいたところを捕らえましたし、唯一結界に忍び込めた刺客も僕が「えいっ!」とやって倒してます)、
蒼い肌で桁違いの魔力を持っていて口から凄まじい冷凍ビームを出せるトリケラトプスみたいな爬虫類と戦ったり(こちらも後で美味しくいただきました)、
ゴミ捨て場を掘り起こして僕が今までに倒してきた生き物たちの皮や骨やツノや牙や体内から出てきたツルツルの石コロ等々を集めたり(僕は食べられない部位は捨てていたのですが、どうにもお嬢様からするとお宝の山だったようです)、
お嬢様に礼儀作法やら一般常識やらを教えてもらったり(お嬢様の従者として当然覚えるべきことですからね。それに前世で覚えたものと似通っている部分も多くてそれほど苦労はありませんでした)、
魔力やスキル、戦闘についての鍛錬とお勉強をしたり(僕も最低限の武芸は身につけましたし、特に結界術については格段に成長した自信があります)、
お嬢様と一緒にスポーツを楽しんだり(僕もとうとうキャッチボールができるようになりましたし、お嬢様はテニスがお気に入りのようです)、
お料理のレパートリーを増やしたり(お嬢様の収納空間に大量の小麦粉や調味料一式が入っていたため、それらを料理に使わせてもらえるようになりました。やったね!)、
あと、お嬢様との親密度が上がったり(お風呂でお背中を流したり、お風呂上がりにマッサージをするようになったり、激しい雷雨の夜に同じベッドで寝たりしました)と、まぁ、色々とありました。
で、その中で、ひとつ分かったことがありまして。
お嬢様、どうやら最近まで僕のことをずっと女の子だと思っていたみたいですね。
どうりで、なんだか距離感が近い時があったり、隙が多かったりしたんですねぇ……。
お嬢様、肌着と下着姿でベッドに入るタイプなんですけど、朝起きたらそのまま身体を起こして僕に身だしなみを整えさせてくれてたんですよ。
下半身は……、僕が生足を見たらドキドキしすぎるのを分かっているので最後にズボンを履くときまでお布団から出しませんでしたが、上半身は薄手のキャミソールみたいなやつだけ着た状態で、お髪にクシを入れたりしていたわけで。
お嬢様の頭越しに豊かなお胸の谷間が丸見えだったり、おパンツに包まれたお尻が見えてる状態でも、全然気にしてらっしゃらなかったんですよ。
僕は、「さすが元お姫様。人に見られたり、かしずかれたりするのに慣れていらっしゃる」とか思っていましたが。
それも、僕が同性だと思っていたからみたいですね。
今では先にお嬢様がある程度お着替えを終わらせてから、髪をすく流れになりました。
まぁ当然の措置といえます。
しかし、うーん。
いまだに不思議なのですが。
僕ってそんなに女の子っぽいんですかね?
いや僕も、鍛錬や狩りやお嬢様の身を守る時やお世話をする時以外で不必要に身体接触をしないようにしていましたし、トイレや入浴などは別々ですし、僕が着ているのは結界服なので服を脱ぐことがほとんどなく、肌を晒したこともほぼなかったのですが。
女顔で背丈が低くて線が細くて女声ではあったのですが。
が! しかし。
しかしですよ。
まさか、僕のことを女の子だと勘違いしているなど夢にも思いませんでした。
あれだけ何度も可愛い女の子のお足が好きだと言っていたわけですし、そもそも一人称が「僕」なのですし……、いやはやいまだに驚きが抜けません。
ちなみに、お嬢様が僕を男だと知ったときは、僕の不注意で僕の全裸姿を見せてしまうという事故が起きたのでして。
えーと、その、……僕の股間のツルツルゾウさんを、お嬢様にバッチリ見られてしまいました。恥ずかしい……。
お嬢様も、ものすごい悲鳴を上げて赤面したまま僕をビンタしてきましたので、まぁ、よほど驚いたのでしょう。
それから丸二日ぐらいは顔も合わせてくれず口も聞いていただけませんでしたし。
そして、それでも夜寝る時は同じ部屋で寝ることを許してくださいましたので、僕もそれなりにお嬢様の信頼を得ることができているのかな、と少しばかり誇らしい気持ちになりました。
この信頼は、決して損ねないようにしなくてはなりませんね!
と、僕は決意を新たにしたのでした。
◇◇◇
さてさて、そんなこんなと色々あったわけですが、今現在は何をしているかと言いますと、僕はお嬢様と一緒に森の奥まで狩りにきています。
そしてお嬢様は、今まさに上空から飛来してきたプテラ君に対して交戦の意を示しました。
「来なさい、トリ畜生!!」
グギョギョギョギョギョギョギョ!!
両者とも戦意バチバチです。
プテラ君は大きく翼を広げて威嚇をし、お嬢様は愛用の木の棒を脇構えにして挑発しています。
キョアアーーーッ!!
プテラ君が羽ばたき上空へ舞い上がりました。
豆粒のように小さくなるまで高く飛ぶと、そこから流星のような速度で降下してきました。
さすがに速いです。
この人外魔境の地で制空権を持つ生き物のうちの一種ですので、そこらの飛行生物とは比べ物にならない速さです。
まぁ、僕の結界術ならなんの脅威もない生き物ではありますが、……今回の狩りでは可能な限りお嬢様が一人で狩るというお約束になっていますので、僕は今のところ手を出すつもりはありません。
お嬢様も、静かに魔力を練り上げ、身体各所を強化していくほか、魔力をスキルに流し込んで発動状態にさせていっています。
迎撃準備は万全でしょう。
……ああ、しかし。
そうは言ってもやっぱり不安はあります。
僕は、いつでも結界を張れるように両手の平を合わせたまま、お嬢様とプテラ君の戦いを見守りました。
頑張れ、お嬢様!
負けないでください!
この狩りが終わればまたマッサージをして全身を揉みほぐさせていただきますので!
ファイト!
そうしていると、みるみるうちにプテラ君がお嬢様に迫ります。
鋭いクチバシでお嬢様を串刺しにしようとしているのでしょう。
ハラハラドキドキとしていられる時間はほんの僅かです。
そして決着はそれよりも早く、短い時間で訪れました。
「せやあああっ!!」
お嬢様の目前で猛烈な急降下から反転し、すくい上げるようにして迫るプテラ君のクチバシを、
お嬢様は身体ごと真横に倒れ込むような体捌きでギリギリかわし、
それと同時に真横に振り抜いた木の棒がプテラ君の首を捉えました。
長い木の棒の根本近く、お嬢様の持つ手のそばで当たったのと、そもそもの質量差、速度差で勢い負けしてそのまま押し込まれる形となりましたが、
自らの肌を木の棒に擦り付けていったプテラ君の首筋には、鋭利な刃物で斬られたかのように深い切り傷が残りました。
グキョアアアアアアアーーーッ!?
噴き出す鮮血、漏れ出る悲鳴。
お嬢様はすぐさま体勢を立て直すと、飛び抜けていったプテラ君に向き直り、構えます。
プテラ君は傷の痛みとショックで暴れ回り、付近の木々をなぎ倒しながら再度お嬢様に迫ります。
お嬢様の木の棒には、まだ、お嬢様が作成した鋭刃結界が破壊されずに残っています。
再度の衝突。
そして吹き飛ぶお嬢様。
木の棒は衝撃に負けて真っ二つに折れてしまいましたが、そのうちの片方は深々とプテラ君の左目に突き込まれています。
プテラ君は勢いのままに地面に叩き付けられて土埃を上げながら転がっていき、
吹き飛ばされたお嬢様は着地と同時に受け身を取ると、二回転、三回転ののち両足で着地してプテラ君に向き直ります。
数秒後、地面に伏して動かなくなったプテラ君と、
両足で立って構えるお嬢様。
「……ふぅ。やっと倒せたわ」
僕は、感動と興奮から、自然と拍手をしていました。