第016話・お嬢様の正体
「絶対、絶対のぞいちゃダメよ!! こっち見たらほんとに許さないからね!?」
背後から聞こえるお嬢様の声。
それと一緒に聞こえるごそごそという衣擦れの音。
お嬢様は今、僕が用意した小さな結界部屋(不透明な結界壁で囲んだ簡易な部屋です)の中で、土と汗とおしっこまみれになってしまった自分の服を脱いでいるところです。
正直言って、お嬢様が今おしっこまみれのズボンとおパンツを脱いで生足を出しているのかと思うと興奮して鼻血が出そうなのですが、僕は我慢のできる男なので決してのぞいたりはしません(鼻血はちょっと出てます)。
「それと、ほんとに頼むわよ! こんなところでシャワー浴びるなんて正気の沙汰じゃないけど、汚れたままは嫌だし、かといってシャワー中に襲われるなんて絶対に嫌だからね!?」
僕は元気に答えました。
「了解しました! お嬢様のお着替えシーンとシャワーシーンは誰にも邪魔させません!」
「絶対に絶対よ!?」
「絶対に絶対です!」
そして聞こえる、蛇口をひねる音と水が流れる音。
それからばしゃばしゃと、水が跳ねる音がしばらく続きました。
「お嬢様ー! お湯加減はいかがですかー!」
僕が問うと、シャワー室の中からお嬢様の声が返ってきます。
「ちょうど良いぐらいよ! なかなかやるじゃない!」
どうやらいい湯加減のようです。
僕は、結界部屋の上に作った貯水タンクに追加の焼けた岩(紅ティラノ君の熱線を浴びた岩です)を入れるのをやめました。
「しかし……、ナナシさんの結界術って本当にすごいわね。こんな森のド真ん中でシャワーを浴びられるなんて……」
僕が作った結界部屋の中は、脱衣所とシャワー室に分かれています。
脱衣所には汚れ物入れ用のカゴと結界布製のタオル、着替えの結界服などが置いてあります。
そしてシャワー室は天井部分の上に備えた貯水タンクから水が出てくるようになっていて、貯水タンクの中には上空の大気中の水分を凝縮して集めた水(上空に巨大な結界を作ったあと、水分だけ遮断する状態にして小さくすることで空気中の水分を集めることができます)が入っています。
また、タンクの中に熱線で焼けた岩をいくつか一緒に入れることで水を温水にしてあるので、お嬢様には快適にシャワーを浴びていただくことができます。
さて、お嬢様がシャワーを浴びている間、僕は結界部屋の外側をもうひとつ別の結界で覆ってから、さらにその外側で結界部屋に背を向けて立っています。
結界壁は透けてないのですが、お嬢様に絶対こっちを向くなと言われましたので、背を向けているのです。
そして僕の目の前には、先ほどしとめたばかりの紅ティラノ君の死骸があり、僕に首チョンパされて地面に転がった頭部から冷たい視線を向けられていますね。
いやぁ、まぁ、そんな恨みがましい目をされましても。
この森の掟は弱肉強食ですし、僕の結界術のほうが紅ティラノ君より強かったというだけの話なので、そんなに恨まないでください。
君のお肉は僕たちで美味しくいただきますので。
それからしばらく待っていると、シャワーと着替えを終えたお嬢様が結界部屋から出てきました。
「ふぅ……、サッパリしたわ」
首にはタオルをかけ、手にはカゴがあります。
カゴの中には着替えた服が入っているのでしょう。
「これ、一応水洗いはしたんどけど、もう一回きちんと洗っておいてくれないかしら?」
僕は、結界の中に入ってお嬢様からカゴを預かりました。
「分かりました! 拠点に帰ったら結界泡で洗っておきますね!」
「……ねぇ、ナナシさん」
するとお嬢様は、少し考えるそぶりを見せたあと。
「……先ほどは、貴女の主人として見苦しいところを見せたわ。それから、……ありがとうね、ナナシさん。貴女にはまた助けられました」
なんと、僕に頭を下げたのです。
「そんな! 頭を上げてください! 僕のほうこそ、お嬢様を怖がらせてしまいました。申し訳ありません!」
僕も負けじと頭を下げます。
「僕がもっと早く紅ティラノ君を倒していれば、お嬢様に恥をかかせることもありませんでした!」
「それを言うなら、この極魔の大森林の奥地へ考えなしに飛び込んだ私に非があるわ。貴女は、安全と効率に配意した狩りをしようとしていたし、私が横槍を入れなければこんなことにはならなかった。違う?」
「それは……」
「それに、私はとても恐怖したし、私はここで死ぬんだとも思っていたけど、実際はそうはならなかった。貴女と、貴女の結界術のおかげでね」
お嬢様は、僕を見つめてニコリと笑います。
「あらためて、貴女の結界術はすごいと思うわ。そして、それをここまで使いこなせる貴女も。あんな威力のブレスを真正面から受け切る強度の結界と、その結界すら容易く切り裂く光の刃。どちらも今までお目にかかったことがないわ」
なんだかとっても褒められてます。
なんでしょう。
ちょっとむずむずします。
そして、とっても嬉しいです。
「そんな貴女に、あらためてお願いがあります」
「なんでしょうか?」
「貴女、私の従者として、これからも私を助けてくれないかしら?」
はて、お嬢様はどうしてそんなことを言うのでしょうか?
そんなの、答えなど決まっていますのに。
「もちろんですとも! 僕はお嬢様の従者ですから!」
「……本当に、いいの? 私の言ってるこれからっていうのは、『これから先もずっと』っていう意味よ?」
なんとなんと!
それってもしかして!
「僕は、二か月間の償いを終えた後もお嬢様の従者でいていいということですか! やったあ!!」
僕が両手をあげて大喜びすると、お嬢様は少し困ったように笑いました。
「そんなに喜ぶとは思わなかったわ」
「だって、ハローチェお嬢様ほど素敵な女の子のおそばにいていいだなんて、たくさん喜ばないとバチが当たりますよ!」
「……やっぱり貴女、ちょっと変わってるわね。……そんなに女の子が好きなの?」
お嬢様が、戸惑いと恥じらいが混ざったような顔をしています。少し頬が赤いのが、なんともプリティーですね。
「可愛い女の子と、そのお足が好きなのです。こればかりは、どうにも昔からそうでして」
僕は前世のときから、女の子のお足ばかりを求めて生きてきました。
それは今世でも変わらないのでしょう。
まぁもちろん、お顔が可愛かったりお胸が大きかったりするのは、それはそれで良いと思うんですけどね。
それでもやっぱりお足が美味しそうな女の子にばかり目がいってしまうんですよ。
あとは、お尻ですね。お尻はお足の付け根なので、半分ぐらいお足だと思ってます。
なのでお尻も好きです。お足の次くらいには。
「そう……。それなら、……はい」
「!?」
なんとお嬢様は、おもむろに右足の靴を脱ぐと、な、な、生足を出して持ち上げました!
僕は、ふらふらと吸い寄せられるようにひざまずくと、お嬢様の右足をそっと両手で掴みます。
お嬢様は僕を見下ろして、にっこり笑います。
「その馬鹿デカい生き物から私を助けてくれたご褒美をあげるわ。そうね、一分間にしましょうか。私が『おしまい』と言うまで、私の右足を好きにしていいわ」
「……!!」
「けど、そうね。痛くしたらそこでおしまいにするわ。あと、……この体勢って意外と疲れるから、椅子でも出してくれないかしら?」
僕は、すぐさまお嬢様用の椅子を作って腰掛けてもらうと、あらためてお嬢様の生足を見つめます。
……ゴクリ。
とっても、とっても美味しそうです。
温水シャワーを浴びたばかりでスベスベしていて、まるで輝くように感じます。
「それともう一つ。私は貴女に伝えなくてはならないことがあるわ。私の名前はハローチェだけど、ハローチェだけじゃないの」
「……と、言いますと?」
「私の本名はね、アイリスハローチェ・トゥ・グロリアスというの。この極魔の大森林から北に進んだところに、グロリアス王国という国があるのだけれど」
なんと、まさか。
「私、その国のお姫様だったのよ。まぁ、もう国を追い出されちゃったから、正確には元・お姫様、なんだけどね」