第140話・逆転結界
◇◇◇
翌日と翌々日に、皆と話し合いをしました。
それから八十九日目に、お家で送別会をしてもらいました。
そして今日。
攻略開始から九十日目です。
僕は今、九十階層のワンコちゃん邸に来ています。
ワンコちゃん邸には、ワンコちゃんと一緒にスーちゃんさんもいました。
「ゲートキーの使い方、教えないとだし。それに、アンカーをちゃんと残さないと、あんたたちが帰ってこれなくなっても困るから」
ふむ。なんかやっぱり言葉の端々にツンデレさんムーブが見え隠れしている気がします。
まぁしかし、手助けしてくれるというのなら素直にお礼を言っておきましょうか。
「ありがとうございます、スーちゃんさん」
「……別にあんたのためじゃないし。フェアが帰ってこれなくなったら困るってだけだから!」
ですって、フェアちゃん。
「うん。ありがとうね、スー。心配しなくても、ちゃんと帰ってくるからね」
はい。そうなんですよね。
実は、お嬢様たちの元に向かうにあたって色々と話し合いが行われた結果。
せっかくだから皆で行ってみようぜ、という話になりまして。
今回僕と一緒にお嬢様たちの元に向かうのは、
お嬢様の一番の従者、僕!
結界同盟の切り込み隊長、メラミちゃん!
同じく結界同盟の腹ペコ魔剣士、キャベ子さん!
ダンジョン大辞典の原案書いて暇になったとか言ってる人、フェアちゃん!
なんかしれっとついてきてる人(いや、ほんとにさっき気づきました。いつの間に……?)、ソウ兄ちゃん!
の、五人になります。
パーティー名は、結界戦隊ファイブバリアーズ、でどうですか?
「だせぇ……。そこは結界同盟のままにしとけよ」
ちぇっ。はーい。
てな感じです。
あと、勇猛楽団の皆さんも来たがっていたのですが、あんまりこっちに来すぎるとイェルン姉さんが寂しすぎて死んでしまう(送別会でもボロ泣きでお酒を飲みまくって、今朝も死んだように寝ていました)ので、一緒にお家に残ってもらうことにしました。
しばらくは冒険者活動は控えて、かわりに作家や音楽家として頑張るそうです。
まぁ、ミーシャ姉さんにもイェルン姉さんのことは任せてきたので、なんとかなるでしょう。
「それで、ナナシ。ナナシのお嬢様はなんて言うだろうな」
どうでしょうねぇ。
理を説けば通じる方なので、いけると思うんですけども。
「ま、ダメならそのままついてくだけだ。アタシはどっちでも良いけどな」
実は、お嬢様たちと合流できたら、なんとかお嬢様を説得して、皆でまたこちらに戻ってくるようにしたいね、という話になりっていまして。
そのためのあれこれを、色々と準備してあるのです。
「とはいえ、説得に失敗したらこのリングをフェアちゃんに譲りますので、その時は、フェアちゃんとソウ兄ちゃんだけで帰っていただければ」
お二人には、帝国での立場がありますからね。
「そうならないようには、したいところだけどねー」
「マイブラザーを置いては帰れん」
まぁまぁ、そうならないように全力を尽くしますので。ね?
「それじゃあ、行くかのぅ」
よっこいせっとワンコちゃんが立ち上がり、なぜか僕の隣に……?
うん?
ワンコちゃん?
「一応、ダンジョン側からも監視がいるでしょ。あんたがいなくなったら九十階層まで実力で来れる人間なんてそうそういないだろうから、ワンダーを同行させなさいって言われてるのよ」
なるほど。
そうですか。
「それじゃあよろしくお願いしますね、ワンコちゃん」
「よろしくねぇ、ななし。それに、皆も」
ニコニコ顔のワンコちゃんが指先に光を集めると、カードのような形になりました。
これ、冒険者証ですか?
「そうよ。ほら、皆カード出して。あたしの権限でパーティー登録しとくから」
ほほう、そんなこともできるんですね。
「当たり前でしょ。この冒険者証って元は魔界らの技術なんだし」
ということで、僕をリーダーとして六人パーティーを組みました。
名前はそのまま結界同盟です。
「もし、向こうの人間をこっちに連れてくるなら、ワンダーに仮冒険者証の発行権限とパーティー加入申請の受諾権限を渡してあるから、それでよろしく」
分かりました。
ありがとうございます。
ちなみに、一パーティーは最大二十名まで登録できるらしいですね。
すごい大所帯に聞こえますが、軍隊の一小隊規模と考えたらそれほどおかしくはないみたいです。
さて、それなら。
「そろそろ行ってみましょうか」
お嬢様たちの元に。
「まずは魔界ね。ついてらっしゃい」
と、スーちゃんさんが掌印を結ぶと、ぐにゃりと空間が歪んでゲートが開きました。
スーちゃんさんに続いてぞろぞろとゲートを通ると、小さな部屋につながっています。
しかしなんだか空気の質が違う気がしますね。
ひょっとしてここはもう魔界なのですか。
「そうよ。魔界でのあたしたちのお城の、普段は荷物置きに使っている一室よ」
へぇー!
そうなんですね!
ふと見ると、フェアちゃんがきょろきょろと周囲を見回していますが、やがて肩をすくめてお手上げポーズに。
「気になるけど、まぁ、今はいっか」
ということで、ここからが大一番です。
今度は魔界から地上に出るわけですが、お嬢様たちのいる時空に出なくてはならないわけですので。
僕は、左手の中指にはめたリングに意識を集中させます。
すると、頭の中に地上へのゲートの開き方の説明が出てきました。
それを読むに、やはり地上に出る際に行きたい時空について明確に思い浮かべることや、繋がりの強い目標となるものがあれば、そこに行きやすいとのことでしたので。
僕は、両手の平を合わせます。
そして、この日のためにこっそり練習しておいた、
「結界作成・……逆転」
業銘逆転を試みます。
結界術に逆方向から魔力を流し込んでみると、手の平の間にある結界の起点が、ぐにょんぐにょんと揺らぎ始めました。
むむむ……!
「え、ちょっとあんた、何してるの……?」
僕、フェアちゃんが業銘逆転を使ってみせたときから、考えていたんですよね。
僕の結界術に逆方向から魔力を流したら、どういう効果が出るんだろうって。
それで、逆転を考えるなら、まずは正転時の効果がどういうものかって考えたときに、
結界術は、結界壁によって中と外を区切る効果が、つまり、空間を隔てて分割する効果があると、思い至りました。
それなら、その逆とは?
僕は、結界と結界が引き寄せ合って、空間を繋げる効果になるんじゃないかと、
そういうふうに考えたのです。
「むむむむむむ…………!!」
僕は、僕の結界術に流し込む魔力の量を少しずつ増やしてみます。
手の中にある逆転結界が他の結界に引き寄せられ始め、しかし位置固定を解除していないので、動くことができずにぶるぶると震えています。
そうすると次第に、引き寄せ合う他の結界についての情報が、僕の頭の中に流れ込んでくるようになりました。
どんどん魔力を込めていくと、どんどん遠くにある結界の情報が届くようになってきます。
「ちょ、ちょっと!? 何その魔力量!? なにしてるのあんた!?」
僕の結界術は、もはや逆方向からの魔力を問題なく受け付けるようになりました。
そこに僕は、全力で魔力を注ぎ込んでいきます。
するとしだいに、今はもう消去したはずの結界の情報が流れ込んでくるようになりました。
これはつまり、僕が過去に作成した結界とも繋がろうとしている、ということではないでしょうか。
「むむむむむ…………!! むむむむむむむー…………!!」
どんどん過去に遡って、今までの結界の情報が流れ込んできます。
これなら、いけるのではないでしょうか…….!
しかし。
「うぐっ……!?」
「ちょっ、ナナシ!?」
突如、脳天をガツンと殴られたような痛みとともに、鼻血がボタボタと垂れてきたのでした。