第139話・約束を果たすために
まぁ、このウロコはまたブローチ作りに使うとして。
「それで、九十階層クリアだと七文字級のスキルオーブをいただけるんですか?」
「うん……。えっと、第七位階一つと第六位階一つを出せるみたいなんだけど……」
けど?
「その……。ここまで攻略されたこと今までなかったし、報酬を達成率による分割で出すのも初めてのことだから……」
ふむ。なにか、他のダンジョンマスターさんたちの決裁みたいなのが必要なのですか?
「いや、あたしの一存で運営していいとは言われてるんだけど……。イレギュラー過ぎてちょっと怖いというか……」
ああ、分かります。
何事も特例を作るというのは怖いですよね。
うまくまとめておかないと、あとから運用と解釈で悪用されかねないですし。
「それなのよ!」
じゃあ、誰か他のダンジョンマスターさんたちに確認してもらえますか?
自分はこういう考えでこういう手続きを取りますけど問題ないでしょうか、って。
「けど、それを聞きにいったら責任をそっちに押し付けるみたいになるじゃない!」
そりゃそうですよ。
自分で責任取れないなら上役に責任取ってもらうのが組織の常じゃないですか。
「それはそうかもだけど、ここを任せてもらってる身としては、そういう尻拭い的なことはさせたくないというか……」
ふむ。
じゃあ、フェアちゃん。
なにか良い折衷案はないですか。
「そうだね。それなら、抱き合わせ報告はどう? 何か収入があったことの報告のついでで、支出の話をするの」
なるほど。
良い話で悪い話を目眩しするのですね。
で、収入というのは?
「さっき色々スーから聞いた話を勘案すると、上役の一人に知識欲の強い者がいるらしいんだけど、ナナシってほら、私たちが知らないようなことも色々と知ってるでしょ」
ああ、これは暗に天人としての前世の知識を出せ、と言ってるわけですね。
しかし、前世の知識となると……。
「あ、それなら良いものがありますよ」
僕は、六インチサイズの結界板を作成し、その表面をタッチパネル形式にしました。
そしてそこに、僕の「異界電脳接続術」へのアクセス権を付与します。
「これ、僕のスキルによって異界の知識庫に繋がる機能を持った結界壁です。名前は結界パッド」
「異界の……、なんて?」
「ほら、ここをこうしてこうして……」
というわけで、一通りの操作方法を教えてからスーちゃんさんに魔界に持っていかせることに。
で、とりあえず返答待ちということで、この日は夜も更けてきたのでお家に帰ってベッドに入りました。
すやぁ……。
翌日。
攻略開始から八十六日目。
今日も四人でワンコちゃんの家に遊びに行くと、スーちゃんさんが僕たちを待っていました。
「ナナシ。昨日の結界パッド、あと二つ貸して。そしたら第八位階のスキルオーブを一つ渡せるから」
お、本当ですか。
というか、どれどれ。
「うわっ」
僕はびっくりして声が出ました。
なにせ、昨日の検索閲覧履歴を同期して確認したら、ものっそい数の履歴がずらっと出てきたからです。
うぅーん。なんか、農業とか品種改良とかの検索が多いですね。
あとは意外とスポーツ動画とかが多いです。
「なんか、たまに見れない情報があって困るって言ってたんだけど、心当たりはない?」
ああ、それはフィルターがかかってるからですね。
あんまり有害な情報は見れないよう(対象年齢小学校低学年相当以下)になっています。
「……知りたい情報全部知れるようにしてくれたら、第八位階のオーブをもう一個出してもいいって言ってたんだけど、それはどう?」
いや、さすがにそれはダメですね。
これで得た知識を使ってダンジョンの難易度を上げられても困りますし。
「検索閲覧履歴は全部こちらでも確認できるし、僕のスキル効果なので僕が死んだらもう見れなくなるということと、僕の一存でいつでも結界パッド自体を消去できるということを伝えておいてください。はい、これが追加の二台です」
「……分かったわ」
「あと、フェアちゃん。はい」
フェアちゃんにも三台渡しておきましょう。
「それを使えば、ここのダンジョンマスターたちが何について調べて何について知ったのか、帝国側でも知ることができますから」
「ははぁん……、なるほどね」
まぁ、お互いが軍事的なこととか非人道的なこととかに利用しようとするなら、僕も怒りますので。
「場合によっては、検索しても偽情報とかが出るように検索アルゴリズムを変えることもできます。そのあたりもよーく理解したうえで使ってくださいね?」
ま、スポーツ動画見て楽しむぐらいならいいんですけどね。
ということで。
夕方ぐらいまで八十九層で翼竜狩りをしてからワンコちゃん邸に戻ると、
「はい、ナナシこれ」
と、スーちゃんさんが赤いビー玉のようなものをくれました。
おお、これはまさか。
「第八位階のスキルオーブよ」
おお、これが!
やりました。
とうとうゲットできました。
これで僕も、時空間転移系のスキルが習得できるように……!
そしてお嬢様たちの元に帰れるように……!!
「で、そのことについてちょっと話があるわ」
はい、なんでしょうか?
「あんた、スキル容量の空きはあるの?」
……へ?
スキル容量の空き、ですか?
◇◇◇
結論から言うと、全然足りませんでした。
赤いビー玉を口に入れたら、合成音声のような女の子の声に『ぴぴー、第八位階のスキルを習得するための容量が足りません』と言われたのです。
そ、そんなバカな……!?
いえ、確かに、以前お嬢様からは「ナナシさんにはその結界術があるから、新しいスキルの習得は難しいかもしれない」みたいなことを言われた記憶がありますが……!!
けど、異界電脳接続術は習得できたのに……!!
「たぶん、それでいっぱいいっぱいになっちゃったんでしょ」
「じゃあ異界電脳接続術はいりません! だからどうにか、時空間転移系のスキルを覚えることはできないものでしょうか!」
「無理よ。覚えたスキルは基本的にそのままよ。スキルを消去できる効果のスキルでもあれば別だけど」
そ、そんな……!?
僕は、がっくりと膝をつきました。
それではどうやって、お嬢様たちの元に帰ればいいのでしょうか……。
「いやまぁ、そんなことじゃないかと思ってたわよ。安心して。そのことも含めて相談したら、ひとつアイデアをもらえたから」
「ほんとうですか!?」
スーちゃんさんは、小さなリングを取り出しました。
「その第八位階のスキルオーブを返してくれるなら、代わりにこれを渡しても良いって言われてるわ。これは、ゲヘナダンジョンのダンジョンゲートを限定的に特別使用できるゲートキーよ」
ゲートキー、ですか?
「そう。普段あんたたちが使ってるような、単に地上と行き来するためだけのものとは違う。魔界と行き来することができるゲートのキーよ」
……??
それを使うと、何がどうなるのですか?
「ワンダーも言ってたと思うけど。こっちと魔界って時間の流れが違うの。だから、一旦魔界に行ってまたこちらに戻ってくるときに、全然違う時間に、……それこそ、今より過去に行くことも可能なのよ」
「っ!?」
それは、ほんとうですか?
「本当よ。他の皆はあんたと敵対するより、利用できるうちは利用しようということで話がまとまったみたい。だから、ある程度は便宜を図って恩を売ってやろう、ということになったのよ」
なるほど。そうですか。
「このリングを身につければ、パーティー登録している人間たちと一緒に魔界を行き来できるわ。使用回数は魔界との往復二回まで。一回目に魔界に行ったときにアンカーが登録されるから、二回目にこっちに帰ってきたときには、アンカーした時空に戻れるわよ」
ふむ。
つまりそれは、行きたい過去に行くためには、自分でなんとかしろということですか。
「もちろん。そこまでは面倒見れないから。ただ、行きたい時空や会いたい人物、目印や目標となりうるものなんかがなるべく具体的かつ強力に思い浮かべられれば、ある程度は狙った時空に行けるみたいよ」
そうですか。分かりました。
「じゃあ、このスキルオーブはお返ししますので、そのリングをください」
「……こっちから言っといてなんだけど、本当にそれで良いの? このオーブを地上に持ち帰ったら、あんたたぶんものすごい名誉を得られると思うわよ?」
はい。お嬢様のいない世界の名誉などいりませんので。
僕が断言すると、スーちゃんさんは僕の後ろにいるフェアちゃんに目配せをしました。
そしてたぶんフェアちゃんは、やれやれとばかりに首を振ったのでしょう。
スーちゃんさんもため息をひとつついてから、スキルオーブとリングを交換してくれました。
「ま、あんたが良いなら良いけどね。それで、どうする? さっそくリングを使うの?」
いえ、今日は一旦帰ります。
こちらでも約束がありますので。
「約束?」
はい。
僕のお姉さんと、約束が。
そうして僕たちは、迷宮都市に来てからずっと住んでいるお家に帰って、皆さんに報告をしたのでした。