第136話・ラスボスちゃん登場
「このだんじょんの主というと、すーちゃんたちのことかい? もちろん、会えるよぉ」
そうですか。
……ん?
スーちゃんたちって言いました?
このゲヘナダンジョンの主は、何人かいるんですか?
「おるよぉ。基本的には、すーちゃんに任せて皆魔界におるんじゃけど、たまーにこっちに顔を出してくるときもあるんよ〜」
そうなんですか。
ちなみに今は、そのスーちゃん以外の方はいるんですか?
「うーんとねぇ……。いんや、おらんようやねぇ。すーちゃん一人が、あたしのことを見とるねぇ」
分かりました。
実はですね、僕、このダンジョンを完全クリアしてクリア報酬のスキルオーブをもらいたいんですよ。
「ほうほう。そうなんじゃねぇ」
はい。けど、ここを完全クリアしてしまうと、このボス部屋とか、そもそもこのダンジョン自体が消えちゃうんじゃないかって懸念がありまして。
「あぁ、そうかもしれんねぇ。うぅん、そうなると、あたしもちょっと困ってしまうねぇ……」
ワンコちゃんはキョロキョロと周囲を見回しました。
ですよね。
ワンコちゃんにとってここは大事な場所ですもんね。
「けんどもまぁ、いつかは終わりが来るとも言うとったし、それが近いだけの話なんやろうかねぇ……」
いえ、僕としてもそれは本意じゃないといいますか。
このダンジョンには、できれば今後もあり続けてほしいと思っています。
「おや、そうなのかい?」
はい。要は、スキルオーブをいただけたり、なにかしら時空間転移が可能になる方法を示していただけるなら、このダンジョンを完全クリアする必要はなくなるんですよね。
「なので、そのあたりの折り合いを付けられるかどうか、そのスーちゃんさんと話し合いをしたいんですよ。ワンコちゃん、僕とスーちゃんさんの間を取り持っていただけませんか? ここに呼んできていただけるなら、ちょっとお願いしたいんですけど」
「なるほどねぇ」
そう言うとワンコちゃんは、よっこいせっと立ち上がり、玄関の下駄箱の上に置かれていた黒電話のところに行きました。
そして、ジーコジーコとダイヤルを回してどこかに電話をかけ、しばらくお話をした後に戻ってきてくれました。
「なんだか、だいぶ慌てとるようじゃったから、ちょっとお顔を見にいってくるよぉ。少し待ちよってもろうても、かまわんかねぇ?」
良いですよ。
それなら待っている間、八十九階層で魔石狩りをしててもいいですか?
「かまわんよぉ。それじゃあちょっと、行ってくるよ〜」
そうして、ふわーっと浮いてすいーっと飛んでいったワンコちゃん見送ってから、
「それじゃあ、待っている間に翼竜狩りをしましょうか」
と、呆気に取られた様子の三人に言いました。
「……お前、怖いもの知らずというかなんというか……。よくあんなこと頼めるよな」
まぁほら。僕、可愛い女の子と仲良くなるの得意なので。
「……きさまー、やはりスケコマシかー?」
人聞きが悪いですよフェアちゃん。
「……お、ナナシ。この漬物は本当に美味しいな」
美味しいですよね。
今度漬け方を習いたいぐらいです。
さぁ、ほらほら。
皆さん、階段上がって八十九階層に行きますよ。
場合によっては、ここで魔石狩りできるのもこれが最後になるかもしれないんですから。
ということで僕たちは、その日の夕方ごろまで翼竜たちを乱獲し、大量の魔石を入手しました。
そして、再び九十階層に戻ってみると。
「ん。良い匂いがするぞ」
「くんくん。ほんとだ」
おお……?
これ、砂糖とお醤油の匂いでは……??
それにお米が炊き上がる匂いもしていますよ。
ワンコちゃん邸に入ってみると、ワンコちゃんが囲炉裏に鍋をかけて、すき焼きの準備をしていました。
「おかえりよぉ。すーちゃん、晩ご飯の時間に合わせて来てくれるみたいじゃから、みんなも食べておいきよ〜」
了解です。
ご相伴に預かります。
けど、そうなると、帰りが遅くなるとイェルン姉さんたちにお伝えしなくてはなりませんね。
「メラミちゃん。申し訳ないんですけど、ひとっ走りしてきてもらってもいいですか?」
「あぁ、良いけどよ……」
そんなわけで、メラミちゃんをパシってから僕もご飯の準備をお手伝いしながら待っていると。
「やって来たわよ!」
と、玄関から元気な声が。
そしてドンドンと足音を鳴らしながら入ってきたのは。
「一探索者風情が! ダンジョンマスターのあたしを呼び出すなんて良い度胸じゃない!」
ワンコちゃんと同じぐらいの年恰好に見える、ゴシックロリータ服を着たとんがり耳の女の子でした。
◇◇◇
「あんたがナナシね」
とんがり耳の女の子は、仁王立ちで腕組みをして、僕のことをじろりと睨みます。
「確かに、この階層まで来るだけの実力はあるようだけど。でも、このスー・ラスボ様を呼び出そうなんて百年早いわね!」
なるほど。
この子がスーちゃんさん、と。
僕は、目の前の女の子をじっと見つめます。
さらさらの金髪をツインテールにしていて、真っ赤な瞳と、とんがったお耳をしています。
お人形さんのように整ったお顔ですが、今は不機嫌そうにしています。
身長や体型はワンコちゃんと似たようなもので、ワンコちゃんの服がどことなく和服っぽいのに対して、スーちゃんさんはゴリゴリのゴスロリ服です。
気の強そうなワガママお嬢ちゃん、という印象ですね。
……それにしても。
「スー・ラスボってお名前なんですね」
「そうよ。……なによ、その顔?」
「いえ、名は体を表すと言いますし、とても素敵なお名前だと思います」
僕も、前世の名前が使えなくなったので、名無しのナナシにしたわけですし。
分かりやすいことは良いことですよね。
「ところでスーちゃんさん。ここに来ていただいたということは、なんのかんの言いつつもお話し合いはしていただける、という認識でよろしいですか?」
「ふん! ワンダーからの誘いじゃなければ来てないんだからね! 感謝しなさい!」
「おやまぁ、すーちゃんたら。さっきはお友達が増えるかも、ちゃんとおめかししなきゃ、ってあれだけ喜んどったのに」
「ワンダー!? 余計なことは言わなくていいの!!」
ほほう。ツンデレさんムーブですか。
生で見るのは久しぶりですね。
しかし、そうですか。
口では悪態をつくけれど本当はお友達が欲しいタイプのツンデレさんですか。
ふふふ、なるほどです。
「なによその顔! ムカツクー!!」
ははは。
まぁ、仲良くしましょうよ。
この後の話し合い次第では、僕たちはお友達になれるのかもしれませんし……、
「……殺し合いになるかもしれないんですから、……ね?」
僕は、ニッコリ笑って言います。
その瞬間、スーちゃんさんが僅かに慄いたのを、僕は見逃しませんでした。
そしてそれと同時に。
「……おんやまぁ。そんないじわるを言うもんじゃないよぉ、ななし」
ほんの僅かに、ワンコちゃんから殺気が漏れ出たことも感じ取りました。
「……ほれまぁ、まずはご飯にしましょうよ。あたしゃあ、皆で仲良くお鍋をつつくというのを、昔からやってみたかったんじゃからねぇ」
そうですね。
食べましょう。
そうして、どこか緊迫感に包まれたまま、すき焼きご飯を食べ始めたのでした。