第135話・おばあちゃんの知恵袋を頼ります
地上に帰ってくるなりメラミちゃんに頭をシバかれました。痛い!?
「お前なぁ!? 何あんなバケモノみてーなやつ相手にのんびり茶なんか飲んでんだよ!?」
いえ、だって。
ワンコちゃん全然敵意がなかったじゃないですか。
それに美味しいお茶と漬物でおもてなしをされたら、ゆっくり味わうのが粋というものでしょう。古事記にもそう書いてありますよ。
「だからって、アイツはヤバすぎんだろ!? 圧が強すぎて魔力の流れが一切読めなかったぞ!?」
はい。とても透き通った魔力でしたね。
なんというか、あらゆる邪悪を濯ぎ祓う真っ白い光を見つめているような気持ちでした。
少なくとも、ワンコちゃんは悪い龍ではありませんよ。
「それは、そうだろうけどよ……」
「光老龍ワンダーコール。魔界の六大祖龍神の一柱の、分霊。……何度読み込もうとしても、読めたのはこれだけだったよ」
フェアちゃんも、困りきったような表情です。
「あまりにも実力差がありすぎたね。あれはちょっと、今の私じゃあ手も足も出ないかな」
なるほど。
けどまぁ、明日も遊びにいって良いって言っていましたし、その時にまた見てみましょうよ。
「ナナシ。……その、ワタシは、もしもの時はこの命にかえてもナナシのことを守るからな」
大丈夫ですよキャベ子さん。
それより、ワンコちゃんの仕込んだ漬物、とっても美味しいですよ。
明日はキャベ子さんも一緒に食べましょう。
「まぁ、今日のところは帰りましょうか」
そうしてこの日は、お家に帰って早めにベッドに入ったのでした。
すややぁ……。
翌日。
攻略開始から八十五日目。
「ワンコちゃーん、あーそーぼー」
と、九十階層のリトライクリスタルへ飛んで鳥居をくぐってワンコちゃんのお家にお邪魔します。
ワンコちゃんは庭先で薪割り(手刀で薪がスッ、と切れています)をしていました。
「おお! おお! ほんとうに来てくれたんじゃねぇ!」
はい。もちろんですよ。
あ、今日はお土産もありますよ。ほら。
そう言って僕は、手土産として買ってきた珍味・大亀の干し肉(僕が仕留めたやつです)と、満漢大将の古酒樽(とっても美味しいらしいです)を出しました。
「わあぁっ、すごいねぇ……! こんなえいものをもろうて、ほんとにえいのかねぇ……!」
先日の美味しい漬物のお礼ですので。
どうぞ遠慮なく。
「むはー! それならありがたくいただくよぉ! ななし、ありがとうねぇ」
ニコニコ笑顔のワンコちゃんに、こちらもニコニコしてしまいます。
いえいえそんな。
喜んでいただけたみたいで良かったです。
「ああ、そんなところに立っとらんと、ほら、中に入りんしゃいよ! お茶とぽりぽりさん、またご馳走するからねぇ!」
わーい!
いただきます。
ほら、皆も入りましょう。
僕は、僕の後ろで緊張したままのメラミちゃんとキャベ子さんとフェアちゃんとともに、再びワンコちゃん邸にお邪魔しました。
先日と同じ客間で、出されたお茶を一口すすります。
うん、美味しい。
ほっと落ち着くお味です。
漬物もよく漬かっていますね。
今日のこれは、キュウリのぬか漬けでしょうか。
ワンコちゃんはとっくりから湯呑みに注いだお酒を舐めるようにちびちび呑みながら、僕のことをニコニコと見つめてきています。
「ワンコちゃんって、なんかすごい龍なんですか?」
「そうさねぇ。他の子たちからは、ひれ伏されたり祀り上げられたりもするんじゃけどねぇ。あたし自身は、そんなたいした存在じゃあないよ。こうしてのんびりお喋りするのが好きな、他よりちょっと長生きしてるだけのものじゃよ〜」
そうなんですね。
長生きというと、どれぐらいの?
「さぁてねぇ。魔界はこちらとは時間の流れも数え方も違うからねぇ。けんど、あたしより前から生きているのは、もう魔界では魔神王さんと悪魔将軍さんだけになってしもうたか。そう考えたら、あたしも存外歳を取ったもんじゃねぇ」
そうでしたか。
けど、見た目はまだまだお若いですよね。
人間換算だとまだ十歳の女の子、って感じですよ。
それに、お肌のウロコもキラキラしていて瑞々しいと思います。
「あらやだ! 鱗を褒められたのなんて何千年ぶりじゃろうか! うふふ、お世辞でも悪い気はせんよぉ」
いえいえお世辞だなんて。
事実、とってもきれいですよ。
ワンコちゃんの手の甲から前腕にかけてと、襟元から見える首周りから胸元にかけて、それはそれは美しいウロコが並んでいるのですから。
まるで光そのものが形となって、ワンコちゃんを彩っているみたいに見えます。
それに、暖かくて優しい光で、ワンコちゃんの心根の清らかさを表しているようにも見えますね。
「もう! もう! ななしはすけこましさんじゃね! うふふ、なんだか年甲斐もなく、どきどきしてくるよぉ」
そう言って、ワンコちゃんは嬉しそうに身をくねらせて尻尾をフリフリします。
どうやら鱗を褒められて照れているようです。
僕は、その隙にワンコちゃんをじっと見つめてみます。
新雪のように真っ白で、さらさらの長い髪。
お顔はとても可愛らしく、薄金色のくりっとした瞳と、たくあんみたいな形の眉毛が乗っています。
体は小さく、まんべんなく薄いのですが、漏れ出す魔力の圧は凄まじいものがあります。
頭の両側頭部から、後方に向かって水晶のようなツノが生えていて、背中からは、高濃度の魔力が形ある光となってできた羽が生えています。
腰の辺りからは自身の身長と同じぐらいの長さの尻尾が生えていて、尻尾の太さはワンコちゃん自身のお足より太いです。
うーん。強い。
もし、ワンコちゃんと戦うことになったら、僕は死力を尽くさねばならないでしょう。
僕はお茶をすすりながらチラリと後ろを見てみます。
緊張しすぎてお茶の味も分かっていないような表情のまま、三人ともお茶を飲んでいました。
僕は、ワンコちゃんに向き直ります。
「そういえば、ワンコちゃんってどうしてこのダンジョンに住んでいるんですか?」
ワンコちゃんは照れ笑いを浮かべたまま、答えてくれました。
「そりゃあもちろん、ダンジョンに呼ばれたからよぉ。魔界でぼぉーっとして過ごしてたら、ある日声が聞こえてねぇ」
声、ですか?
「そうそう。住みたい環境を作ってあげるから、分霊を使わせてほしいってねぇ。それであたしゃ、昔々に見た夢の景色を思い出して、そこにこのあたしをぽんと置いたんじゃ」
それが今、僕の目の前にいるワンコちゃんなんですね。
「そうよぉ。魔界の本体も、時折夢を見るようにしてあたしのことを見ているときがあってねぇ。あっちは景色も寒々しいから、ここみたいな晴れ晴れとしたところに住むのが、小さい頃からの夢だったんよぉ」
なるほど。
それではこのお部屋は、ワンコちゃんにとって大事な憩いの場なんですね。
「もちろんよぉ。ななしにも、そういうところはないかねぇ?」
ありますね。
僕にも帰らねばならないところがあります。
なので、こうしてこのダンジョンを潜っているわけなのですが。
「ワンコちゃん」
「なんだい、ななし」
「ワンコちゃんの知恵袋を見込んで、お聞きしたいことがあります」
「良いよぉ。あたしに分かることなら、なんでも聞いておくれ」
では、ズバリ聞きますが。
「ワンコちゃんは、このダンジョンのラスボス、……主に会いに行くことはできますか?」
僕の後ろで三人が息を呑んだのが分かりました。