第131話・十割コンボ
「メラミ!!」
フェアちゃんが叫びます。
メラミちゃんが悔しそうにしているのが、その背中から伝わってきます。
「クッソ……! やっぱり、まだ……!」
その時、虚空蟲が一際強く身をよじり、よれた身体がメラミちゃんに迫りました。
メラミちゃん危ない!!
僕は、瞬間的に脳ミソを過集中状態にしたうえ、肉体の耐久力を度外視した身体強化を使って駆け出しました。
それと同時にメラミちゃんの立っているチューブ型結界を変形させ、メラミちゃんをこちらに引き寄せます。
間一髪、メラミちゃんの目前を、暴れる虚空蟲の身体が通りすぎていきました。
「うおおっ!?」
そして僕は、急に引き寄せられてバランスを崩したメラミちゃんの背中に抱きつきます。
ちょっと支えきれずにお互い尻もちをついてしまいましたが、
ふぅ、なんとか間に合いました。
「んなっ!? ナナシお前、何を……!?」
しかし時間はありません。
僕は驚くメラミちゃんの耳に口を寄せて伝えます。
「メラミちゃん、僕が外殻の結界を作ります。そこにメラミちゃんのスキルを搭載しましょう!」
「はあっ……!?」
有無を言わせず僕は、メラミちゃんの両手を包むようにして持ち、両手の平を合わさせます。そして僕は指先同士が触れ合うようにし、結界作成ができるようにします。
「もう一度、業銘結界を!」
ボタボタと鼻血が流れ出てきますが、今は拭っている暇もありません。
僕は、軽量化でスキル容量をめいっぱい空けた結界を作成し、僕とメラミちゃん、そして暴れようとする虚空蟲をまとめて包み込みます。
「お互いの魔力の流れを見合えば、スキルを合わせることはできるはずです! メラミちゃんならできます! やってください!!」
先ほどのメラミちゃんの業銘結界は、スキルの搭載に注力するあまり外殻部分の結界に綻びが生じていました。
だから展開とちゅうで砕けてしまったのです。
外殻の維持を僕が担当すれば、メラミちゃんはスキルを結界に搭載することだけに集中できるはずです。
そうすれば、今度こそ完成するでしょう。
結界術の真髄、業銘結界が。
「元祖結界同盟の力を今こそ見せてやりましょう!」
「っ!」
メラミちゃんが、再び魔力を練り上げます。
先ほどよりも強く、濃く、より洗練された魔力がほとばしり、
「上等だよ、やってやんよ! ……業銘結界、決戦闘技場!!」
僕の作った外殻結界の内部を、メラミちゃんのスキル効果が満たしたのでした。
◇◇◇
で、これはどういう効果の結界なんですか?
気づけば僕は、観客席のようなところにいました。
すり鉢状の観客席の中央には巨大な円形のフィールドがあり、結界に拘束された虚空蟲がフィールドの中央でのたうっています。
「簡単だ。あそこで殴り合って勝ったほうが勝ちだ。ただし、……アタシのスキル効果で包まれたフィールド内で、だがな」
そう言うと、僕の隣にいたメラミちゃんが灼熱獣のコートを脱ぎ捨て、観客席からフィールド内に飛び込みました。
観客席の上方にある大型スクリーンに、メラミちゃんと虚空蟲を各方向から写した映像とともに、残り時間と、HPバー及びチャージゲージ、それから魂ゲージが表示されています。
というか、あの表示形式は名作と名高いザ・キングオブ鉄ストリート2015(略してキン鉄'15)ではないでしょうか。
バグ技とハメ技の多彩さ故に評価が神ゲーかクソゲーかの真っ二つに分かれる、国際大会も開かれたりしていた、あのキン鉄'15です。
「あー、だからですか」
あのゲーム、ダメージを受けた時の怯みや仰け反りが強くて、一度先手を取られると何もできないままコンボを繋げられてそのまま十割決められることがよくあるんですよ。
メラミちゃんのスキル、強敵相手でも絶対スタンパンチが決まるのは、参照先がキン鉄'15だったからなんですね。
あのゲーム、ストーリーモードで人喰いクマとか現代に蘇ったマンモスとか座礁したクジラとかとも戦いますから。
と、そうこうしていると、
「始まりますね」
メラミちゃんが虚空蟲の近くまできました。
そしてファイティングポーズをとります。
試合開始までのカウントダウンランプ(赤四つ、青一つです)が出現し、一つずつ点灯していきます。
五、四、三、二、
「オラあっ!」
おーっとメラミちゃん、お約束どおり(このゲームはバグでカウントダウンが始まった時点で攻撃できるんです)試合開始を待たずに先制パンチだ!
虚空蟲が、メラミちゃんのパンチでスタンしました。
そこに右、左と追撃のパンチを浴びせ、スタン解除に合わせてスタンキックを当てます。
左、右、左のあとにノックバックパンチ、ローキック三回当ててから再びスタンパンチ、そしてまた右、左と続け、コンボを継続します。
あの初級十割コンボ、スタンパンチのタイミングに合わせて掴み投げを被せないと抜け出せないんですよね。
キン鉄'15の初心者が最初に必ずやられる洗礼のようなコンボです。
つまり、あの十割コンボを確実に抜け出せるようにならないと、初心者はどのキャラを選んでもサンドバッグにされるわけです。
ね、クソゲーでしょ?
あ、もう虚空蟲のHPゲージが半分近く減ってますね。早い。
「オラオラオラオラ! 的がデケーとやりやすいな!」
そうなんですよね。あのゲーム当たり判定がデカいほど不利なので、上級者はみんな小柄な女性キャラ(巫女さんキャラとか、スク水装備のロリキャラとか)を使います。
身長二メートルのレスラーキャラは初心者以外だと舐めプでしか使われません。
そういうゲームなんです。
というかメラミちゃん、あのケバ立ってトゲトゲした体を殴って痛くないのかと思ってたら、手足に結界を纏わせてますね。
さすがです。あれなら痛くありません。
さぁ、虚空蟲の残りHPが一割を切りました。
このまま虚空蟲は何もできずに終わってしまうのか。
「これで、トドメだ!」
キマッたー!
最後にヤクザキックで吹き飛ばしてKOです!
これでメラミちゃんの一先ですね。
このゲームは基本的に二先制(三本勝負で先に二回勝ったほうが勝ち)なので、両者のHPゲージが二ラウンド目に向けて回復していきます。
「へっ、図体だけデカくても意味ねぇんだよ」
おっと、メラミちゃんが挑発行動をしています。
あれは上手く決まると相手が数秒間混乱状態になって操作を受け付けなくなるのです。
ギシャアアアアアアアアッ!!
あ、決まりましたね。
虚空蟲がびたんびたんと身をよじって暴れています。
そして暴れ疲れたのかフラフラになりました。
そしてそのタイミングで二ラウンド目のカウントダウンランプが出現。
メラミちゃんが再びフライングスタンパンチからの十割コンボに突入しました。
ははは、これは良いですね。
あまりにも美しい、上級者対初心者の構図です。
親の顔より見た光景(まぁ、親の顔を見たことはないんですけど)が再び目の前で繰り広げられていて、僕は自然と興奮してきました。
「メラミちゃーん!! カッコいいー!!」
「おうよ!」
「ナイスコンボ! キレてますね!!」
「ちゃんと冷静だよ!」
「あと三割です! アレやってください! アレ!」
と、僕がお願いすると。
「アタシもちょうどそう思ってたところだ! 喰らえ……!」
メラミちゃんが、溜まっていたチャージゲージ三本と魂ゲージを全消費して構えます。
必殺の……!
「ゴールデン、ストライーク!!」
メラミちゃんの右手が金色に光り、黄金の右ストレートが虚空蟲に突き刺さります。
瞬間、虚空蟲の残りHPがゼロになり、
キョアアアアアアアァァァァァッ…………。
全身がヒビ割れ、中から光があふれて、爆発四散しました。
うん、大型の敵が倒されたときのリアクションもゲームそのままですね。
そして決着と同時に業銘結界が解除され、僕とメラミちゃんはボス部屋に戻ってきました。
僕とメラミちゃんは「いぇーい!」とハイタッチをしてから、皆さんの待つ結界に戻ります。
八十階層のフロアボス、討伐完了です。