第120話・クンクンすると良い匂いがして少しドキドキしました
翌朝。
攻略開始から三十六日目の朝です。
僕はのそのそとテントから這い出し、大型結界の隅に備えておいたトイレ(汚物は後でまとめて地中にポイします)で用を足し、横の洗面台で手と顔を洗い(水は、フラーさんにお願いして数百リットルほど持ち込んでいます)、濡らしたタオルで体を拭き清めます。
いや、ほんとは浄化結界で全身を包めば綺麗になるんですけど、せっかく新人冒険者のつもりでダンジョン入りしたので、ここは濡れタオル拭きでいきたいと思います。
ちなみに、フラーさんとロコさんはすでに起きていて、その後起き出してきたメラミちゃんには浄化結界を使わされました。
キャベ子さんは、最近肌ツヤが良すぎて身体が汚れにくくなっている(ホントに汚れないんですよ、マジで)とかで、顔を洗うだけにしていました。
そして、フェアちゃんは。
「お風呂入らずに寝たのって初めての経験だったけど、意外と寝れるもんだね。……ただ、」
フェアちゃんは自分の体の匂いが気になるのか、控えめにクンクンと服の袖を嗅いでいます。
僕はフェアちゃんの耳元に鼻を近づけて匂いを嗅いでみますが、変な匂いはしていませんでした。
どちらかというと、クセになる匂いだと思います。
そういえば鍛錬で汗をかいた後のお嬢様も、汗臭いというよりはつい嗅いでしまうタイプの匂いでした。
可愛い女の子は匂いも良いものなんだなぁと、お嬢様の服を洗っている時によく思いましたね。
あれ、フェアちゃん?
どうしました?
「……ナナシって、たまにすごいことするよね。いや、すごいこと自体はいつもしてるんだけど」
フェアちゃん、なんだか耳が真っ赤ですね。
あ、もしかして、勝手に匂いを嗅いだのがよくなかったですか?
「そこは自覚あるんだ」
じゃあ、フェアちゃん。フェアちゃんの匂いって良い匂いなのでもう少し嗅ぎますね。くんくん、くんくん。
「あ、そういう方向に行くんだね。んー……、じゃあ、あとで私もナナシの髪の毛の匂いを嗅いでみてもいい?」
「? いいですけど? なんでまた?」
「いや、なんか気になってきたから」
そうですか?
じゃあ、良いですよ。
ということで、朝イチからフェアちゃんに頭の匂いをクンクンと嗅がれました。
わりと長い時間嗅がれましたが、嫌そうな顔はしていなかったのが幸いでした。
ちなみに、そのあとメラミちゃんには顔を脇で抱えられて髪の匂いを嗅がれ、キャベ子さんには灰色の髪の毛で顔を覆われて髪の匂いを嗅がれました。
ロコさんとフラーさんの視線は、もうこの際気にしないことにしました。
◇◇◇
さて、バカなことばかりしてないで探索を再開し、順調に下の階に進んでいきます。
七層八層あたりまで来ると出てくるエネミーの種類は出尽くしてきていて、前の階層よりちょっと強いぐらいの同種エネミーが出てきます。
当然、フェアちゃんの真名看破術で完全看破できているエネミーばかりということですので、この辺りは適当にスルーしながら第九階層へ。
ここへ来ると、今度は緑色の小鬼の亜種が現れ始め、今までは棍棒とかを使っていたのが、ちゃんと剣と盾を持っていたり、魔術師用の杖を持っていたり、狼に乗っていたり、少し身体が大きくて賢そうな顔をしていたりします。
新種については全文表示されるようになるまで看破を繰り返しスキルの練度の糧にします。
そして、夕方前ごろには第十階層に到達し、皆でフロアボス部屋に入りました。
グギャアアガガアアッ!!
一際大きな身体で頭に王冠を被った緑色の小鬼(小鬼?)を結界に閉じ込め、定期的に湧き出してくる他の種類の小鬼たちをプチプチと潰しながらフェアちゃんが完全看破するのを待ちます。
「ほらほら、がんばれフェア子」
「ファイトだ、その調子だぞ」
メラミちゃんとキャベ子さんも応援しています。
ロコさんとフラーさんは祈るような目で、フェアちゃんを見守っています。
そして戦闘開始から約一時間半後。
ようやく完全看破に成功したようです。
ここまでの試行回数は、毎秒一回のスキル発動だと計算しても五千回ぐらいですね。
毎秒スキルを十六連発できるようになれば、これを五分少々まで短縮できるはずなので、まずはそこを目指しましょう。
なにはともあれ、フロアボスをプチッと潰して皆で十階層のリトライクリスタルにタッチしてから地上に帰還します。
冒険者ギルドに行ってミーシャ姉さんに説明し魔石を提出したところ、フェアちゃんのカードが薄青色から薄緑色のものに交換(つまり、Eランクに昇格したのです)されました。
第十階層の攻略と魔石の売却で新人扱いを卒業するという話でしたが、なるほど、ランクも上がるのですね。
あ、そういえば、いつの間にかキャベ子さんのランクもEからAに上がってましたね。
「ん。お揃いだぞ」
キャベ子さんも僕やメラミちゃんと同じ薄紅色のカードを持っています。
あれは、僕たちと一緒にダンジョン攻略をしているから、ということなのですね。
僕もメラミちゃんはここに来た時点でAランクだったので気づきませんでした。
ん? そういえばソウ兄ちゃんや天秤会もAランクと言っていましたが、ひょっとして五十階層まで行くと皆Aランクになるんですか?
「いえ、そのあたりは他の依頼の達成率や総合的な実力も含めて判断しますので、一律にそうというわけではありません」
僕の疑問に、ミーシャ姉さんが答えてくれます。
なるほど、そうなのですね。
「逆に言うと、ナナシ様はすでにAランクの判断基準を大きく上回る成果を挙げていますが、Aより上のランクはありませんので、ランクが据え置きされています」
まぁ、上がる必要もないですもんね。
「……ちなみに、ここだけの話なんですが、帝国議会の一部の方々からナナシ様の功績に報いるための方策のひとつとして、新たにAランクの上のSランクを創設してはどうかという打診があったらしいのですが」
そうなんですか?
「はい。ただ、ギルドの上層部としては、そういう場当たり的な対応でランクを増やすのは後々絶対問題が起こるからダメだ、と拒否しています」
それはそうでしょう。
後から後から上に間延びする評価軸なんて無いほうがマシですよ。
「ナナシ様としては、Sランク認定とかは必要ないということですよね?」
はい。全然興味ないです。
「……分かりました。私から改めてギルドの上層部にもお伝えしておきます」
はい、よろしくお願いします。
それでは皆さん、帰りましょう。
僕たちは一日ぶりに家に帰り、順番にお風呂に入ってのんびりとし、タマゾン姉貴のご飯をお腹いっぱい食べてベッドに入りました。
なお、その日の深夜。
「やっほー……。ナナシ、起きてる?」
なぜかフェアちゃんが僕の部屋にやってきて(ロコさんとフラーさんも一緒です)、僕の髪の毛にお顔を埋めてしばらく深呼吸をしてから自室に帰っていきました。
髪洗ったあとだから洗髪料の匂いしかしないと思いますけど、フェアちゃんは満足したようでした。……はて?