短めの小話・6(お嬢様視点)
◇◇◇
『……こちらナル。レミカとともにいつでも行ける。そちらはどうだ』
「了解。こちらも大丈夫よ。予定時刻になったら打ち合わせどおりにお願いするわ」
『了解。アマテラスの加護があらんことを』
結界電話での通話が終わり、私は後ろを振り返る。
少し青い顔をしたヨークさんと、とても青い顔をしたジェニカさんが馬車の中から顔を出してこちらを見ている。
私は、深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
肌を刺すような寒さの中で、私の息が、白く細く伸びて消えていった。
「行くわよヨークさん」
「は、はいぃ。本当に、やるんですね?」
「ええ。こればかりは、私も看過できません」
私がそう言うと、ヨークさんも腹を括ったようだった。
馬車からヒラリと降り立ち、私の目の前で影の中に溶けていって姿を消した。
ヨークさんの潜操影術は、影や闇に自身の体(及び身につけているもの)を潜ませるスキルだ。
今日のように星明かりしかない夜なら、それはすなわちどこにだって隠れられるということに等しい。
そして影が繋がっていれば、影伝いでどこにだって忍び込むことができるし、影から手だけを出してカギをくすねることなど造作もない。
普段の言動は少々頼りないところもあるけれど、王族直轄の密偵として活動しているだけあって、その手腕は確かだ。
予定通りの時間に、城壁の通用口が開くだろう。
「ジェニカさん。私たちが王城に侵入したら、一旦馬車は格納して、貴女は近くに身を隠していて。そして合図があればすぐに馬車を出して、合流し次第出発。夜明けまでに王都を脱出します」
ジェニカさんは、青い顔のまま頷いた。
私は緊張を解こうと、表情を緩めてみせる。
「心配しなくても、私たちの中で貴女が一番安全よ。なにせナナシさん特製の結界鎧を着ているんだから。それがある限り、貴女は傷一つ負うことはないでしょう」
それにこの馬車も。
馬車とは名ばかりで、馬ではなく四足駆動式のウッドゴーレムによって動く特別製だ。
口止め料やその他諸々も合わせて燕青貝の真珠一粒で買い受けた逸品であり、その走破速度はナナシさんのカベコプターを上回る。
車体自体も極めて頑丈に仕上げてあり、一度走り出してしまえば王都の衛兵や騎士たちに止められることはないだろう。
「……いや、この期に及んで自分の心配なんてしてませんよ。皆さんが誰一人欠けることなく無事に帰ってこれるか、今心配なのはそこだけです」
ジェニカさんが少しだけムッとした様子で答えた。
「……そう。それは、ごめんなさい。貴女の覚悟を軽んじました」
「いえまぁ、私が体を張るわけでないのは確かですし、私にできることなんてタカがしれていますけど。皆さんが無事に成功して帰ってくるのを心からお待ちしてます」
ご武運を。と言うジェニカさんに向けて頷いたとき、
王城正門前に、雷が落ちた。
ここまで響く轟音。
にわかに騒がしくなる城内。
さらに正門付近から何発もの花火が上がり始め、真夜中の星空を明るく照らしていく。
陽動にあたっているナルさんとレミカさんが、ともにスキルを使ったようだ。
しばらくして、定刻通りに城壁の通用口が静かに開き、私はヨークさんの手引きを受けながら城内に侵入する。
「最短ルートで行くわよ」
「了解です、ハローチェ様」
勝手知ったる王城だ。
どこをどう通ればいいかはよく知っている。
目指すは王城地下室。
ウォンタムケイト。
トリストリーチェ。
兄たちの謀略により幽閉された我が弟妹たちを、私が必ず助け出す。