第116話・真剣に考えた末の提案です
殿下が首を傾げました。
「どうして謝るの? ナナシが無理難題を言う。私たちがそれに応える。そういう約束だっただけでしょ?」
はい。なので、これは僕自身の問題なのです。
女の子に酷いことをしたら、許してもらえるまで謝るしかないのです。
たとえ許してもらえないのだとしても、謝らない理由にはならないのです。
「ふーん、そっか。じゃあ、許してあげる。私はナナシのこと怒ってないし、怒られるのは先に約束を破った私のほうだと思うから」
はい。寛容な御心、まことに有り難く存じます。
「それで、ナナシ。本題なんだけど」
はい。殿下は、僕に帝国に残ってほしいと言いましたが。
「うん。残ってほしい」
それは、殿下がそう思っているのですが。
それとも皇帝陛下がそう言っているのですか。
「皇帝陛下がね、どんな手を使ってもいいからナナシをこの国に引き留めろって。……それができないなら、私はもう陛下の娘ではいられないみたいなの」
なるほど。
そういうやつだったのですね。
「私たぶん、皇室から追い出されて平民になっても、自分の力では生きていけないから。……どうせダメなら、死んじゃうわけだから」
だから一生のお願いなの。
と、フェアネス殿下は寂しげに言います。
「……僕が頑張りすぎたから、殿下の立場が悪くなったのですか?」
「ううん。私の立場なんて最初からあってないようなものだから。国民達の前でニコニコ笑って手を振って、皇帝陛下が行くまでもないような行事にかわりに顔を出して、皇帝陛下のかわりに皆と仲良くするのが私の役目」
そして何かがあれば、皇族の血筋として差し出されるぐらいの役目。
殿下は、なんでもないことのようにそう言いました。
「最初にナナシに近づいたのも、とんでもなく優秀な冒険者が現れたから他の家に取られる前に皇室で確保したいってだけの話だった。この迷宮都市についてきたのも、たまたまナナシについていって恩を売るチャンスだったからついてきただけだった」
打算ありきだった、と。
「うん。ごめんね。……ああ、でも。ナナシの言ってる女神様のお話が面白かったのは、本当だよ。それも最初は、単にナナシの理想の女性像なのかなって思ってたけど……」
たぶんほんとに女神様のことが好きなんだなって分かったから。
「本当に楽しそうに、嬉しそうに女神様のことを話してくれて、自分で彫ったっていう素敵な女神様像を見せてくれて、……うん。どのお茶会で聞いた話よりも、活き活きとした弾むようなお話だったから。……それが楽しかったのは、ほんと」
そうですか。
……それなら、良かったです。
「けど、来て早々からナナシがめちゃくちゃな勢いでダンジョン攻略を進めるものだから、私から皇室あてに手紙を送って返事が帰ってくるころには、また次の階層に進んじゃっててさ」
まぁ、急いでましたので。
「次から次へと魔石とかドロップ品とかを皇室に献上してくれるから、そのお返しを用意する前に次の献上品が届くような状況になっちゃって」
皇室に媚びを売っておけば、色々便宜を図ってもらえると思いましたので。
「売りすぎだよ。おかげでこっちは支払いでてんてこまいになっちゃった。しかも今まで未踏破だった階層がどんどん攻略されていくから、大亀退治の報奨金も合わせたら前例のない額の支払い予定になっちゃって」
あれ、大亀退治はあのパーティーが報酬じゃなかったんですか?
「……いやいや、あれは単なるお披露目会だから。その後に色々渡す段取りをしてたの。そしたら迷宮都市に行くって言い出すから、報奨金の一部を鉄道代やこの家の維持管理代に充てる形になったんだよ」
そうでしたか。
「しかもなんか最初は、私個人あてに魔石を献上しようとしてたでしょ? あれはダメだよ。皇帝陛下じゃなくて私に忠誠を誓うときか、そうじゃなかったら私に求婚するときにやるやつだから」
あ、そうだったんですね。
「……まぁけど、それで皇室あてにしたばっかりに皇帝陛下の目に毎日のように触れるようになって、皇帝陛下からの要望がどんどん強くなっちゃって、私にかかる期待もどんどん大きくなっちゃったんだよね」
期待、というと。
「私がナナシの心を射止めるのを、ってことなんだけど。まぁ、無理だよね。ナナシって全然私のほう向いてなかったし。最近はちょっと周りを見るようになってたみたいだけど、その時にはもう私もいっぱいいっぱいだったからさ」
なるほど。
「……はぁ、こんなことなら最初に魔石を献上してくれたときに、素知らぬ顔で私が受け取っておけば良かったかな。そうすれば、あとで慣例を盾にして婚約を迫る、とかできたかもだけど」
いや、素知らぬ顔でハメようとするのやめてくださいよ……。
僕そういう手練手管に対しては純粋な暴力じゃないと対抗できないんですから。
「あ、うん。ごめん」
まぁ、けど、事情は分かりました。
「つまりこのままいくと、フェアネス殿下は皇帝陛下の期待を裏切ったことで皇室から追放されることになり、そうなれば行き着く末路はリアル犬殿下。道端でご飯を物乞いする生活待ったなしだと」
「たぶんそうなるね」
なるほどなるほど。
…………。
「いや、一大事じゃないですか」
「一大事だよ。だからすごく悩んでたの」
マジですか。
いや、うーん……。
「これほどお世話になった殿下をそのような目に遭わせるのは、僕としても避けたいのですが」
「じゃあ、帝国に残って一生皇室に仕えてくれる?」
「いや、それは無理なので。なにかこう、良い抜け道はないか考えませんか?」
殿下はうーんと悩みます。
「抜け道と言っても、そんなのあればとっくに私が試してるけど」
まぁ、そうかもですけど。
僕もなるべく協力しますので。
「うーん……」
殿下はうんうんと悩んでいます。
僕もむむむと考えますが、さてさて、どうしたものか……。
そしてふと、思いつきました。
「あ、そうだ」
「何を思いついたの?」
「フェアネス殿下って、先天スキルは何をお持ちですか?」
「えっ。……私は、真名看破術だけど」
真名看破術?
とは、どのような?
「えっと……。鑑定術とかと比べると得られる情報量が少ないんだけど、かわりに上位存在にも抵抗されにくくて、最低でも名前は確実に解るってスキル」
ほほう。
悪くないですね。
「そう……? 私の練度だとほとんどのものは名前しか分からないから、全然使っていないスキルなんだけど」
いえ、良いスキルだと思います。
ちなみに、ロコさんとフラーさんのスキルは?
「私は、超耐久術だ」
ロコさんの超耐久術は、とにかく頑丈になるスキルのようです。
何かあったら身を盾にして殿下を守るというわけですね。
「私は、大収納術が仕えます」
フラーさんの大収納術は、収納術よりもはるかに大きな収納空間が使えるスキルだそうです。
殿下の身の回り品一式とかはフラーさんが一人で持ち運べるみたいですね。
ふむふむ。
それなら。
「殿下、こういうのはどうでしょう?」
◇◇◇
翌日。
三十五日目の朝。
僕は冒険者ギルドの受付窓口に来てミーシャ姉さんに会いました。
「ミーシャ姉さん。新しく冒険者登録をしたい人がいるので連れてきました。書類をください」
ミーシャ姉さんが、……というか冒険者ギルド内にいる皆さんが、揃って僕の後ろにいる子を見て絶句しました。
「はい。自分でお名前書けますか?」
「大丈夫だよナナシ。書ける書ける」
新人冒険者志望のフェアちゃんは、ペンを握ってニコリと笑いました。
第六章はこれにて終了です。
ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。
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続いて第七章に移ります。