38.王の許し
「実力勝負でなら負けぬなどと大口を叩いていたのは、いったいどこの騎士団だったかな。ああまさか、我が国の精鋭ではあるまいよ。今まさに尻尾を巻いて逃げ出そうとしているところではないか。震える子犬のようなありさまを笑っては気の毒というものだ、ハッハッハ!」
その挑発に黙っていられなくなったのは、騎士団側の頂点だった。
騎士団勢の前方の席に座っていたエバンズ卿が、我慢ならないといった様子で立ち上がる。
「悪知恵しか能のない狐が吠えるな……! 我が騎士団の者たちは皆、厳しい鍛錬をかかさぬ精鋭揃いよ! 貴様ごときに侮辱されるいわれはないわ!」
怒鳴りつけながらも、どこか歯切れが悪い。
恐らくエバンズ卿は、騎士団長である自分が王都を留守にしていた間にギルベルトが暗躍していたことを把握しているのだろう。
バーナードの出場はギルベルトの企みだ。それを理解しているがゆえに強くは出られなかったのだろうけれど、ネヴィル卿の馬鹿にしきった態度に、ついには腹が据わったらしい。
「ネヴィル卿よ、貴様こそ恥というものを知らんのか!? 形勢不利と見るや否や、人の皮を被った呪いの魔剣を担ぎ出してくるとは! これは騎士同士の戦いだぞ! 人外を連れてくるのは反則だろうが!」
そうだそうだ! と、賛同の声が騎士団側から上がった。
しかしネヴィル卿はまったく怯む様子もなく、高らかに告げた。
「馬鹿め! 貴様こそ突撃しか知らぬ考えなしよ! 御前試合の規則を知らんのか? 声に出して十も繰り返してみるがいい愚か者! 『近衛隊と騎士団それぞれから選ばれた五勇士が戦うこと』とはあるが、人間でなくてはならないという決まりなどどこにもないわ!」
「ばっ……、馬鹿は貴様だっ!! そんな事態、誰も想定していないから書かれていないだけに決まっているだろうがっ!」
それはそうだ。沈痛な空気が近衛隊側に漂った。
しかし近衛隊の頂点に立つネヴィル卿は大威張りで胸を張った。
「ハッハッハ、たとえ一騎で三千の軍勢を壊滅させる人の皮を被った何かであっても、バーナード・フォスターは紛れもなく近衛隊の騎士! ならば御前試合への出場に何の差し障りもない!」
近衛隊総隊長がそう高らかに断言したところで、低く、ため息交じりの声が告げる。
「ネヴィルのいうことにも一理ある」
「陛下……ッ!」
「おお、偉大なる我が国王陛下、公明正大なご裁断に心よりの感謝を申し上げます!」
焦った声を出したのがエバンズ卿で、鼻高々なのがネヴィル卿だ。
お兄様は若干うんざりした空気を醸し出しつつも、すっと視線を下げて、こちらを見た。わたしではない。この状況を望んで創り出した張本人であるギルベルトを見据えて告げた。
「だが、剣を握るのはネヴィルでもエバンズでもない。ゆえに西の砦の英雄よ、王の名において、今一度その意志を問おう。───戦うか?」
ギルベルトは、お兄様を見上げてきっぱりといった。
「望むところです」
割れんばかりの歓声と雄叫びが闘技場に鳴り響く。
お兄様は笑みを浮かべて告げた。
「ならば行け。王たる私が許そう。戦うがいい、騎士ギルベルトよ!」
槍の柄が石畳を打ち鳴らし、打楽器が狂おしいリズムを奏でる。一斉に拍手が上がり、試合前だというのにすでに立ち上がって声援を送る人々もいる。
闘技場に熱気が満ちたところで、審判役である衛士兵総官長が、沈黙を求めるように大きく手を挙げた。
「第五の騎士たちの登場である! 今ひとたびの静寂を願いたい!」
あっと思い出したように、観覧席が口を閉じていく。
熱気混じりの静けさの中で、総官長が最後の騎士たちの名を呼んだ。
「近衛隊の第五の騎士、チェスター・ルーゼン! 騎士団の第五の騎士、フランク・アスキン!」
きゃああああっと、今度は圧倒的な女性たちの悲鳴と歓声が上がった。
彼女たちの視線の先にいるのはいうまでもなく、結婚したい貴公子№1と評判のチェスターだった。
「チェスター様~!!」
「頑張ってくださいーっ!」
「応援しておりますー!!」
「お慕いしております~!!」
「今日もお麗しいです~!!」
声援だけでなく、チェスターの名前が刺繍された大きな布をかざしている女性たちもいる。こちらはこちらで熱気がすごい。
なお、リングの上で向かい合って整列し、先ほどまで対立の火花を散らしていた近衛隊と騎士団の第一から第三の騎士たちは、一斉に妬ましそうな顔に転じて「人間、顔じゃないよな」「わかる」「それは俺もそう思う」「僕も同意します」とぼそぼそ呟き合っていた。そちらの様子は少し面白かった。
バーナードとギルベルトが無言で睨み合っているのが心臓に悪かっただけに、彼らに癒されたともいう。
※
闘技場の中心に分厚い石造りのリングが置かれ、その両端には御前試合のために誂えられた木製の長椅子が置かれる。
勝敗は、どちらかが降参するか、あるいはリングから落ちることで決まる。
御前試合用の刃を潰した剣で戦い、相手の命まで奪った場合は反則負けとなる。
試合は五回行われるため、順番を待つ騎士や、あるいはすでに戦いを終えた騎士たちは、長椅子に座って観戦することになっている。
わたしもまた、第四の騎士であるバーナードと第五の騎士であるチェスターに両側を守られるような形で、二人の間に腰を下ろしていた。
第一の騎士であるガルド・オーガスは、大方の予想通りに難なく勝利を掴んだ。
圧勝だったといっていい。オーガス家の観覧席はまたひときわ賑わっていた。
第二、第三戦目は騎士団側が勝利を掴んだ。
特に第二の騎士たちは、先ほど抗議の声を上げていたヒュー・クランヘルのほうが明らかに優勢だった。バーナードいわく、騎士団側の五人の騎士の中ではギルベルトに次ぐ実力者だとのことで、長椅子に戻っていたガルドが、対戦するならヒューのほうが良かったとぼやいていた。
三戦目は接戦だったけれど、最終的には騎士団側が制した。
そして、ついに四戦目、バーナード対ギルベルトの試合が始まる。
わたしは緊張を押し隠すように太ももの上で両手を組み、深く息を吸い込んだ。
立ち上がったバーナードが、こちらを振り向いていう。
「殿下、一つお願いがあるんですが」
「あなたの台詞ではありませんが、嫌な予感がしますね」
「俺が何をしても、黙って見守っていただけませんか? まあ、可能な限りで構いませんが、最大限の沈黙をお願いしたいんです」
無言でじっとバーナードを見上げる。
バーナードはわたしを見下ろしてにこやかに微笑んでいる。
ため息を一つついて、頷いた。
「いいでしょう。今回はあなたに任せると約束しましたからね」
「感謝します。ではどうか、安心して見守っていてください。殿下が気になさっていた噂の類など、俺がこの手で消してみせましょう」
「ええ。───頑張って、バーナード。応援しています」
こげ茶の瞳が見開かれて、それから彼は照れたように笑った。
軽い足取りでリングへ向かうその後姿を見守っていると、右隣に座るチェスターが不安そうに呟いた。
「大丈夫でしょうか……。昔、オーガス家の説得に赴いて、殿下を軽んじる戦士たちを片っ端から叩き潰して死屍累々にしたときも、ああいった軽い足取りでしたよね、隊長は」
「いわないでください、チェスター。わかっていても、わたしのために戦ってくれるバーナードを応援しないという選択肢はないのです……」
うめきながらもそう返すと、今度は左上から声がかかった。
「殿下が気にされる必要はないでしょう。これで潰れるなら、西の砦の英雄もそれまでの男だったということです」
大柄なその青年が傍に立つと、その影にすっぽりと入り込んでしまう。
先ほどまでバーナードが座っていた場所に、その青年は悠々と腰を下ろす。
途端に右隣のチェスターが不快そうに眉を顰め、わたしはため息混じりにいった。
「ガルド、第一の騎士の席は左端ですよ」
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