8.急募:護衛騎士を口説く方法
あれからも、ストレッチは続けている。
もっとも、育成は、できたような、できていないような、微妙なラインだ。たわわに程遠いことだけは、認めたくないけれど事実である。
あの立ち聞きしてしまった会話を思い出すと、じわじわと妬ましさがわいてきてしまうけれど、バーナードが一般的に見ても格好良いと証明されたことだけは、嬉しくもある。
わたしの親しい人たちは、誰も、バーナードの容姿について言及してくれないからだ。
お兄様も「バーナードの顔立ち? ……そうだな、いかにも狂戦士という顔をしているな」なんて意味の分からないことをいうのだ。
でも、王宮内の女性官吏からすると、バーナードはすごく格好良いのだ。間違いない。ワイルド系のハンサムだ。やっぱり、100年に一度の美形なのだと思う。
……そんなバーナードと、結婚しろと、お兄様はいう。
わたしは、思わず、ため息をついた。
お兄様の結婚が内定しているなら、早急にわたしの結婚相手を決めて、婚約だけでも発表する必要がある。これはわたしも賛同する。
問題は、わたしに縁談がないことだけど、この際、リッジ公爵のお言葉に甘えてもいいかと思っていた。
……でも、お兄様のあの様子では、リッジ公爵との結婚は認めてくださらないだろう。
たしかに、バーナードのことは置いておくとしても、妹に、およそ60歳近い歳の差婚をさせるのは、お兄様にとって、いささか外聞が悪いだろうとも思う。王家の仲の良い兄妹と評判だったのが、実は不仲なのかと、無用な勘繰りを招きそうだ。
そうなると、わたしに残された手段としては、バーナードに無理強いをしないために、彼を手放すか、あるいは ─── ……無理強いではなく、本人が望んでくれるように、彼を口説き落とす、か……。
いや、どう考えても後者の手段は、無理があると思う。
せめて胸部の育成に成功していたら、まだ、女の魅力というもので迫れたかもしれないけれど、現状、わたしにある魅力は『王妹としての地位と権力』だけだろう。バーナードが、そのどちらにも興味がないことは知っている。このままではわたしは、地位と権力を盾に、彼に結婚を迫る女になってしまうんじゃないだろうか。それだけは避けたい。
でも、彼がわたしの傍からいなくなってしまうことも、考えたくない。
だとすると、やっぱり、バーナードを口説き落とすしかないのだけど……。
口説き落とす。
バーナードを。
─── どうやって……!?
しまった。これまで政略結婚しか考えていなかったから、恋愛の仕方もよくわからない。
世の中の恋人たちというのは、どのような流れでお付き合いが始まるものなのだろうか。
わたしが知る中で、印象深い恋愛事といえば、反乱軍を相手にしていた頃には「俺には、帰りを待っていてくれる可愛い婚約者がいるんですよ! こんなところでは死ねません!」と必死に戦っていたチェスターが、いざ王都へ帰還したら、彼女に「どうして戻ってきたの!?」と叫ばれて、その場に崩れ落ちたことくらいだ。交際の始まりどころか、終わりを目撃してしまった。
あぁ、でも、たしか、あの婚約者の女性が、ほかの男性とお付き合いを始めたきっかけは、エスコートなしで出席した夜会で、一人寂しく、ぽつんと壁の花になっていたところに、声をかけられ、ダンスに誘われたことからだったはずだ。
夜会でダンスへ誘う。これならわたしにもできそうな気がする。
わたしも、およそ二年間ほど、誰にもダンスに誘われていない。エスコートはお兄様がしてくれるし、ダンスも、お兄様が気を遣って誘ってくれることはあるけれど、恋愛的な意味合いで考えると、数には含まれないだろう。
王妹という立場上、壁の花になることはないけれど、わたしを取り囲むのは、年齢層が高い方々ばかりだ。夜会で独りきり度数を計測したら、わたしだって相当なものだろう。
わたしからダンスに誘われたら、バーナードだって『ほかに踊ってくれる人がいないんだな』と憐れんで、わたしの手を取ってくれるにちがいない。
そして、わたしは、彼と踊りながら、こう囁くのだ。
『その礼装、よく似合っているわ。今夜のあなたは、とても格好良いわ……』
『いつもの近衛隊の礼装ですよ? どうしたんですか、殿下。もしかして、俺が目を離した隙に、酒でも飲みましたか?』
─── ……これは、ちがうわね。バーナードなら、こういうでしょうけど、これはちがうわ。ロマンチックじゃないわ。
もっと別の切り込み方をしよう。そう、たとえば……。
『あなたはダンスも得意なのね。わたし、胸がドキドキしてきたわ……』
『やっぱり酒を飲みましたね、殿下!? まったく、油断も隙もないな。あなたは酒に弱いんですから、公式の場では口にしないでくださいと、いつもお願いしてるでしょう!』
……ちがう、ちがうの、やめて、お酒の心配から離れてちょうだい、バーナード……!
わたしは懸命に、想像の中のバーナードに訴えたけれど、彼は酒の影響だと信じ切っていて、早々にダンスを切り上げてしまい、わたしを控室へ連れていくと、医者を呼んできた……という結末まで、眼に見えてしまう。
長い付き合いだ。バーナードがいいそうなことも、取りそうな行動も、だいたいわかる。
わたしは思わず額に手を当てた。夜会はダメだ。諦めよう。
もっと、お酒の心配をされない方法がいい。夜会はきっと、夜だからよくないのだろう。
そう、たとえば、昼間に、王宮を抜け出して一緒に散策へ出かけない? と誘うのはどうだろう。
これは立派なデートのお誘いだろう。バーナードも了承してくれるはずだ。
何といっても、今までも何度も実行してきている。身分を隠して街へ降りて、人々の暮らしを見て回り、ときどき露店などでささやかな品を購入するのは、わたしの楽しみの一つだ。
これならバーナードも付き合ってくれる。護衛として。
─── いえ、護衛ではダメでしょう……!!
わたしは頭を抱えたくなった。
バーナードは確実に同行してくれると思うし、むしろ、彼を置いていくほうが、ものすごく叱られると思うけれど、これはどう考えてもデートではない。ただの王妹と護衛騎士だ。ロマンチックさの欠片もない。
─── いえ、でも、王妹として見ないでほしいとお願いしたら、ロマンチックになるのではないかしら……!?
今日はお互いに身分を忘れましょう、わたしのことは一人の女として見てほしいの。
……これは重い。重いし、困るだろう。
わたしが男性だったら、仕事上の付き合いでしかなく、そのうえ、自分より立場が上の相手から、こんな台詞をいわれたら、ものすごく困る。困り果てる。下手なことはいえないけれど、相手の期待には答えられない、お断りの意志は示したい、だけど問題になったらどうしよう等々、弱り切ってしまうだろう。
─── ……最初は、もっと、遠回しな方法がいいのかもしれないわ。ダンスやデートは、初手から距離を縮めすぎよね。そうだわ、もっと遠回しに、たとえば、プレゼントを贈ってみるとか……。
バーナードが好きなものや、欲しがっているものを贈るのだ。
彼が求めているものといえば、まず、丈夫な剣だろう。剣がよく折れると、前にぼやいていたのを知っている。
「まぁ、折れても、敵から剥ぎ取るからいいんですけどね。戦場で剣の補充に困ることはないですから」ともいっていたけれど、手持ちに丈夫な剣があったら、それに越したことはないだろう。
バーナードの戦いに耐えきる剣を探し出して、彼にプレゼントするのだ。彼はきっと、喜んで、「ありがとうございます、殿下。この剣で、この先も一生、あなたをお守りします」と改めて騎士の誓いを……。
─── いえ、ダメよ、騎士の誓いを立ててもらってどうするの……! ロマンチックじゃないわ……!
わたしは途方に暮れた。
どうしたらいいのだろう。
想像の中のバーナードが、どう迫ってみても、ちっとも口説かれてくれない。