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29.フォワード家①


 ───本当はフォワード家の現当主は、西の砦の英雄の素性をすでに知っており、御前試合に出場する彼に会うため、あるいはその姿を一目見届けるために、王都へ向かっている最中なのではないか?


 そう考えたのは、騎士団長であるエバンズ卿の言葉が理由だった。

 彼はわたしに「ギルベルトも、殿下のお言葉にだけは耳を傾けるやもしれない」といった。エバンズ卿は、わたしならギルベルトを説得し、実家に帰らせることができると期待していたのだろう。


 わたしにはそれが不思議だった。


 先代が存命中ならばまだしも、今になってギルベルトが素性を認めたら、何が起こるかエバンズ卿にもたやすく想像がつくはずだ。


 確実に、フォワード家で家督争いが起きる。


 すでに弟が当主の座を引き継いでいるのだ。そこに長年失踪していた兄が、英雄の名声ともに帰省したらどうなるか。火を見るよりも明らかだ。揉めないはずがない。だからこそお兄様とてギルベルトを放っておけといったのだ。死の床にあった先代辺境伯とて、長男を見つけて力になってくれとは頼んだものの、連れて帰ってきてくれとは請わなかった。息子二人が争うことを避けたかったのだろう。


 そして、それをエバンズ卿が理解していないはずがなかった。


 そうにも関わらず彼は、わたしにギルベルトの説得を望んだ。

 ならば、エバンズ卿には確信があったのだ。ギルベルトがランティスに戻っても、フォワード家で揉め事は起こらないという確信が。


 エバンズ卿にとってランティスは親友の息子だ。

 同様に、その弟であるレイティスも大切な存在だろう。

 亡くなった父親の分まで気にかけて、何かにつけて連絡を取り合っていたとしても不思議はない。


 当主となったレイティスが真実なにを望んでいるか、エバンズ卿は知っていた。その望みとは、正統な後継者である兄をフォワード家に連れ戻し、当主に据えることだった───。


 何もかも推測だ。賭けの範疇だ。

 しかしわたしは、その推測をもとに使いを出した。


 ギルベルトが生家を忌避しているのは事実だろう。騎士団長を介してその情報を得ている、あるいは具体的には知らされずとも察しているなら、レイティスはこの機を逃さず、御前試合の直前に王都入りできる旅程を組むはずだ。


 直前でなくては駄目だ。辺境伯フォワード家一行が王都入りしたという情報がギルベルトの耳に入ったら、彼は御前試合すら捨てて姿を消してしまうかもしれない。その事態を避けるために、レイティスは直前までは王都に近づかない。


 わたしはそう推測した上で旅程を逆算し、鉢合わせが可能だろう地点へと使者を出した。


 そして今、レイティス・フォワードはわたしの前に座っている。


 旅程の半ばで王宮からの使者と遭遇したのだろうフォワード家一行は、王妹が急ぎ呼んでいるという命令に従って本来の日程を早め、昨日のうちに王都入りした。わたしは賭けに勝ったのだ。


「これは予定通りです、フォワード卿」


 困惑に揺れる瞳に、わたしは微笑みかけた。


「今日の謁見者名簿には、事前にあなたの名前が入っていました。この時期に地方領主が王都を訪れて、謁見に社交、それに御前試合の見学などをしていくのはよくあることですからね。これは突然のことでも、急な話でもありません。予定通りの謁見です。誰も不審に思うことはないでしょう」


 ───ギルベルトは父親によく似ているという。


 フォワード家は南の国境を守る家柄だ。先代の若い頃をよく覚えている人物が王都にそれほど多いとは思えないし、覚えていたとしても、似ている程度のことで平民の騎士と辺境伯家を結び付けようとはなかなか思わないだろう。


 しかし、王妹が急にフォワード家当主を呼び立てたとなったら話は別だ。もし、誰かが疑念を抱いたら、それこそいま話題の人物なのだ。瞬く間に憶測が広がるだろう。わたしとしては、これ以上の混乱は避けたかった。だから、事前に名前を載せておいた。


 これで()()()()だ。


 わたしのいわんとするところを察して、レイティスの眼が見開かれる。


 まばらな光のように揺れ動いていた若葉色の瞳が、一つの核を見つけたかのように収束する。レイティスはまっすぐにわたしを見つめて───そうすると確かに彼はギルベルトに似ていた───いった。


「殿下、私に兄と敵対する意志はありません。兄こそ当主にふさわしい人物です。どうか兄とともにフォワードの地へおいでください。新たな領主夫妻を、民は心から歓迎するでしょう。無論、私もです」


「……何か誤解があるようですけれど、フォワード卿。わたしの婚約者は、あなたの兄君ではありませんよ」


 内心で頭を抱えながらも、やんわりと指摘する。


 するとレイティスはハッとした様子でわたしの背後に立つ護衛騎士たちへ眼をやり、申し訳なさそうにいった。


「失言でした。……しかし、殿下。我が家は長きにわたって南を守り続けてきた辺境伯家三家のうちの一つ、猛勇のフォワードです。私が王都へ伴った者たちも一騎当千の猛者ばかり。どうかいつでもご命令ください。見目麗しいだけが取り柄の騎士たちなど、瞬く間に蹴散らして見せましょう」


 まあ……、ふふ、とーっても誤解されていますね。


 わたしは胸の内で棒読みに呟いた。先ほどまでとは一転して鋭い眼差しを見せたと思ったら、何をいい出すのだろうこの現当主は。ギルベルトとの血のつながりをとても感じる。控えめな顔をして好戦的すぎる。


 それに視線を向ける先も間違っている。レイティスはわたしの背後であり左側を睨みつけているけれど、そちらに立っているのは公開訓練から必死で抜け出してきたチェスターだ。わたしの見目麗しい婚約者が立っているのは右側である。誤解で挑発するのはやめて欲しい。兄にそっくりだ。


 わたしは小さく嘆息していった。


「王都の噂が耳に入っているようですけれど、わたしとギルベルトには本当に何もないのですよ。根も葉もない噂に、彼も困り切っていることでしょう」


 噂を広げた張本人だということは黙っておく。


「ただ……、今回のことで、エバンズ卿から気になる話を聞きました。それであなたを呼んだのです。エバンズ卿はわたしにギルベルトを説得してほしい様子でしたけれど、そのためには、過去に何があったのか知る必要があると思ったものですから」


 兄とわたしが恋仲であると未だ信じていそうなレイティスは、こちらをじっと見つめた。それはまるで縋るような眼差しだった。


 やがて彼は深く、重い息を吐き出した。断罪の日を迎えた罪人のように重い息だった。彼は、いつかこんな日が来ると思っていたというように微笑んだ。


「どうぞ、何なりとお尋ねください。なにもかもお話いたします」


「ギルベルト、いえ、ランティスの失踪は、家出だとフォワード家では判断されていたと聞きました。その理由を伺いたいのです」


「……兄は幼い頃は身体が弱く、頻繁に熱を出して寝込んでいました。そのことはご存じですか?」


 頷くと、レイティスはどこか陰りのある微笑みを浮かべた。


「幼い子供が体調を崩すことなどよくあるものです。いくら辺境伯家、強健な戦士であることを求められる家柄とはいえ、十にもならないうちから将来を決める必要はない。ですが兄は、その歳で跡継ぎから外されました。身体が弱いこと、そして弟の私が風邪一つひかない頑丈な子供だったこと。それだけでとお思いでしょうが、ええ……、本当にそれだけでした。辺境伯夫人として完璧であろうとする母にとっては、それだけのことが、恐ろしく巨大な問題に見えたのでしょう」


「お母様ですか? 跡継ぎを決めたのは、お父様ではなく?」


 わたしがつい口を挟むと、レイティスは複雑そうな顔をして答えた。


「母の希望を父が聞き入れたのです。……これは、後になって、病床の父から聞いた話ですが、当時は国内外が不安定な情勢だったこともあり、父は家を空けることが多かった。母は夫人としてよく務めてくれ、家を守ってくれたけれど、兄のことになるとひどく荒れた。後継であるはずの兄が病弱であることが、母にとっては耐えがたかった。……それで、父は母の希望を叶えることにしたのです。あくまで一時的な処置のつもりで」





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