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23.仮面舞踏会②


 わたしは、わざとらしくゆっくりと着飾った人々を見回した。

 彼らが一様に口を閉ざし、ただ視線だけがこちらへ注がれる。そのタイミングに合わせて、バーナードの腕をぐいと引いてみせた。


 問いかけるようにわたしを見下ろす婚約者に、できる限り高慢に微笑んでみせる。それから、彼の仮面の下の頬をすっと人差し指で撫でた。


「わたしの愛しい死者の国の王(オル・グライア)。あなたが静寂を好むことは知っているけれど、わたしは喧噪を愛するの。それが妖精の性だもの」


 光の妖精(ラ・ルラ)は悪戯好きで恐れ知らず、我儘で好奇心旺盛な妖精だ。誰もが恐れる死者の国にさえ飛び込んで行ってしまうほどに。


「今夜のあなたはわたしのしもべ。誰もが膝をつく死者の国の王はいないわ。あなたはわたしだけを見ていなくてはだめなのよ。どれほど煌びやかな蝶が寄って来ようとも、眼もくれずにいるの。あなたはわたしとだけ踊り、わたしにだけ愛を囁くのよ」


 こげ茶色の瞳と視線を絡めて、わたしは高飛車に言い放った。


「わたしの愛が欲しいのでしょう? なら、そうしなくてはいけないわ」


 傲岸な笑みを浮かべながら、わたしは胸の内で動揺の七転び八起きをしていた。


 ───ど、どうでしょうか、これは!? この我儘な妖精らしさに加えて、わたしのほうが彼に独占欲があるのですよという真実を含ませたアピール、さらには束縛じみた物言いをされてもちっとも気を悪くしないバーナードです! 噂とはまるでちがうわたしたちの姿に、皆も息を呑んでいることでしょう!


 そのバーナードは、なぜか耐えるような気配を滲ませていた。仮面越しにも、眉間に刻まれた皺が見える気がする。

 この程度のことで怒る人ではないので、わたしに撫でられた頬がくすぐったかったのかもしれない。笑い出したいのを我慢しているのだとしたら、悪いことをしてしまった。頬ではなく肩辺りを撫でたほうがよかっただろうか。


 そんなことを頭の片隅で考えていると、彼はまるで探るような眼でわたしを見た。深い湖の底を覗き込むような眼だ。バーナードがわたしのなにを見透かそうとしているのかわからず、かすかに戸惑う。


 しかし、それらはほんの一瞬のことだ。

 バーナードはふっと微笑むと、わたしの手を取った。

 そして、わたしの手の甲に、うやうやしい仕草で口づける。


「何もかもすべてお前の望むままに。輝ける空の遣い、闇すら散らす星の花、我が愛、光の妖精(ラ・ルラ)よ」


 バーナードの瞼がわずかに下がる。こげ茶色の瞳がすうと細められて、その分、まるで獲物を狩るような鋭さが増す。


 あぁ、死者の国の王と恋に落ちた光の妖精の気持ちがわかってしまう。

 この眼差しに射抜かれてしまったのは、きっとわたしだけではないはずだ。




 楽団の奏でる音楽が、不意に転調する。




 始まったのは、弾むような軽快なメロディだ。


 王都の花通りを歩けば、旅芸人が奏でているこの曲を一度は耳にすることだろう。長く親しまれている曲で、踊り方を知らない者でも音に合わせて自然と身体が揺れてしまうような魅力がある。


 そのテンポの速さや、くるくると立ち位置を入れ替えたり、ときには足を揃えて跳ねるような踊り方のため、王宮の夜会では採用されない曲だけれど、仮面舞踏会なら問題ない。むしろ好まれる曲だろう。


 バーナードの手に導かれるようにして、わたしたちは踊り出した。


 王家の姫にこの曲が踊れるのか? という野次馬な好奇心が視線に混じる中、わたしは楽しくステップを踏み、バーナードの腕の下をくるくると回った。


 わたしにだって、いわゆる『やんちゃ』をしていた時代はあるのだ。

 聖教会の追っ手を避けて下町に潜伏したこともあるし、包囲網を突破するために旅芸人の一座に混ぜてもらったこともある。いくら普段は伝統的なドレスを着て俗世など知りませんという微笑みを浮かべていようとも、実体は世俗に塗れた姫なのだ。庶民に人気の曲くらい踊れるのである。


 バーナードも、三ヶ月前の婚約披露パーティーの頃は、木彫りの人形のような硬い動きだったけれど、今ではすっかり慣れたものだ。滑らかな動きで、余裕をもってわたしをリードしてくれている。


 一曲が終わると、今度はゆったりとした音楽が始まった。


 今度は会話をする余裕もある。続けて踊りながら、わたしはバーナードを見上げて囁いた。


「いつもの近衛隊の礼装も素敵ですけれど、今夜の服装もとても似合っています。あなたの姿を見たときに、古神話がテーマであることに初めて感謝したほどです。あなたの黒髪にもよく合っていて、眼を奪われずにはいられません。これが世にいう『男性の色気』というものなのでしょうか? 見惚れてしまいます。とても素敵です」


 バーナードが、突然、木彫りの人形に戻った。


 ぎしっと音がしそうなほど彼の動きが硬くなる。足を踏んでしまうことはなかったけれど、わずかに体勢を崩したわたしを、バーナードが慌てて支える。


 どうしたのかと思って見上げたら、彼は目をそらしていた。その首筋はほのかに赤く染まっている。


「バーナード、もしかして」


「突然そういうことをいい出さないでいただけますか殿下、今は任務中ですので。俺の集中を断ち切ろうと鉈を振るうような真似はお控えください本当に」


「照れていますね?」


「そのような事実はありません」


「ふふっ、あなたが本当は可愛い人だということが皆に気づかれてしまいますね!」


「ハハッ、それはないですね」


「なぜそこだけ笑い飛ばすのですか」


 わたしが不満を込めてじっとりとした視線を向けると、バーナードは意地の悪い目つきでわたしを見下ろした。


 それから、わたしの耳元に唇を寄せて、囁いた。


「今宵、皆の記憶に残るのは、あなたの美しさだけでしょう、我が姫」


 彼は顎を引き、顔を傾け、そして───こげ茶色の瞳が、わたしの間近にあった。鼻筋が触れ合ってしまいそうなほど近く、吐息が感じられそうなほどの距離だった。


「あなたこそよく似合っています。いつもの白のドレスもよくお似合いですが、今夜のこの趣の違うドレスはあなたの可愛らしさをいっそう引き立てていらっしゃる。光の妖精は、ここに実在していたのかと納得してしまうほどに美しく愛らしい。今夜、あなたの姿を目にしたときから、同じ言葉しか繰り返せない非礼をお許しください、姫。あなたはあまりにも美しく、闇夜を照らすほどに輝いていて、俺からすべての言葉を奪っていくんです」


「あっ、あの、バーナード、わかりましたから、もう……」


「あなたの空色の瞳は至高の光。たとえ黄金を積み上げたとしても、あなたの眼差しを得ることに比べたら何の価値もない。美しい俺の姫。あなたが俺を見てくれるたびに、あなたの瞳が俺を映してくれるたびに、俺は歓喜の炎に焼かれています」


「そのっ、そのくらいで、バーナード……!」


 眩暈を起こしそうな甘い囁きに、必死で制止をかける。身体中が熱くて、目元を覆う仮面があってよかったと思いながらも、隠しきれている気がしない。


 実際、バーナードはひどく楽しげに笑っていった。


「おや、照れていらっしゃるんですか、殿下? 俺は事実を申し上げただけなのですが」


 彼の足をちょっと踏んでやりたくなったことを、ここに告白しておく。







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