21.ギルベルトの正体③
問題は格好良すぎて直視しづらいことだけだ。美の破壊力がすごい。
バーナード自身も普段とは違う服装に慣れないのか、珍しく動揺した空気を漂わせて、わたしのほうをじっと見たり、ふいと眼をそらしたりしている。わたしも同様の行動を取っているので、お互い様である。
落ち着きを取り戻そうと一つ深呼吸をして、仕事の話を切り出した。
「ギルベルトについて、なにかわかったことはありますか?」
バーナードも、すっと表情を改めてこちらを見た。
「まずはチェスターが調べた件からご報告します。ギルベルト、いえランティスは、フォワード家内部では家出だと見なされていたようですね」
チェスターは先にリットン卿の屋敷へ行って、全体の警備の指揮を執る手筈になっている。彼が集めた情報は、すでにバーナードに報告されていたのだろう。
「失踪時に置手紙が残されていたそうです。ただ、十三の子供が家出をして、そう長く姿をくらませられるはずがない。家出した先でトラブルに巻き込まれた可能性が高いというのが、実際のランティス捜索時の考えだったようです」
「家出の理由は? 家出の数日前に母君が事故で亡くなったと聞いていますけれど、やはりそのことがショックで……?」
「そこがどうも、はっきりしないんですよね」
バーナードも首を傾げながらいった。
「今のギルベルトの姿からは想像がつきませんが、ランティスは幼い頃は身体が弱かったらしく、辺境伯家を継ぐのは難しいだろうと見なされていたそうなんですよ。それで母親は、後継者である次男につきっきりで、ランティスに目を向けることはなかったとか」
「病弱だったのですか? それなのに家出を?」
「ああ、それが、弱かったのは十の頃までだったそうなんですよ。チェスターいわく、普通の人間は、幼い頃は頻繁に熱を出していたとしても、成長とともに丈夫になるのは珍しい話じゃないそうで」
それはそうですねと頷きながら、わたしは眉間にしわを寄せた。
今の話の通りなら、ランティスを後継ぎ候補から外すのが早すぎる。なにかほかに、理由があったのだろうか?
こういった場合、残念ながら意外とあるのが、実は父親が先代辺境伯ではなかったというケースだけれど……。
サーシャが集めた情報によると、ランティスの母君である先代辺境伯夫人は、結婚するまではほとんど社交界に姿を現さなかったらしい。
夫人も子供の頃は身体が弱かったからというのは表向きの理由で、夫人の母君が社交界を嫌って屋敷にこもっていたのだという。どうも夫が他家の夫人と浮気をしていたらしく、夜会などで顔を合わせることが耐えがたいのだろうというのが当時の社交界の噂だったそうだ。
ランティスのおばあ様にあたる母君と一緒に屋敷にこもっていた夫人が、結婚前にほかの男性と……というのは考えづらいし、辺境伯とは政略結婚ではあったものの仲睦まじい様子だったらしい。
父親の浮気で苦労していたのだろうことも考えると、なおさらランティスが辺境伯の実子ではないという可能性は薄く思える。
しかし、我が国では、貴族の家なら通常は長男が後を継ぐものだ。
ただし、男子がいない家や、長男がいるものの身体的に跡を継ぐのが難しい家などは、国に申請した上で法務官の調査の元、正当な理由であると認められたなら、長女が継ぐことや、あるいは次男が継ぐことも可能だ。
子供の頃に失踪し、数年間行方が知れないというのは、残念ながらすでに亡くなっている可能性が高いため、正当な理由と認められるだろう。
しかし、十歳まで身体が弱かったというだけでは無理だ。
……現当主である弟のレイティス・フォワードとの間に家督争いがあったと見るべきだろうか?
年齢的には二人とも幼すぎるため、本人たちの意思ではないだろうけれど、それぞれに別の後ろ盾がついて争っていたとしたら、可能性はあるだろうか?
わたしは頭を悩ませながらも、報告の続きを促した。
「ギルベルトが所属していたという傭兵団については?」
「こちらは残念ながら、めぼしい成果はありませんでした。騎士団の連中にも当たってみたんですが、ギルベルトは傭兵団にいたと話すものの、その傭兵団の名前を明かしたことはないそうなんですよ。まあ、傭兵団なんて名ばかりで、追い剥ぎと大差ない真似をしている連中も少なくないですからね」
真っ当な傭兵団なら名前を伏せる必要はない。
明かさないのは、何かしら事情があるからだろう。そうだとしても、先王の治世下で国内が荒れていた時代に、親のいない子供が一人で生き抜いたのだ。やむを得ないこともあっただろう。
「そう察して、周りの連中も深くは聞かなかったようです。ただ……、これは、ギルベルトのことだと確認が取れた訳じゃないんで、それを踏まえて聞いてほしいんですが」
質問を変えてみたんですよと、バーナードは含みのある口調でいった。
「ギルベルトのことを尋ねるのではなく、十三、四程度の子供が、傭兵連中に混ざって対等に話しているのを見たことがあるか? とね」
あの男が傭兵団時代に人脈を築いていたなら、その幼さからして目立ったはずです、とバーナードは続けた。
「雑用係でも使い走りでもなく、周りから戦力として扱われている。そういう子供を見たことがあるかと聞いたところ、一人、心当たりのある奴がいました。そいつの話によると、その傭兵団は鎌蛇のグリッドという男が頭で、布教活動を行う聖教会の連中の護衛についていたそうです。───まあ、実際のところ、護衛だけやっていたかどうかはわかりませんがね」
わたしは口元に手を当て、眉をひそめて呟いた。
「彼は過去に、聖教会の活動に関与していた可能性が高いということですね」
「清廉の騎士だなどといわれていますが、本質的に、あの男の武器は剣ではなく諜報と扇動でしょう。普通の傭兵団でその手のやり方が学べるとは思いません。ですが、聖教会に協力していたなら話は別です。民衆に対する人心操作は、連中が最も得意とするところですからね」