表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/106

19.間章②~ある男の三週間前の話~


 忍び込んだ王宮を堂々とした態度で出た後、俺は王都にいる知り合いたちの元を訪れて、いくつかの仕事を依頼した。


 そして最後に、歓楽街の奥まった場所にある店を訪れた。一見したところはそうとわからない外観だが、実際は酒場だ。ただし、表通りにあるような純粋に飲むための場所ではなく、女性による接待付きだ。


 重そうな扉の前には、門番らしき男が立っていた。誰でも気軽にお入りくださいという店ではないらしい。

 俺はにこやかに門番に話しかけて、いくばくかの金を握らせながら、中にいるはずの古い知人の名前と俺自身の名を告げた。

 門番は俺を胡散臭そうに見ながらも、中へ入っていく。


 これで駄目だったら、店ごと制圧するしかないなと思いながらも待っていると、扉は内側から開かれた。どうも、お招きありがとう。


 門番の男に指で示されたテーブルへ進む。

 そこには獲物が、ちがった、かつての知り合いが、震えながら俺を見ていた。薄明かりの中でもわかるほどに顔色が悪い。可哀想にな、気分でも悪いのか?


 俺が微笑みかけると、知人と同席していた女性がさっと席を外した。揉め事に関わりたくないという明確な意志が見える。俺は空いた席にありがたく座り、隣の男に声をかけた。


「よお、ボス。久しぶりだな。元気そうで嬉しいよ」


「おおおおおおお前っ、なんでここに!? なにしに来た!?」


「可愛い元部下との再会だろう? もっと嬉しそうにしてくれよ、ボス」


「よせ、やめろ、ボスなんて呼ぶな、俺はもう足を洗ったんだ!」


「ああ、聞いたよ。ずいぶん出世したみたいじゃないか。今じゃこの王都で名の知れた商人だって? おまけに平和主義で人格者? 耳を疑ったよ。俺の知る鎌蛇のグリッドとは思えな……」


「やめろっつってんだろこのクソガキ!!」


 元ボスが俺の口をがばりと塞ぎ、息を荒くしながら凄んだ。


「お前、何が目的だ。金か? 女か? ───いや、ちがうな。お前がそんなまともな理由で現れるわけがねえ。お前は昔からイカれたクソガキだった。絶対に厄介事を持ち込んできやがったに決まってる……!」


 俺はボスの手を剥がしていった。


「ボスに仕事を頼みたくてね。それと久しぶりに話をしたい聖職者が一人」


「やっぱり厄介事じゃねえか! 冗談じゃねえ、帰れ! 二度と現れるな!」


「金はきちんと払うさ。ほら、ボスと一緒に街道の()()をしたときの金が残っているから安心してくれ。ボスは部下にもちゃんと分け前をくれる、いい(かしら)だったよな」


「脅す気かこのクソガキ……!」


「今の商売の元手は、あのとき潰した賊どもが貯め込んでいた金かな? さすが平和主義者だ。汚い金を綺麗にするのが上手いね」


「……俺がこの王都でどれだけ必死に信頼を築いてきたと思ってる。お前みたいなガキ一人が何をほざこうと、ただの逆恨みで処理できるんだよ」


「残念だがボス、俺はもうガキって歳じゃない。それに、ボスだって薄々気がついているんだろう? 俺の名前を聞いたことがあると」


 そう笑うと、かつての上司は白髪混じりの頭髪をかきむしった。まだ四十代くらいだったと思うが、若白髪だろうか。きっと気苦労が多いんだろう。


「クソ、やっぱり()()なのか!? お前が、お前があの……!? おお神よ、嘘だといってくれ……!」


「神なんて信じていないだろ」


 聖職者の現実なんて、連中のお守りをしているときにさんざん見てきた。初めの頃は衝撃を受けていた俺に、せせら笑いを浴びせたのはこの素敵な元上司だ。


 ボスはハッとした顔でかきむしる手を止めると、俺をまじまじと見ていった。


「それなら俺よりお前のほうがヤバいだろ。それでよく脅せると思ったな? 昔のことがバレたらまずい立場なのはお互い様じゃねえか!」


「あいにく俺は、今の立場に未練がなくてね」


「あークソ、死ね、お前はそういうイカれたガキだったよ……!」


 まあまあと適当になだめながら、俺は依頼内容を告げた。

 すると元上司の顔色は蒼白を通り越して土気色になった。


「正気じゃねえぞお前……ッ! 王家を敵に回す気か!? 死にたきゃ一人で死ね! 俺を巻き込むな!」


「下々の噂程度で王家は動かないし、仮に動いたとしても、噂が広がった後で情報源を特定するのは難しい上に意味がない。ボスならよくわかっているだろう?」


「お偉方の誰もかれもが同じ動きをするわけじゃねえ、相手をよく見て行動しろって俺も散々教えてやったよな!? お前はあの『婚約者』の噂も調べてねえのか!?」


「万が一、お役人がやってきたら、俺の名前を出していい。酒の席とはいえ、俺から聞いたから疑わなかったといえば、信憑性はあるだろう?」


 そこまでいえば、若白髪混じりの元上司は、こちらの本気具合を確かめるように眼をすがめて見てくる。


 やがて、ひどく嫌そうなため息を吐き出していった。


「わかった。ただし一つだけ聞かせろ。お前、今は誰の下で動いている?」


 探る眼だ。


 俺はなんと答えようかわずかに迷って、結局は軽く笑ってみせた。


「昔も今も変わらずに、俺の唯一の神の下さ」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2024年6月7日、2巻発売です。
書き下ろしもありますので、お手にとって頂けたら嬉しいです。
Amazonはこちらから、
楽天はこちらからご利用ください。
hxx9h9n45ef8j7m6bvh07q8l3lef_163k_160_1nq_y3ii.jpg

1巻発売中です。
書き下ろしは王女時代編のギャグ&シリアスと、
そこにリンクする形での本編後のラブコメです。
Amazonはこちらから、
楽天はこちらからご利用ください。
admb8tyhymqesvggmxl7nvwauwz_x8p_160_1nq_12wdr.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ